DeepSeekが起こすエネルギー問題: 効率の良いAIはより多くの電力需要を意味する
印刷用ページ監訳 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志 訳 木村史子
本稿は、マーク・P・ミルズ The Problem With DeepSeek’s Energy Breakthrough: More efficient AI means we need more power, not less. City Journal 2025.1.29 を許可を得て邦訳したものです。
当然のことながら、中国のDeepSeekのAIが競合他社を引き離したというニュースは、投資家の売りを誘発した。AI革命を推進するアメリカのチップメーカー、Nvidiaや Micron、Advanced Micro Devicesから製造界の超大企業TSMCに至るまで、関連ハイテク銘柄の足を引っ張った。結局のところ、AI競争の最終的な勝者が誰になるかはわからないと憂慮することは、それなりに賢明なのだ。
株式市場はいつも賢明とは限らない。DeepSeekのニュースは、GE Vernova、Vistra、Siemens Energy、Schneider Electricといった電力関連企業にも及び、投げ売りを招いた。さらに、Constellation Energyのような電力会社や、天然ガス掘削会社のEQT、パイプライン会社のWilliamsやEnergy Transferなどの上流エネルギー供給会社、さらにはOkloやNuscale Powerのような小型モジュール炉の寵児にも売り注文が広がった。
一部のアナリストは、DeepSeekがAIの効率性を飛躍的に高めたことで、圧倒的に少ない演算処理能力とはるかに少ない消費電力で済むとして、AIは電力を大量に消費するという広く受け入れられている説に風穴が開いたと主張した。 気候変動コミュニティの一部では、AIマジックにかかって、エネルギー消費量を減らすことが実現できると、すでに安堵の声が上がっているくらいである。
規制当局や政策立案者は、これでとりわけデータセンターへの電力供給など、AIの成長に必要な電力の供給に関する昨今の懸念が解消されたと考えるかもしれない。しかし、エネルギー効率の飛躍がAIの電力需要の課題を解決するという考えは、現実を見誤っている。
その理屈でいけば、パンアメリカン航空が当時画期的だったボーイング707で商業運航を開始した1958年頃には、投資家はタービンメーカー、機体メーカー、石油会社の株を処分していたことになる。この航空機技術の飛躍は、それまでの民間航空サービスをはるかに上回る燃料効率をもたらしただけでなく、乗客定員も3倍以上に増やした。だがその結果、航空機の数が減り、燃料の使用量が減ったのではなく、その両方が増えたのである。そしてそのことが、関連する航空インフラの拡大を推進した。
同じ理屈がコンピュータにも当てはまることは分かっている。メインフレームが世界を支配していた時代にデスクトップPCが登場したのは、コンピュータのエネルギー効率が飛躍的に向上したからである。もしそのような進歩がなければ、今日のユビキタスコンピューティングも、その膨大なエネルギー使用もなかっただろう。スマートフォン1台が1980年のコンピュータのエネルギー効率で動作するとしたら、サッカースタジアム1個分の電力を使用することになるだろう。そして同様に、1980年の効率で稼働している(AIではない)データセンター1つで、国家全体の電力生産量を消費することになったであろう。
特にコンピューティングの効率が驚くほど向上したおかげで、世界のデジタル・エコシステムのエネルギー消費量は、1980年頃にはごくわずかだったのが、2020年までには世界の航空会社のエネルギー使用量にほぼ匹敵するまでに増加した(繰り返すが、これもAI誕生以前の話だ)。
エネルギーに詳しい人たちは、この自然「法則」をジェボンズのパラドックス(Jevons paradox)として知っている。ジェボンズは19世紀の経済学者で、当時の専門家たちが、エンジンがはるかに効率的にならない限り、蒸気機関を動かす石炭が足りなくなると心配していた頃に、効率が高くなると何がおきるか見抜いていたことから名づけられた。実際には、エンジンの効率が向上すると、石炭の使用量は急増したのだった。
これに、まったく別のAIの特徴が加わる。AIは、データの収集、処理、保存、伝達のために、従来のチップを補完的に大量に使用する必要がある。これは、航空機の利用が増加し、より多くの乗客用航空機の製造が必要となるのと同じようなエネルギーを必要とする。AIの導入が加速すれば、従来のコンピュータ・チップの製造と電力供給に対して、さらに膨大な需要が発生することになる。
AIを中心としたサービスを市場がどれだけ早く導入するかは、依然として重要な問題である。アナリストや推進者たちは、事例研究を指摘し、調査を実施し、企業や消費者がAIを使って何をするかについての見解を示している。しかし、背後にある経済的な趨勢こそが最良の指標と言えるだろう。21世紀のクラウド技術の進歩は、20世紀の輸送コストの進歩の約50倍の速度で、Computing-as-a-Service(CaaS)のコストを引き下げている。
Nvidiaのジェンスン・フアンCEOは、「DeepSeekは優れたAIの開発者だ」と述べた。しかし、AIがどこでどのように使われるかは市場の見えざる手によって決まるだろうし、どのAIチップ企業やハードウェア企業が、まだ生まれて間もないブームを支配することになるのかもわからない。一方、情報ハードウェアの物理学と経済学が、このような進歩が「売り」のシグナルではなく、AIを取り入れた未来を支える企業に対する大規模な「買い」のシグナルであることをたやすく予測させてくれる。そしてそれは、信頼性が高く安価な電力インフラを拡大するための試練が、今後より一層早く訪れることを意味しているのである。