地中熱の新たな展開
笹田 政克
特定非営利活動法人 地中熱利用促進協会 理事長
日本では再生可能エネルギーというと発電と思われている人が多いのですが、再生可能エネルギーには、熱として使う効率的な利用方法があります。地中熱もその中の一つで、国内に大きなポテンシャルを持ちながら、認知度が低いなどの理由で利用されている量はまだわずかです。
ここでは地中熱について、利用の現状と展望について述べるとともに、海外の状況として最近視察で訪れたオランダの帯水層蓄熱について紹介したいと思います。オランダで広く実施され、20年の実績のある帯水層蓄熱は、日本ではまだ始められたばかりの新しい技術ですが、持続的なエネルギー利用という視点でたいへん優れた技術ですので、多くの方に理解していただきたいと思っています。
地中熱とその利用
地中熱は地表近くの地中に賦存する熱エネルギーです。地表は太陽からの熱を受けて、昼夜間および季節間でその温度が変化しますが、地下深くなるにつれ温度変化の幅が小さくなり、10m程度の深さで年間を通じてほぼ一定の温度となります(図1)。その温度はその地域の年平均気温とほぼ同じです。東京ですと17℃くらいの温度です。地下10m以深の帯水層中の地下水も、その温度はほぼ一定です。地中熱は、このような年間通して温度がほぼ一定のエネルギーですので、季節により地上との温度差によるエネルギーが利用できます。
地中熱の利用方法を利用機器や熱媒体の違いに基づき区分すると、ヒートポンプを用いる方法(地中熱ヒートポンプシステム)、熱伝導による方法、空気循環により熱交換を行う方法、水循環により利用する方法、ヒートパイプを用いる方法に大別されます。
地中熱ヒートポンプシステムは、他の4つの利用方法と比べ、地中熱を冷暖房、給湯等で必要な温度のエネルギーに変換できることが大きな特徴で、もっとも利用範囲の広い地中熱の利用方法といえます。地中熱ヒートポンプシステムには、地中熱交換器を用いるクローズドループと地下水を利用するオープンループとがあります。後半で紹介する帯水層蓄熱は、地下水を利用しますので、オープンループでの利用方法の一つです。
普及の現状
世界的に見ると、1970年代の石油危機の頃から地中熱ヒートポンプの普及が始まり、2020年時点では中国がトップ(設備容量26,450 MWt)で、米国、欧州諸国が続いています。年間の利用量は世界全体で559,981 TJです注1)。
日本での地中熱ヒートポンプの普及が始まったのは2000年頃で、2021年度末での累積設備容量は225.7 MWtです(図2)。施設別の件数(図3)を見ると、住宅の占める割合が高いですが、近年の導入状況では熱需要の大きい建築物の占める比率が高くなってきています。建築物の中でもネットゼロエネルギービル(ZEB)では、全体の1割程度で地中熱が利用されています。地中熱はどこでも利用できる再生可能エネルギーですが、地域的にみると暖房需要の大きい北海道、東北地方での普及が先行しています。
導入効果と課題
地中熱ヒートポンプの導入によるエネルギーの削減効果、CO2排出量の削減効果は、実績データに基づくと20~60%程度です(図4)。ランニングで稼げるので電気代の削減に役立ちます。その他のメリットとして、ヒートアイランド現象の緩和、電力のピークカット、除霜運転不要、塩害を被らない等があります。一方、地中と熱交換する設備が必要であることから、設備にかかる初期コストの低減が課題となっています。認知度の低さも課題です。
帯水層蓄熱(ATES)とは
ここからは2024年9月に視察で訪れたオランダの帯水層蓄熱(ATES)の話になります。ATESはAquifer Thermal Storage Systemの頭文字をとったものです。オランダの帯水層蓄熱について、日本でいち早くこの技術に注目した自治体が大阪市ですが、大阪市はこのシステムについてパンフレットの中で次のように説明されています。「帯水層蓄熱冷暖房システムは地中熱エネルギー利用の一種です。夏季の冷房時に生じる温排熱を帯水層に蓄え、冬季の暖房熱源に活用します。また、冬季の暖房時に生じる冷排熱を帯水層に蓄え、夏季の冷房熱源に活用します。蓄えた排熱を利用することで、他のシステムと比べて効率的な冷暖房運転ができ、省エネ運転が可能です。汲み上げた地下水は、熱エネルギーのみを採りだしたあと、全量を同一帯水層に戻すことで、地盤沈下を回避します。」(図5)
ATESはオランダでの普及が一番進んでおり、現在3000件ほど設置されています。日本では1983年からATESの導入が始まりましたが、現在、施工中の案件も含め15件です。
オランダでのATES導入の目的
オランダではエネルギーは国内で生産される天然ガスに大きく依存してきていますが、2050年にカーボンニュートラルにすることを目標にしており、併せてこの時までに天然ガスを廃止するとしています。この天然ガスから離れることがオランダのエネルギー環境政策の柱の一つになっており、その代替手段としてATESの活用が位置付けられています。具体的な数値目標が掲げられており、2050年の建物数が800万件と予測されていますが、その約40%を地域熱供給で賄い、残りの60%が個別熱源となりますが、これらに対して、2021年時点で3000件あるATESを2050年には10万件まで増やしていく計画です。
ATESを導入する目的は、大幅なCO2削減効果にあるだけなく、オランダの場合は経済安全保障上の理由から天然ガスから離れるにあたって、安定的に利用できるエネルギーの確保が重要であり、ATESはその役割の一端を担っています。
ATES導入の歴史
オランダでは1990年代にATESの導入が始まっており、当初は10件程度のシステムが導入されていました。それが2000年に200件、2010年に1500件と伸びていきますが、90年代から2000年代にかけて乱開発が進んだため規制が必要となりました。そこでSIKB(基盤インフラ品質保証基盤土壌管理の組織)がATESの技術基準として、ガイドラインとプロトコルを作成しています。SIKBは政府と産業界が協力して、土壌、水、考古学、土壌保護、およびデータ標準に関する実践志向の品質ガイドラインを作成するネットワーク組織です。そして2014年からはATES および BTES (ボアホール蓄熱)の認定制度ができ、法律によりすべての企業は浅層地中熱システムでの作業について認定を受けることが義務付けられています。法制度が整備されたことによりシステムの品質が確保され、設置件数は2020年までの10年間で2倍にあたる3000件となっています。
ATESの経済性
今回の視察団の関心事のひとつは、オランダで普及が進んでいるATESの経済性についてでした。ナイメーヘンのラドバウド大学でのプレゼンでこれについての回答が得られました。ATESは導入の当初から初期投資は大きいものの投資回収期間は10年を実現しており、その後も変わっていないということです。
具体的にラドバウド大学のシステム(5本の井戸の対)の場合は、初期投資が400万ユーロ、年間の節約額が50-75万ユーロ、維持費が5-10万ユーロですので、初期投資の回収年数10年を実現しています。このシステムでは成績係数(COP)が7以上と高効率になっており、これまで目詰まりが起きておらず、熱バランスを重視した運転が行われてきているということでした。
また、ATESの市場をイノベーター理論で説明する話もあり、現在はイノベーターからアーリーアダプターにかけてのところにあるということでした。ATESの現在の位置は初期市場です。
日本では規制緩和が必要
ATESを日本で導入しようとした場合に、大都市圏では地下水の揚水規制の緩和が必要になります。ATESに早くから注目している大阪市では国家戦略特区の制度を利用して、ビル用水法による揚水規制の一部を緩和させることを実現しており、大阪駅北口のうめきた地区での再開発にATESを導入しています。
今後の展望
わが国における地中熱利用の現状と、最近視察で訪れたオランダの帯水層蓄熱について述べてきましたが、最後に今後の展望について述べて、この稿を閉じることにします。
地中熱利用には国及び地方自治体の補助金が活用できます。政策の支援を受けて、前述のZEBのほか、脱炭素先行地域等への導入が進んでおり、NEDOの再エネ熱の面的利用にかかる技術開発の中でも多くのテーマが取り上げられてきています。
2050年の脱炭素社会の実現に向けて、地中熱の普及をさらに進めるには、政策誘導による市場の創設が効果的ですので、そのためには技術開発の成果を生かした地域熱供給での地中熱の大規模な利用や、地下水の揚水規制の緩和による帯水層蓄熱(ATES)の導入、さらには公共施設等への再エネ熱の導入義務化などの施策が必要ではないかと思っています。
- 注1)
- Lund, J.W. & Toth, A.N. (2020) Direct Utilization of Geothermal Energy 2020 Worldwide Review. Proceedings World Geothermal Congress 2020.