石油時代の終焉を考える

― 石油の需要はなくならない ―


日本エネルギー経済研究所 石油情報センター

印刷用ページ

(「エネルギーレビュー」より転載:2024年10月号)

 今月号から、石油に関する基礎知識をやさしく解説するシリーズを連載する。脱炭素が本格化する現在、変化を踏まえ、その基本・イロハを今一度振り返ってみることとしたい。

「石器時代が終わったのは石がなくなったからでない。」

 Mr.OPECと呼ばれたサウジアラビアのザキ・ヤマニ元石油相が70年代終わりから80年代初めにかけ、OPEC(石油輸出国機構)加盟国の同僚石油相に対し、繰り返した言葉である。文字通り、石器時代が終焉したのは、石材が枯渇したからではなく、青銅器や鉄器などの新技術・代替技術の普及導入が進み、消費者に受容されたからであるという意味である。
 当時、石油危機直後のOPECは、原油価格の設定権を国際石油資本(メジャー)より奪取し、政治的必要性から、人為的・恣意的な原油価格引き上げを繰り返していた。ヤマニ氏は、そうした状況を石油代替エネルギーの開発と消費国・消費者の石油離れを促進させてしまうと懸念して、それを諫めた言葉であった。
 その後、この言葉、約半世紀を経て、脱炭素が今日的課題となった時代を迎え、新たな意味を持つに至った。特に、電気自動車(EV)の本格的普及を迎えた今、ガソリン・軽油消費の電気への転換(電化)が進み始めたことは象徴的である。カーボンニュートラルに向け化石燃料のエネルギー転換(非化石化)が進む以上、石油需要が減少・激減して行くことは当然である。

石油の用途の多様性と代替性・燃料転換

 ただ、ここで考えなければならないのは石油の用途は多種多様であり、必ずしも、すべてが代替燃料や代替技術で置き換えられるわけではない。非化石エネルギーの転換先がない、経済性を含めた代替性がない場合、石油消費が残らざるを得ないということだ。
 石油の用途には、大別して、①陸海空の旅客・貨物の輸送用、②産業・家庭等の動力・熱利用(発電用を含む)、③石油化学原燃料等としての原料用の3つがある。さらに、消費機器別に用途に応じた石油製品を使用することになる。主要な石油製品とは、ガソリン(揮発油)、石化ナフサ、灯油、ジェット燃料、軽油、重油(A重油とB・C重油に分かれる)があり、それらは法律上・行政上は「燃料油」と呼ばれる。その他の石油製品としては、液化石油ガス、潤滑油、アスファルト等もある。
 国際エネルギー機関(IEA)は、2018年以前、世界エネルギー展望(WEO)で、石油の燃料転換・代替性について、産業・家庭の熱利用・電力用は容易、乗用車は中程度、原料用・航空・船舶・貨物輸送は難しいと評価していた。今日では、EVの導入やSAF(持続可能航空燃料)等の技術開発も進んだが、基本的には同様と考えられる。
 さて、わが国の場合、2023年度の燃料油の油種別需要量・主要用途・需要ピーク年・ピークからの減少率は、の通りである。ジェット燃料を除き、コロナ禍(2020年度)からの需要回復は一巡、19年度の水準には戻らなかったが、それ以前の減少トレンドに戻ったものと思われる。注目されるのは、ピーク時からの減少率であり、燃料油全体で見ると需要ピークの99年度から41%の減少となっているが、油種別では大きなばらつきが見られる。主な減少理由としては、①燃料転換、②エネルギー効率改善(燃費向上・省エネ等)、③社会構造の変化(少子高齢化・大都市集中等)などが挙げられるが、油種別で見ると、燃料転換の影響、代替燃料の有無「代わりがあるか?」の要素が大きいものと考えられる。


表 石油製品別国内需要
2023年度、出所:エネルギー統計年報、単位:千KL、%

 まず、最大の減少率94%減のB・C重油は、半世紀に及ぶ発電用燃料の減少が大きい、工場の動力源としての需要も減った、代替燃料として経済性を持つ石炭や天然ガス等が存在するからである。次に、減少が大きいのは、A重油67%減・灯油62%減で、工場・ビル等のボイラー用、家庭の暖房・給湯用の使用が主要用途で、ガス・電力等への転換が容易である。そして、陸上の輸送用燃料は、ガソリン28%減、軽油32%減と、減少幅は平均減少率より小さい。自動車の電動化は着手されたばかりであり、燃料転換よりむしろ燃費改善や社会変化による減少が中心なのであろう。ジェット燃料はインバウンド客増加を含めて現在も需要回復途上にあり、石化ナフサ28%減は国内石油化学産業の生産規模縮小によるものと考えられる。ここまでの石油需要減少を見ても、燃料代替の容易性・経済性がポイントになっていると思われる。

将来の石油需要

 カーボンニュートラル・実質排出ゼロへの取り組みの中で、石油需要の削減は、喫緊の課題である。しかし、こう考えてみると、将来においても、石油需要は残らざるを得ない。石油消費による排出部分は、CCUS(CO2回収利用貯留)、森林吸収等のネガティブエミッション技術で対応せざるを得ない。やはり、石油化学原料の大部分、数量上・安全上SAFへの代替が難しい部分のジェット燃料、明確な代替技術の見えない船舶・トラック用の軽油・重油を中心に、緊急時・災害時の対応用等を含め、石油需要は残るのであろう。
 IEAは、WEO(2023年版)に、世界の石油需要の将来見通しを掲載しているが、これによれば、実質排出ゼロシナリオ(2050年カーボンニュートラル実現を前提としたバックキャストシナリオ)でさえ、2050年に2430万バレル/日(現行需要の約4分の1相当)の石油需要が残るとしている(参照)。


図 IEA のシナリオ別石油需要予測
IEA(2023)資料を元に作成

 そうなれば、石油需要が残る以上、エネルギー転換期はもちろんのこと、カーボンニュートラル達成後も、数量的には激減するだろうが、石油産業は、石油の安定供給を維持し続けざるを得ない。油井からガソリンスタンドまで、広範囲かつ長いサプライチェーンも、一定程度は維持し続けなくてはならない。これは、ある意味相当に難しいことである。IEAが言っているように、単純に、「脱炭素実現に向けて、新規の化石燃料プロジェクト投資は必要がない」といったことでは済まない。本来、エネルギー安全保障・安定供給の確立を目標とすべきIEAは何を言っているのであろうか。ESG投資注1)を掲げる金融業界は何を考えているのであろうか。 
 現在、内外の石油産業は、カーボンニュートラル社会に向けて、①自らの操業(採掘・精製・輸送等)上の脱炭素(スコープ1+2対応)、②水素・合成燃料・CCUS等の技術開発(スコープ3対応)、③経営基盤の展開・拡大(需要減少対応)など、多角的に取り組んでいる。それに加えて、転換期・脱炭素達成後を通じた④サプライチェーン(安定供給)の維持にも取り組んでいかなくてはならないことになる。
 最近の欧米におけるEV普及の減速・停滞を見ても、消費機器の代替・エネルギー転換は簡単ではないことがわかる。石油の用途・消費形態から見て、脱炭素・カーボンニュートラル達成に最も必要なことは、やはり、技術開発、そして、技術的・経済的には消費者の受容ではないだろうか。ヤマニ石油相の言葉をふと思い出し、そんなことを考えた。石油の需要は簡単にはなくならない。

注1)
ESG投資:Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)に配慮した経営を行う企業に投資すること