愛すべきイランの現代事情

書評:若宮 總 著『イランの地下世界』


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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(「電気新聞」より転載:2024年7月26日付)

 古くはペルシャ文明が栄えたところだ。ところが1979年にホメイニ師が率いたイスラム革命以来、戦争やら経済制裁やらが絶えず、私はついに一度も行ったことがない。テレビを見ると、反米デモをやっていたり、そうかと思えば女性の人権運動デモがあったりするが、いったいどんな国なのだろう。私の大好きな作家の高野秀行氏が推薦を書いたオビが目に止まり、この本を一読。驚きの連続で、ほんまかいなと思い、他のイラン本やユーチューブのイラン紹介動画など見てから、もう一度読む。つい熟読してしまった。どうやらこの本が本当らしい。

 女性は外出時にスカーフを被るが、家に帰るとクソ!と叫んで脱ぎ捨てる。テレワーク授業だと、仕方がないからスカーフを被るが、下は短パン。楽しみは、大勢で集まって、男女仲良く宴会。これはムスリムの国では普通はありえない。しかも家に入るとみんな薄着で、目のやり場に困るぐらい。ご法度のはずの酒はいくらでも密売屋から手に入り、それを飲みながら夜通し踊るとか。

 イラン・イスラム共和国はホメイニ師の後継の法学者のハメネイ師が独裁体制を敷いている。だがそのハメネイ師は、崇拝されているかと思いきや、テレビにハメネイ師が出ると、みな口々に罵る。経済状態が悪く汚職や不正も蔓延する無能な独裁体制に、庶民は不満たらたらだ。

 イスラム革命防衛隊のスレイマニ司令官が米国に暗殺されたときも、庶民は激昂などしていない。何しろ革命防衛隊は国民を抑圧する存在で、スレイマニはそのトップだからだ。反米デモの映像が世界に流れたが、あれは政府が全国からバスで集めたサクラの官製デモなのだ。庶民はこのデモへの参加者を「ジュース目当ての人々」と馬鹿にする。政府が参加者にジュースを配るからだそうだ。

 イスラム革命では熱狂したが、その後はイスラム教独裁体制を招いてしまったイラン人。じつは酒も大好きパーティーも大好きの自由を愛する人々で、あれこれ強制する今の政府にはうんざりしている。イスラムの王政期はちょうど日本の昭和期と時期的に重なるが、そのころのイランは世俗的な国で、しかも経済は上り調子だった。イラン人はその頃を、ちょうど日本人が昭和を思い出すように、レトロ趣味として愛するという。そして、イスラム体制が倒れて、また自由な日々が戻ることを夢見ている。


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『イランの地下世界』
若宮 總 著(出版社:角川新書社
ISBN-13:78-4040824765