地球温暖化を物理・化学の原理から考察する


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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 大気中のCO2は地表から放射される赤外線を吸収するので、地球の大気を温めるという温室効果が一定程度あることは確かである。

 だが、そのようにして少し温まると、雲や水蒸気の配置が変化して温室効果が何倍にも強化される、という「ポジティブ・フィードバック」が起きるという理論は本当だろうか。

 本稿では、物理と化学における「原理」からこの点を考察しよう。

ポジティブ・フィードバック

 IPCCはCO2倍増時の地球の平均気温上昇として定義される「気候感度」について、その幅を2℃と4.5℃の間、としている。なおこの間に入る確率は66%以上とされているが、この範囲の外になる可能性も排除されていない。

 この大きな幅が生じる主な理由は、ポジティブ・フィードバックの強さが数値モデルの計算者によって異なるためである。とくに、雲の配置がどう変化して、どの程度のフィードバックを起こすかという点で大きく見解が異なる。

 何れの計算者も、20世紀末に起きた地球温暖化は再現している。気候感度がこうも違うのに関わらずなぜ皆が再現できるかというと、それは計算結果を見ながらモデルのパラメーターをチューニングしているからである。とくに、温室効果を打ち消す向きに働くエアロゾルの効果の大きさは計算者によって異なるが、それをちょうど相殺するようにモデルがチューニングされている。

 ただし再現するといっても、地表付近の世界平均気温だけである。上空(対流圏)の気温、海面水温などは地球平均でも再現できないし、地域的にはもっと再現できない。

 大規模な数値モデルを使わずに、過去の観測データに基づいてエネルギー収支を計算すると、それほど高い気候感度は出てこない。最近発表された論文では、気候感度はIPCCが示した下限の2℃に近い1.9℃となっている

 雲のフィードバックは正だという意見がこれまで多かったけれども、これは確立した科学的知見ではなく、仮設に過ぎない。気候モデル研究の中心的存在であるマックスプランク研究所のビョルン・スティーブンスは、雲によるフィードバックの効果はこれまでは過大評価されてきており、じっさいはゼロではないか、それが今の私の作業仮説だ、と述べている。これも気候感度がIPCCの幅の下限の2℃に近いことを意味する。

ルシャトリエの原理

 筆者は、高い気候感度は、ルシャトリエの原理に照らして、ありそうにないと思っている(なおこの意見は筆者以前に、気候科学の大家であるリチャード・リンゼン、ウィリアム・ハパーも述べてきたものだ)。

 ルシャトリエの原理とは、平衡状態にある化学システムであれば、外部からの攪乱に対してはそれを打ち消すように平衡状態が変化する、というものだ。

 地球システムは厳密には平衡状態ではないから、ルシャトリエの原理が成り立つとは限らないが、過去1万年にわたって安定性を示してきたので、以下では、平衡状態に近くルシャトリエの原理が成り立つ、として考えてみよう。

 すると、CO2の増加によって地球の気温が上昇するならば、それを打ち消すように平衡状態が変化するはずで、つまり、CO2の増加に対するフィードバックは負となる。気候感度は雲などの存在によって増幅されるのではなく、むしろ小さくなる。

 じっさいのところ、地球システムの特徴として、その驚くべき安定性がある。最終氷期が終わって以来、過去1万年にわたり、地球の気候システムは概ね安定していた。もちろん、地域によって、時代によって、ある程度の暑さ、寒さはあった。当時の人々にとっては大きな苦難もあった。しかし、地球規模で「気候が暴走」したことなどは全く無かった。

 この間、気候システムへの外部からの攪乱はさまざまあった。火山活動が活発で、噴煙によって太陽光が遮られたこともあった。黒点が全く観測されない、太陽活動が弱まった時期があった。かつて緑の大地だったアフリカ北部の広大な地域から、森林が消失し、サハラ砂漠になってしまった。人類は世界中で森林を切り払い、あるいは焼き払った。地軸の傾きや地球軌道の変化があり、縄文時代は日本、中国、シベリア、北極圏は暖かくなったので、雪や氷による太陽光反射も少なくなった。

 それでも、地球規模での気候は概ね安定していた。

 これは、こういった攪乱に何等かの正のフィードバックが働いて気候システムが暴走しようとしても、それを抑え込む大きな負のフィードバックの方が働き、気候システムが元に戻ろうとしたからだ。

 いまCO2濃度が増大していて、これがあまりにも急激かつ大きな攪乱だという意見がある。確かに過去150年でCO2濃度は1.5倍になり、1.5倍というと大きな変化のように思えるかもしれない。だが地球への温室効果という点では、地球平均で1平方メートルあたり342ワットの太陽光入射に比べて2.2ワットと、わずか0.6%の増加に過ぎない。これは格別に急激で大きな攪乱と呼ぶほどではない。

揺動応答原理

 ポジティブ・フィードバックに関係する、もう一つの原理は揺動応答原理(揺動散逸定理とも呼ばれる)である。

 揺動応答原理とは、外部からの攪乱への反応は平衡状態における「ゆらぎ」の大きさに比例するというものだ。例えば、外部からの磁場に対してどの程度磁性(磁石の強さ)を帯びるかという「磁化率」は、平衡状態における磁性のゆらぎに比例することが分かっている。

 ふたたび、地球システムは平衡状態ではないから、厳密に揺動応答原理が成り立つとは限らないが、以下では成り立つとして考えてみよう。

 気候モデルと観測データの両方で地球の平均気温の「ゆらぎ」を測定すると、気候感度の高い気候モデルでは、観測に比べてゆらぎが大きすぎた、という論文が発表されている。ということは、まずはモデルが観測を再現できていないということであり、更に、CO2濃度増大による平均気温上昇という外部からの攪乱に対して、モデルでは、地球の平均気温上昇という反応が過大になっている、つまり気候感度が過大に評価されている、ということになる。

 付言すると、揺動応答原理は、雨量の増大についての説明についても使えるはずだ。よく、地球温暖化が起きると雨量が増大する理由として、クラウジウス・クラペイロン関係が持ち出される。これは飽和水蒸気量が1℃上昇あたり6%ないし7%増大することで、大雨の雨量が増大する、という説明だ。

 ごく短時間の雨であれば、このような説明が合う局面もあるかもしれない。けれども、地球における雨の降り方がどう変わるかという説明をするためには、クラウジウス・クラペイロン関係は、システム全体のごく一部を取り出した説明に過ぎないので、全く不足である。

 揺動応答原理で考えるならば、地球規模での平均気温の揺らぎが大きいほど、CO2濃度上昇による地球規模での気温上昇という外力に対しても大きく反応することになる。そのような反応において主な成分となるのは、平衡状態において大きく揺らいでいる成分である。それは移動性の高気圧や低気圧などの総観気象であろう。なお総観気象とは、数千キロメートル四方にわたる規模の気象のことを指し、つまりは普段われわれが天気図として眺めている規模の気象である。

 まとめると、CO2濃度増加による温室効果に対する反応としては、揺動応答原理に従って総観気象が変わり、そのときにはルシャトリエの原理に従って温室効果には負のフィードバックが掛かる、ということになる。ならば気候感度は低くなる。

 そしてここまで計算できてからでないと、雨の降り方についての予言はできないことになる。だが温室効果によって総観気象がどう変わるかについては、よく分かっておらず、計算者によって答えはまちまちで、雨の降り方についても事情は同じようだ。