検証と総括が求められる「情報災害」における政治的党派性の悪影響


福島県出身・在住 フリーランスジャーナリスト/ライター

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 ALPS処理水海洋放出から1年が経った。放出前に散々喧伝された注1)「汚染」は、当然ながら全く起こらなかった。
 ところが処理水放出開始以降、中国とロシアは日本産海産物の「汚染」を強弁して輸入を全面禁止した。
 ただし、両国は措置の正当性を担保する「汚染」の証拠を未だ何一つ示していない。その上で、放出前と変わらず日本近海、ときに福島第一原子力発電所の50km圏内海域にまで自国の漁船を堂々と送り込み続けている注2)
 両国は5月26日に行われた中露首脳会談でも処理水を改めて「核汚染水」と呼び、「深刻な懸念を表明する」と訴える共同声明を出した。対する先進7ヶ国首脳会議(G7サミット)はその後6月14日に採択した首脳声明で、処理水放出について「安全で透明性が高く、科学に基づいたプロセスを支持する」と明言している。

 つまり、処理水反対運動の本質とは「汚染に対する懸念」などでは全く無かった。多くの報道や専門家らが焦点を当てた「風評」でさえ副次的な問題に過ぎない。その実態は、『主に廃炉作業の遅延と被災地の復興妨害、原子力政策の頓挫、我が国の国際社会における信頼と地位・影響力の低下などを狙った情報工作と見做すべき攻撃』であったと言えるだろう。
 外務省も今年5月、ALPS処理水問題を名指した上で

 地政学的な競争が激化する中で、偽情報の拡散を含む情報操作などを通じた、認知領域における国際的な情報戦が恒常的に発生しており、(中略)外国による情報操作は、国家及び非国家主体が、日本の政策に対する信頼を損なわせる、あるいは、民主的プロセスや国際協力を阻害するといった目的のために、偽情報やナラティブを意図的に流布するもの注3)

と記している。

 処理水問題とは、我が国の混乱と弱体化を目論む勢力による「情報戦」であった。
 ところが放出から1年が過ぎ、社会は「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とばかりに関心を失ってしまった。決着が誰の目にも明らかになった今こそ、「いかなる立場勢力の人々がどのように関わったのか」「対応すべき存在がどこまで対処できたのか」を改めて総括し、教訓を社会に強く反映させていくべきではないか。
 さもなければ、類似の情報攻撃と、それによる「情報災害」は何度でも繰り返される。詳しくは稿を改めるが、現に直近の1年間だけでも、処理水を「汚染水」と呼んだ勢力から「あきたこまちR」「神宮外苑」「中間貯蔵施設の除去土壌再生利用」などへの情報攻撃が立て続けに起こっている。そもそも処理水問題の泥沼化さえ、かつて起こった「豊洲市場移転問題」の総括不足が招いた可能性は高い。当時、豊洲の「汚染」を喧伝した勢力が社会から何ら責任を問われず放免されたことで再現された、二番煎じとも言えるだろう。

誰が誤情報の流通と温存に協力したのか

 誤情報を広め温存してきたのは日本に敵対的な外国勢力ばかりではない。これまで何度も事実証拠を挙げ指摘してきたように、国内の少なくない報道機関、政治家、政党、学者、伝統宗教、NGOなどの個人や団体も、直接間接を問わず様々な手法で加担してきた。
 たとえば「住民合意プロセスの不備や国民の理解不足」などを大義名分に掲げつつ、片や自ら処理水に対する誤解と不安、怒りを焚き付けて住民合意や理解浸透を妨害する。その成果を以て報道や研究、反対運動などの材料に使うマッチポンプ、「利益相反」が疑われるケースも多々見られた。

 処理水を巡る立場の相関を具体的に調べると、『賛成側:政府与党(自公政権)・日本維新の会・国民民主党』対『反対側:中国共産党・立憲民主党・共産党・社民党・れいわ新選組・それらの支持層を中心とした報道機関・市民団体・学者・活動家』という対立軸が鮮明になる。なお立憲民主党は建前こそ「党の見解は処理水」と言いながらも最後まで海洋放出に反対し続け、「汚染水」呼ばわりを繰り返す身内の議員や支持者らを諫めず野放しにした。中には「党を代表して」と称し参加した集会で海洋汚染の可能性を訴えた者、韓国野党と連名で処理水放出反対の共同声明を出す者までいた注4)
 海洋放出反対派は、いわゆる「左派・リベラル系」を自認する勢力に親和性が高い層が中心であった。その実態は、鳥海不二夫東京大学大学院工学系研究科教授が昨年7月の一ヶ月間に「汚染水」「処理水」を含む約101万以上に及ぶSNS投稿を分析した調査からも裏付けられた。同じくSNSを対象にした、令和元年11月から3年間の統計でも同様の実態が炙り出されている注5)

 無論、誰しも判断を誤ることはある。我が国には言論の自由もある。
 しかし、我が国の社会に強い影響力を持つ地位や立場を任されている人々には、相応の職責と立ち振る舞いも当然求められる。それに背き、まるで日本社会の破壊や弱体化を目論む覇権主義国家や極左勢力などの実態的な「協力者」のごとく振舞う悪影響は計り知れない。
 しかも、彼ら彼女らは断じて「正確な情報を知らなかった」わけではない。詳しくは令和4年刊の拙著『「正しさ」の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か』注6)及び今年上梓したばかりの『「やさしさ」の免罪符 暴走する被害者意識と「社会正義」』注7)(いずれも徳間書店)に大量の証拠と共に記したが、当事者からの抗議も含めた無数の批判反論が何度向けられようと、一切の謝罪無くそれら全てを無視あるいは嘲笑し続けてきた。それどころか、海洋放出後も中露の非科学的・差別的措置とプロパガンダに足並みを揃え、日本政府攻撃の材料にし続ける者さえ少なくない注8)
 つまり、「風評加害」は断じて無知や過失ではなく、一定の政治的党派性を持つ個人及び集団から目的と確信を以て行われたと見做されるべきだ。

「政治的党派性」こそが問題解決を妨げたのではないか

<処理水問題を巡るそれぞれの立場には「政治的党派性」との強い相関があった>

<処理水関連の「風評加害」は無知ではなく目的と確信を以て行われた>

 この状況は、行政がこれまで風評対策の柱としてきた「正確な情報の発信」が、問題解決の本質から大きく逸れていた実態を強く示唆している。独立系シンクタンクアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)「民間事故調」も2022年、行政の対策を

 「風評被害の概念が曖昧」、「有効性への視点足りず」、「(正確な情報発信方針は)冷静かつ根気強く対応しようというまっとうな態度のように見えるが、実際には、風評と正面から向き合うこと、差別や偏見を持ちその解消を阻害しようとする過激な者たちに立ち向かうことを恐れるリスク回避、(中略)“事なかれ主義“に他ならない」注9)

と断じた。
 こうした実態を理解し共有することは、今や処理水問題のみならず、あらゆる社会問題とそれに付帯する「情報災害」の発生要因、そして解決策を捉える上で不可欠と言えるだろう。

 それは同時に、攻撃者・風評加害者側のみならず、情報災害を食い止めるべき防御側にも<政治的党派性の影響>が問われることをも意味する。
 これまでの記事注10)で幾度となく示した実例から明白だが、我が国の社会に一定の立場と責務を持つはずの政治家、マスメディア、行政、アカデミズム、NGOなどの団体に於いて、福島に関する問題は露骨な暴言や偏見差別であっても無視や放置したり、解決を事実上妨害してきた挙動があまりにも多い。

 それらは、もはや個人の素養などの偶発性に帰結出来るものではなく、要因に基づいた構造的「現象」と見做されるべき状況だ。付言すれば、その実態についての研究さえ、ほとんどの専門家から「福島に関する問題は無視や放置」されてきたのが現状と言える。

 この現状と問題意識をいかに広く共有し、変えていくか。それこそが処理水問題から1年経った今、社会が最も取り組むべき課題ではないか。

注1)
https://seisenudoku.seesaa.net/upload/detail/image/osensui_tweet.png.html
注2)
https://www.sankei.com/article/20231223-C7H6CBRBKVO6FCJOIQRNTDH43E/
https://www.sankei.com/article/20240112-O5MJTLQU7ZL63EW7O2T63AN7WE/
注3)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/pagew_000001_00550.html
注4)
https://president.jp/articles/-/80950
注5)
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b06a69badc65ea0451abdaa6e184b8b1ffef7bc8
https://gendai.media/articles/-/103215?page=5
注6)
https://amzn.asia/d/0brWg0mm
注7)
https://amzn.asia/d/0e8scuuI
注8)
https://gendai.media/articles/-/116323
注9)
https://apinitiative.org/2022/03/10/34932/
注10)
https://ieei.or.jp/2023/07/special201706052/
https://ieei.or.jp/2023/07/special201706054/
https://ieei.or.jp/2023/08/special201706056/