暖かい家、涼しい家で暮らす

~電気代高騰と健康、原子力発電所の再稼働~


東京大学大学院医学系研究科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授

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 東日本大震災から13年以上が経過しました。幸い、福島第一原子力発電所の事故に伴う被ばく量は非常に少なく、放射線によるがんの増加はないとみられます。 
 さて、事故当日の2011年3月11日、福島は2月並みの寒さでした。避難時の寒さ対策は重要ですが、普段の生活でも「暖かく暮らす」ことはとても大切です。日本人の死亡は冬に多く、「低い室温」が死因の10%を占めます。

 世界トップクラスの医学雑誌ランセットに掲載された論文注1)では、日本を含む13カ国を対象に、気温が死亡者数に与える影響を分析しています。その結果、不適切な気温管理が死亡原因の8%弱を占めることが分かりました。
 日本については、低温が死因の約10%を占めたのに対して、熱中症など高温による死亡は0.3%余りにすぎません。低温の影響は高温の30倍以上になるのです。

 国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料によれば、1915年頃まで日本においては、8月の死亡者数が最多でした。冷蔵庫が普及していなかった時代、夏場は食品衛生が悪く、食中毒などが多かったためと思われます。ちなみに冷蔵庫はピロリ菌の感染率を下げ、胃がん患者の減少に一役買いました。
 吉田兼好も徒然草のなかで「家の作りようは、夏をむねとすべし」と書いていて、当時としては正解だったかと思います。しかし今は、冬でも暖かい家が求められていると言えるでしょう。

 一方で、地球温暖化が原因と思われる夏の暑さは年々顕著になっています。世界では毎年のように熱波や猛暑による影響が報じられています。日本でも死亡者数は少ないとはいえ、熱中症による健康被害が増えています。
 2023年に消防庁から公表された報告注2)では、熱中症により救急搬送される人数は2023年で9万人を超えていました。これは2008年の調査開始以降2番目に多い人数です。また、搬送される人の半分は65歳以上の高齢者、発生場所は40%が住居(敷地内を含む)となっています。救急搬送された人の70%は入院加療を必要としない軽症でしたが、2%程度の方は長期入院が必要な重症となっています。これは「暑い家」で暮らすことにもリスクがあることを示していると言えます。

 冬に暖かい家で暮らすこと、夏に涼しい家で暮らすことは健康維持の基本と言えるのです。

 しかし、日本のエネルギー事情は難題を抱えています。ロシアのウクライナ侵攻、円安、国際的なロシア産以外への天然ガス需要の増加などで、燃料価格や電気料金の高騰が続いています。そのため暖房、冷房の使用を控える世帯も少なくないはずですが、健康リスクが増しますから、要注意です。

 私が勤務する東大病院でも、光熱水料が高騰し、悲鳴が上がっています。42の国立大学病院の光熱水料は2021年度の245億円から、2022年度には367億円と1.5倍に跳ね上がりました。東大病院でも5.4億円の支出増で病院経営に大きなマイナスとなっています。とくに私の専門である放射線治療は電気を大量に使いますので、他人事ではありません。

 電気料金については、地域間、会社間での差が拡大しています。例えば、今年7月の標準的な家庭用モデル料金(使用量260kWh)では、関西電力で7664円注3)、東京電力で8930円注4)と大きな開きがあります。この差には原子力発電所の稼働が大きく影響していると考えられます。
 2024年6月末現在、関西電力では3つの原子力発電所で保有する7基のうち6基の原子炉が運転中、1基が定期点検中です。一方、東京電力では1基も稼働していません。

 当然のことですが、福島での事故以降、原子力発電所の再稼働には厳しい目が向けられてきました。日本原子力文化財団が2022年に実施した「原子力に関する世論調査」注5)では、2017年は「即時廃止」が15%もありました。しかし、2022年の調査では5%まで減少しており、「しばらく利用するが徐々に廃止」が最も多い44%でした。また、「増やすべき」、「震災前を維持」が20%近くに上っています。原子力に関する人々の考え方も、少しずつ変わってきているのかもしれません。

 温暖化による地球環境の激変は人類の存亡にもつながる大問題だと思います。私たちが生活する上では、冬を暖かく、夏を涼しく過ごすことは健康を維持するためには重要です。そのためには電気を安価に、安心して使えることが大切になります。
 原子力発電所の安全確保はもちろん、放射性廃棄物の処理も検討しながら、再稼働に向けた議論も進めるべきと考えています。

注1)
Gasparrini A. et al., Lancet 2015, vol.386, pp.369-375
注2)
総務省消防庁 報道資料 「令和5年(5月から9月)の熱中症による緊急搬送状況」、令和5年10月27日
注3)
関西電力ホームページ、2024年7月分電気料金の燃料調整等
https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2024/pdf/20240530_1j.pdf
注4)
東京電力エナジーパートナーホームページ:燃料費調整のお知らせ(2024年7月分)
https://www.tepco.co.jp/ep/private/fuelcost2/new/index-j.html
注5)
日本原子力文化財団、原子力に関する世論調査、 2023年3月
https://www.jaero.or.jp/poll/