貿易収支「赤字体質」の対策として「原発の最大限の活用を」
小谷 勝彦
国際環境経済研究所理事長
『貿易・デジタル収支「赤字体質」の構造的課題を検証する』(大和総研2024.5.28)では、わが国の貿易収支の赤字構造について、5つの課題を示している。
大和総研の了解を得て転載する。
[要約]
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- 日本の貿易収支は、輸出財の高付加価値化が改善に寄与してきたが、近年はそのペースが鈍化している。さらに輸出数量の伸び悩みや輸入数量の増加、エネルギー輸入額の増加もあって「赤字体質」となった。一方、長期にわたって赤字が続くサービス収支は、2010年代後半から赤字幅が拡大傾向にある。その要因の1つが、デジタル分野の収支悪化だ。デジタル収支は2023年で▲5.5兆円と、赤字額はこの5年で2倍になった。
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- 日本の構造的な貿易・サービス赤字の背景を整理すると、①電気機械を中心とした国際競争力の低下、②産業空洞化、対日直接投資の停滞、③デジタル関連を中心とした輸入依存度の高まり、④エネルギー価格の高騰、原発停止、がある。さらに貿易構造の脆弱性に関するリスクとして、⑤輸出入両面での中国依存度の高さ、も指摘できる。
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- 当社の中期予測などに基づくと、2023年度でGDP比▲1.0%だった日本の貿易・サービス収支は、2033年度で同▲2%程度へと悪化する見通しだ。輸出財の国際競争力の更なる低下や、産業空洞化の進行、エネルギー価格の高騰、脱炭素化の遅れ、生成AIの利用拡大に伴う関連サービス料の支払い増加などにより、収支見通しが大きく下振れする可能性も否定できない。収支構造の強靱化や国際競争力の維持・強化に向け、上記の5つの構造的課題に政策対応する必要がある。
【4つ目の課題、「エネルギー価格の高騰、原発停止」に対して】
再生エネルギー(再エネ)の拡大や、安全性を最優先に原発を最大限活用することなどを通じて、化石エネルギーからクリーンエネルギーへの代替を加速させる必要がある。また、グリーンインフラの整備(蓄電池の普及促進、送電網の強化等)、ペロブスカイト太陽電池やスピントロニクス半導体など「脱炭素・省エネ」「競争力強化」「生産・投資の増加」の3つに資する技術開発の強力な支援(課題①~③にも寄与)、GX・DXなどにおける民間の経済主体から見て予見可能性の高い長期計画の策定も挙げられる。
【原発の再稼働】
原発は2024年5月27日時点で11基が稼働していた。さらに2024年度中に3基が稼働する予定で、審査中(一部は許認可済)または検査中の原発が3基ある。これらを合わせ、政府は最大17基の稼働を目指している。そこで仮に、最大17基の原発が稼働し、設備利用率を80%と想定して石炭火力発電量を代替すると、エネルギー輸入額は2.2兆円程度減少すると試算される(図表8)。全ての原発が稼働すれば、エネルギー輸入減少額は4.7兆円程度に拡大する。
なお、財務省の神田財務官主催の「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」懇談会 報告書(2024.7.2)においても、貿易収支の悪化要因として、鉱物性燃料の輸入依存を「原発稼働停止の影響もあり、電源構成における化石燃料依存が高いことが、こうした脆弱性をもたらしている」(報告書p5)、「原発稼働によるエネルギー輸入減少額は、石炭換算で4.7兆円に達するとの民間シンクタンクの試算もある。(大和総研のレポートを引用)これは2023年度の貿易赤字額3.6兆円を上回る規模であり、原発活用の度合いが国際収支に及ぼす影響は極めて大きい」(報告書p9)と挙げている。