「EV」か「ハイブリッド車」か、エタノールが突きつける「迫りくる重大な岐路」とは何か!(上)


科学ジャーナリスト/メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」共同代表

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 いま世界中で「E10」と言われるエタノール(アルコール)混合ガソリンが普及しているが、日本では遅々として普及しない。「E10」って何なの?という人がほとんどだろう。責任の一端は、エタノールの世界事情をほとんど報じないメディアにある。いずれ米国産エタノールが日本にどっと入ってくるだろうが、その迫りくる重大な意味を上下2回にわたってレポートする。

「E10」は世界標準

 「E10」とは、エタノールが10%混合されたガソリンのことだ。エタノールはアルコールの一種だ。世界を見渡すと米国をはじめ、カナダ、英国、ブラジル、タイ、中国、フィリピン、インド、ドイツなど世界中で「E10」を燃料にした車がごく普通に走っている。米国やカナダ、英国、中国ではエタノールの10%混合を法律で義務づけている。つまり、「E10」ガソリンはもはや車の燃料の世界標準と言ってよい。

 ではなぜ、「E10」は世界標準となったのか。植物由来のエタノールがカーボンニュートラルだからである。ガソリンに混ぜられるエタノールは米国ではトウモロコシ、ブラジルではサトウキビから作られる。日本ならコメからも作ることができる。

 ではなぜ、植物由来のエタノールは環境によいのだろうか。たとえば、トウモロコシを発酵して作るエタノールは、車の燃料として燃やせば、確かに二酸化炭素(CO2)が発生するが、そのCO2はもともと植物が大気中から光合成で吸収したものである。つまり、植物由来のエタノールを燃やしても、CO2の発生は増えも減りもせず、差し引きゼロなのでカーボンニュートラル(ニュートラルは中立の意味)といえる。もちろん、実際にはエタノールを製造する過程で化石燃料エネルギーを使うため、正味ゼロではないが、ガソリンそのものに比べれば、CO2の発生量はおよそ半分といわれる。

 つまり、CO2の発生はガソリンよりも少ないため、世界ではエタノールを混ぜたガソリンが普及しているのである。

名古屋では「E7」を製造・販売

 ところが、こういう世界の常識が日本ではほとんど知られていない。メディアがほとんど報じないからだと私は思っている。

 とはいえ、実は、名古屋を拠点に石油製品の輸入・販売を手掛ける中川物産株式会社(名古屋市・中川秀信代表取締役)が2023年6月から、商業ベースとしては日本で初めてエタノールを7%混合した「E7」を製造・販売している。ところが、そのこともほとんど知られていない。地元テレビや地元紙以外に報じないからだ。

 同社は油槽(ゆそう)所でエタノール(米国産)とガソリンを直接混合しており、「E7」はいわば中川物産のオリジナルガソリンである。中川物産本社は名古屋港(名古屋市港区潮見町)の一角にある。そのすぐ近くに給油スタンドがあり、「E3」と「E7」を販売している(写真参照)。「E3」は3%のエタノール、「E7」は7%のエタノールを混ぜたガソリンのことだ。どちらも通常のガソリンよりも平均して1~2円安い。安いのは「期限つきながら、エタノールにはガソリン税が免除されているからだ」という。

エマニュエル大使が激励

 2023年7月、ラーム・エマニュエル駐日米国大使が中川物産の名古屋本社を訪れ、お祝いに駆けつけた。さすがこのときは地元テレビや地元紙が報じたが、全国に知れ渡ることはなかった。わざわざ米国大使が駆けつけることは異例中の異例である。エマニュエル大使は「エタノールは気候変動対策になるだけでなく、ロシアの化石燃料資源に頼らずに済むため、日本のエネルギー安全保障の強化にもつながる。エタノールは日米間の頼れるエネルギー資源だ」と熱く語った。

 全くそのとおりである。確かに日本が米国からエタノールを輸入するようになれば、政情不安な中東やロシアに依存する石油や天然ガスと違って、エネルギーの安定確保につながることは間違いない。その意味からもエタノールの普及は日本のエネルギーの安全保障強化にとっても非常に重要なのだが、なぜかメディアはその重要性に気づかない。

 「E7」もしくは「E10」の強みは、巨額の税金を費やして、給油のためのインフラ整備をする必要がなく、いますぐにでも普及させることができることだ。

ETBEの形で1.8%の混合

 では、これまで日本では車の燃料でエタノールの使用がゼロだったのかというと、そうではない。これも一般にはほとんど知られていないが、日本では「ETBE配合のバイオガソリン」という形でエタノールが使われてきた。

 ETBEは「エチル・ターシャリー・ブチル・エーテル」の頭文字をとった略称だ。これはエタノールと石油系ガスのイソブテンを合成したものだ。つまり、業界は「ETBE」をガソリンに混ぜ、エタノールが目に見えない形で流通してきたのである。ETBEのほうが「エンジンの金属部品を腐食させない」とかいろいろ理由が挙げられてきたが、確たる根拠があったわけではなく、エタノールの普及でガソリンの消費量が減ることを業界が恐れたからではと私は勝手に推測している。

 つまり、日本ではエタノールがETBEという形で、平均すれば1.8%前後混合されて流通してきたのである。たとえETBE配合ガソリンでも、エタノールの使用がゼロよりはましだが、給油スタンドで消費者がエタノールを知る機会とはならなかった。

 「E7」か「E10」が全国に普及すれば、このままガソリンを使い続けることに比べて、CO2の大幅な削減につながることは間違いない。

日米共同声明に「エタノール」の推進が明記

 今年4月、岸田総理とバイデン米国大統領の共同声明が公表された。その中に「エタノールの推進」がうたわれていた。驚くべきことに、大手マスコミの新聞やテレビを見る限り、このことが日本では全く報じられていない。ちょうど今年4月、米国を訪れ、エタノール事情を取材したが、このとき米国のエタノール業界関係者は「共同声明は画期的だ。これで米国から日本へのエタノール輸出が始まるだろう」との予測を述べた。

 これは米国産エタノールがいかに脱炭素に貢献するかを自信たっぷりに見せる一幕でもあった。それを裏付けるかのように今、米国では日本では想像もできないほどの「脱炭素型エタノール」の技術革新が進んでいる。米国産エタノール恐るべし。後編でその詳しい事情を報告しよう。