EVをどうする?
電力インフラ面から「決断」の時迫る
石井 孝明
経済記者。情報サイト「&ENERGY」(アンドエナジー)を運営。
EV(電気自動車)の売れ行きは直近は減速傾向にある。ところが長期的に見るとその数は増えそうだ。一部の強気の予想によれば、その電力需要の増加と石油の削減効果で、エネルギー産業の姿を大きく変えるという。EVの未来について社会全体が考え、取り組まなければならないのに、重要な問題として議論されていない。それが私には心配だ。
自分の体験―EVに快適さを感じた
久々にEVを運転する機会があった。ヒットしている日産の小型EV「SAKURA」だ。私は恥ずかしながらペ―パードライバーだ。しかし、そうした人が使えるように、安全装置などをつけ、そしてカメラによる視界を良くして、IT技術を使って不安を避ける工夫が随所にあった。EVだから、これまでの車と違う「新しさ」を強調するためもあるだろう。
この持ち主は夫婦が共働きのいわゆるパワーカップルだが、通勤には夫が主にトヨタのプリウスを使い、近所に移動する場合に小型EVに乗る使い分けをしている。この人たちも「快適だ。燃料費がガソリン代ではなく電気料金で、それほど負担を感じない」と話していた。
車好きの人の多くにはガソリンエンジンへの愛着があるようで、それがないEVに「物足りない」との感想を今でも聞く。しかし私のようにエンジンにこだわりのない素人、また車に馴染みのない人を「新しさ」で呼び込めるのではないかと思った。これからEVは車に馴染みのない人にも、伸びていくかもしれない。
浮上したEV成長への懐疑論
EVの未来をめぐって、さまざまな議論が続いているが、観察したところ昨年末から「懐疑論」が増えている印象を受ける。生産にバッテリーなどのレアメタルの不足で、制約が加わるというのだ。中国企業のEVの伸びも、国益の観点から批判する声も広がる。米メディア系調査会社のブルームバーグNEFは、2020年から23年までの世界での販売の年間平均伸び率が61%だったのに対し、これから4年間は年21%と成長の減速を予想する。
業界の雄、トヨタ自動車の豊田章男会長は、2023年10月のジャパンモビリティショーで、トヨタはEVシフトをしないのかと質問をされると、「カーボンニュートラルの達成という山を登る方法はたくさんある」と述べ、ハイブリッド技術や水素技術などに資金を投じる同社の自動車開発での全方位戦略の正当性を強調した。この言葉はEVに過度に関心の向いたメディアや消費者に、柔らかい調子だが反論をするという意味もあるだろう。EV懐疑派を中心に、この発言は大きく取り上げられた。
技術革新が続き成長は続く強気の見方も
ただし、EVの先行きには拡大の予想もある。前述の調査会社ブルームバーグNEFは「電気自動車の長期見通し」を6月に公表した。同リポートは毎年発表され、EVの将来について常に強気の見通しで知られる。
同リポートによれば、EVの拡大ペースは一服したが成長の見込みは変わらない。2040年には世界の自動車新車販売の73%に達する(23年には17.3%)と予想する。2023年時点では世界のEVの販売台数は全車種で1500万台程度だが、27年に3000万台を超え、40年には同7300万台にまでの増加を見込む。
また同リポートによると、この数年で、バッテリー価格の急速な低下、次世代バッテリー技術の進歩、内燃機関の車と比較したEVの経済性向上が見られるという。この変化は当面続き、世界規模でEVの長期的な成長を支え続けるとしている。また広がりつつあるリン酸リチウムイオン電池の普及が、ニッケルやマンガンの消費を抑制し、EVの蓄電池の価格を下げると期待されている。
電力設備の大規模な建設をどうするべきか
ところがエネルギーの観点から、同リポートを読むと、とんでもないことが書いてあった。
まずEVの普及による石油需要の問題だ。2025年には世界のEV乗用車、EVトラック、EVバスの普及台数が8300万台、電動二輪・三輪車が3億4000万台となる。今後3年間で、あらゆる種類のEVと燃料電池車によって置き換えられる石油需要は現在の2倍以上となり、2027年までにはほぼ日量400万バレルに達すると予想する。これは2022年の日本の石油消費量の日量をわずかに上回るほどの規模だ。
さらに全世界で自動車が完全に電動化した場合、米国の2023年における電力消費量の2倍に相当する電気を消費することになる。2050年までに自動車の完全電動化を達成した場合には約8兆3130億キロワット時の電力供給が必要となり、これは米国の2023年における電力消費量の2倍に相当する。
その予想の通りなら、これから起こる石油使用の減少と電力需要の増加のため、日本を含めた全世界、特にEVの普及する先進国で、エネルギー産業の構造を作り直さなければならないだろう。EVという外部環境の変化によって起こるために企業だけでは対応しきれないこと、そしてエネルギー産業は国民生活に密接に関わるために制度づくりに失敗すれば生活や経済活動が混乱しかねないことから、国と社会全体の関与が必要だ。
特に日本の発電設備の建設は、火力で数年、原子力で構想から数十年かかってきた。原子力は地元との調整の大変さで、日本ではもう新規の建設が難しいかもしれない。現時点で発電能力をどうするか社会的に合意しても、それが形になるのはかなり先となる。EVによって電力不足が発生してしまうかもしれない。
エネルギー基本計画の議論、柔軟に動ける体制づくりを期待
一方で、このリポートのような楽観論が外れて、EV需要がそれほど伸びない可能性も十分にある。原子力発電所を仮に今新規に作る場合に、数千億円の投資が必要だ。それが無駄になってしまうかもしれない。
また世界でまだ強い日本の自動車産業は、ハイブリッド(HV)に注力してきた。電動モーターとガソリンエンジンの併用だ。EVを国が過剰に支援することになったら、自動車産業の足を引っ張ることになるだろう。
2021年10月に決まった日本政府の「第6次エネルギー基本計画」では、EVの記述は約128ページの文書で言及が本文でわずか1箇所、量にして一文にすぎなかった。ほとんど関心を政府は持ってこなかった。
この基本計画は今年7次として見直しの予定だ。そこではEVを大きく取り上げなければならない状況だが、その場合には、日本政府がどのようにEVに向き合うかの決断も必要になる。そして日本政府がどのような計画を作ったとしても、電力業界、自動車業界、そしてその先にいる消費者が動かなければ、その計画は無駄になる。
私もEVの販売、走る数は増えると思うものの、その先の未来像は完全には見通せない。これは多分、関係者誰もが同じと思う。難しい課題だが、柔軟性を持ったどのようにも動ける「決断」を、関係者は第7次エネルギー基本計画で行なってほしい。