岸田政権、エネルギーを忘れた奇妙な気候変動政策


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 岸田内閣の経済政策の柱は気候変動に対応した経済の改革であるGX(グリーン・トランスフォーメーション)の推進だ。22年末に打ち出された際には原子力の活用方針が示され、10年間で150兆円の投資目標が示された。ところが今行われているその政策の具体的中身を作る中で、政府・経産省はエネルギーや気候変動ではなく、半導体や飛行機などの産業テコ入れに浮かれているという。なぜこんなことになったのか。


2024年5月13日、総理大臣官邸で行われたGX実行会議での岸田総理と大臣たち
出典:首相官邸HP

原子力復活の期待、ところが…

 岸田文雄首相は2021年の就任時に「新しい資本主義」というスローガンを打ち出した。しかし、内閣官房に新しい資本主義実現本部/新しい資本主義実現会議が設置されているものの、その詳細な内容は分からない。ただのスローガンで、岸田氏本人も分かっていないのかもしれない。そうするうちに2022年ごろから、理念ではなく、実施策として急に首相自らGXと主張し始めた。経産省事務次官出身の嶋田隆首相秘書官の主導と思われる。

 22年末ごろから、岸田首相は、経済問題の演説や、「新しい資本主義実現会議」で「GX」を語り出し、同年2月にその基本方針を閣議決定した(経産省の説明HP)。24年の現在までに、関連法案が、政府によって国会に提出され審議されている。

 岸田首相は、GXを語る際に、気候変動対策の有効な手段として原子力の活用を当初は打ち出した。エネルギー・原子力関係者はそろって喜んだ。2011年の東京電力の福島第一原発事故以来、原子力政策は迷走したからだ。それが是正されると期待した。

 ところが出てきた計画は奇妙なものだった。GX推進の対象産業・取り組みは、16分野にまで増えた。それらの取り組みの中で「新型原子炉」などはあるものの、自動車、紙パルプ、次世代航空機、半導体など、あらゆる産業が入っている。もちろんエネルギーを使う工業製品の品質が工場すれば、省エネが推進されて、温室効果ガスの削減は実現されるだろう。ただ、私には「GX」という名目で、補助金や裁量行政を経産省が使えることを喜び、あちこちに手を出しているように見えてしまう。

 取材をすると、経済界や各産業団体のヒアリングでの要望をそのまま受け入れてGXの計画を作った。だから経済界はGX政策に賛成だ。投資額は23年度からの10年間に目標で官民合わせて150兆円、そのうち国が20兆円を呼び水として支出し、財政投融資も活用する。国の支出の大半はGX債を発行して賄う。排出量取引、炭素電源オークションなどで国が得る増税分を償還の原資にする。また再エネ賦課金額の減少などにより国民や産業界の負担は増えないと説明しているが、私はその見通しが外れることを心配している。

 この巨額の金が活かされれば問題はない。世界各国も同じようなGXによる公的支援の計画を打ち上げている。ものづくりのライバルである中国や韓国の産業支援、補助金は大規模だ。しかし日本では最近の官主導の経済政策で、うまく行った例を私は最近あまり聞かない。20兆円の国費が無駄金になることを心配している。

経産省の関心は国産の半導体や飛行機に

 そして経産省はGXで、エネルギー産業そのものよりも、目立つ事案に関心を向けているようだ。半導体製造の世界最大手である台湾のTSMCが今年2月に熊本に工場を完成させ、同地での第二工場の建設予定もある。これは経産省の手柄のように言われるが、工場建設費3兆円のうち1兆2000億円を日本政府が補助するという過剰な支援によるものだ。国内企業に供給されるとの理由で、税金が投入された。

 同省の商務情報政策局は、GXで国産半導体産業の支援を唱えるようになった。その主張が強気になったのは、このTSMCの誘致の成功に加えて、GXの名目で予算のめどがついたことが理由のようだ。

 また同省の製造産業局は、国産旅客航空機の開発を24年度から唱え始めた。開発を目指した三菱重工は、23年に航空機事業からの撤退を行ったばかり。それなのに、研究会を立ち上げ、オールジャパンで取り組むと、航空関係の様々な会社に声をかけている。国産機の開発では低炭素排出の飛行機を作るとしている。日本では商業化に成功して売れている航空機が近年ないのに、その航空機の完成を前提にして、低炭素を目指すという。こうした経産省の言い分には違和感を感じてしまう。GXが予算取りの名目になっているようだ。

 ちなみに製造産業局のI局長は、かつてソフト産業テコ入れとして「クールジャパン」戦略を唱えた人だ。そのコンセプトは一時的に注目を集めたが、海外などの物産店づくりなどで、無駄金が使われたと批判された。同じ過ちを「日の丸航空機」でも繰り返すかもしれない。

エネルギー産業そのものが不安

 中央官庁の官僚の士気が盛り上がるのは、別に悪いことではない。しかし、本筋のエネルギー・原子力から政策の中心がずれている。さらに16分野と総花的な経済政策になっている。GXでさまざまな補助金くくるのではなく、負担と目的を明確にして、もう少し焦点を絞った方が良かったのではないか。

 そしてエネルギーの供給体制は、経産省と政治が主導した自由化の進展で足元が揺らいでいる。発電設備不足で、慢性的な供給懸念が起きている。国際エネルギー情勢も不透明だ。再エネ賦課金、供給力不足、一部原発の長期停止が影響して、産業用電力料金はアジア・太平洋地域で、最も高い水準になっている。再エネの電力層配電網への効率的な組入もなかなか進んでいない。原子力の再稼働も進まない。エネルギー産業では課題の解決が行われていないのに、さまざまな分野に手を出す政策が行われようとしている。

 「足元のエネルギー産業の状況はガタガタなのに大風呂敷を広げて大丈夫なのか」と、エネルギー分野の長かった経産省OBと会話をしたところ、経産省の行動を不安がっていた。同感だ。

 そもそも世界は2022年のウクライナ戦争以降、安全保障に関心がむき、エネルギー・もその文脈で語られている。政策としてGXを今唱えるのは、少し遅れてしまった。危うさのあるGX政策を押し進めるより、するべきことをエネルギー・気候変動問題で政府・経産省は進めてほしい。