IEAは改革すべきだ
- 今こそ正確なエネルギー情報が重要だ -
印刷用ページ監訳 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志 訳 木村史子
本稿はマーク・P・ミルズ 2024.1.16「Energy Information Has Never Mattered More—So It’s Time to Reform the IEA」を許可を得て邦訳したものである。
国際エネルギー機関(IEA)は今年50周年を迎える。パリの本部でシャンパンを片手に祝賀会が開かれるのは間違いないだろう。しかし、大西洋のこちら側では、IEAの最大の資金源である米国が、IEAの役割を再考する時期に来ている。単刀直入に言えば、IEAが時代に合った形で再編成されるまで、米国はIEAへの支払いを停止すべきだと考えている。こうした行動には、賛否両論のいずれからも多くの前例がある。
なぜ改革が必要なのか?IEA設立のきっかけは、世界的な不況を引き起こした「エネルギー・ショック」だったという事実から始めよう。1974年の第1四半期、アラブの石油禁輸措置により、石油価格は400%も跳ね上がった。世界中の政策立案者と企業は、供給源、サプライチェーン、選択肢に関する信頼できる情報を見つけるために奔走した。
ほとぼりが冷めると、彼らは課題が山積していることに気づいた。将来のリスクを評価し、その結果に備えるには、正確で信頼できる情報を得ることから始まることを彼らは理解していた。このような情報がないこと、そして国際レベルでの調整の機会がないことが、IEA設立の主要な動機のひとつとなった。もうひとつの動機は、混乱時に石油の需給を調整する「メカニズム」が必要だったことである。しかし、こちらのほうは期待通りには機能せず、その後数年間はほとんど展開されず、有効性を示す証拠もほとんどなかった。
今日、原油価格がわずか40%上昇するだけで、政治家や投資家はパニックに陥る。多くの人々は、「エネルギー転換」によって石油や炭化水素に依存するリスクから脱却できると信じているが、それは甘えの始まりであり、IEAの抱える問題を象徴している。じっさいのところ、安全で信頼でき、手頃な価格のエネルギー、そして石油の必要性は、半世紀前よりも高まっているのである。
エネルギーの市場と地政学は、少なくとも50年前と同じように、重大な混乱に対して脆弱である。もちろん、今日の世界には当時と変わったことがたくさんある。インターネット、スマートフォン、パソコンはもちろん、AIも1974年には存在しなかった。しかし、これらすべてのテクノロジーは、より大きな世界経済、より多くのエネルギーを消費する世界経済を生み出すのに役立っている。そして、経済のデジタル機能を含むあらゆるものの製造と運用に必要なエネルギーの80%以上は、依然として炭化水素によって供給されている。最初の近代的エネルギー危機の元凶とも言われる石油は、依然として地政学上の試金石の燃料となっている。
すべての人、モノ、サービスの移動の95%以上は石油によって支えられている。輸送コストが高騰し、最悪の場合、輸送が途絶えれば経済は崩壊する。1974年以来、世界の自動車保有台数は500%増加し、海上輸送総トン数は350%増加し、空の旅は2,000%近く増加している(旅客マイル換算)。そして、中東から供給される石油の量は、今日の方がはるかに多い。もちろん、結果として、米国の石油生産量も増加している(米国が「石油ピーク」を迎えるという過去の予測にもかかわらず)。これらすべての指標の今後の伸びは、過去の伸びとよく似ているだろう。
そして、電気自動車もテスラもこの方程式を変えることはできない。単純に計算すると、2034年までに世界の自動車の半分が電池で動くようになる(これは不可能なほど高い目標である)としても、その結果、世界の石油利用の削減量は10%をわずかに超える程度であろう。
それが現実なのだ。偉大なSF作家フィリップ・K・ディックの格言、「現実とは、信じることをやめても消えないものである」。を思い出す。エネルギーに関する多くの現実は、願望や支出に関係なく消えることはない。そして、現実といえば、将来、過去と同じような出来事が起こるかもしれないという可能性を否定するのは、まさに世間知らずというものだろう。
その一方で、1974年11月18日にパリで開かれた最初の会合以来、IEAは当初の使命から逸脱し、新たな存在意義を採用した。それは、文明のあらゆることを可能にしている基礎産業の実態について、信頼できる公平な情報源であらねばならないという、以前の使命とは相反するものである。いったい何が起こったのか?
2015年、IEAはその使命を再構築し、「エネルギー安全保障」と並んで「エネルギー転換」を提唱することにした。そして2022年、IEAはその転換をさらに推し進め、理事会はその使命を「国際的に合意された気候変動目標を遵守するために、正味排出量ゼロのエネルギーシステムを構築する国々を指導すること」に拡大することを決議した(強調部分追加)。 IEAは炭化水素に関する分析と報告を続けているが、炭化水素を放棄する政策を声高に推進する姿勢をとっているため、内部的にも精神的にも葛藤を抱えている。欧州議会の最近の報告書によれば、「IEAは気候変動と闘うために温室効果ガス(GHG)排出量の意欲的な削減を提唱するようになった」とのことである。
炭化水素から急速に取って代わろうとする意欲自体が、炭化水素の途絶によるリスクを軽減するどころか、むしろ生み出してしまう可能性があることは明らかだろう。また、こうした意欲は、代替エネルギーの途絶に伴う新たなリスクも生み出す。
IEAの目標がどのようなものであったとしても、アドボカシー組織としてのIEAとなると、その性質上、利害関係のない組織として機能することはできないといえる。というのも、今、IEAは現実を分析するのではなく、自らが望む結果の実現に駆り立てられているからである。IEAだけではない。希望と現実の間にある大きな断絶は、「エネルギー転換」に対する前例のない規模の支出に象徴されている。これまでのところ、ヨーロッパ諸国はエネルギー転換を追求するために数兆ドルを費やしており、2030年までに少なくともさらに3兆ドルを費やす計画がある。
そして今、将来の議会が異なる決定をしない限り、アメリカはその追求に加わり、史上最大の連邦産業政策支出プログラムに着手している。大方の予想では、インフレ削減法(成立後、支持者たちは嬉々としてこれを「グリーン・ニューディール」と呼んだ)は、この10年間で代替エネルギーに総額2兆ドルから3兆ドルを費やすことになる。これは第二次世界大戦の軍事費(インフレ調整後)に匹敵する規模だ。しかし今回は、一度限りの戦争対策インフラを構築するために産業能力を追加するのではなく、国家全体の既存のエネルギー・インフラを可能な限り恒久的に置き換えることを目標としている。私たちはルビコンを渡り、単なる野心を通り越して、新たなエネルギー・リスクの出現を助長しようとしているのだ。
注目すべきは、たとえすべての経費を投入したとしても、2030年代には炭化水素が支配的なエネルギー源であり続けるということだ。
また、この巨大な産業努力の背景も忘れてはならない。大雑把に言えば、2030年までにアメリカのCO2排出量を年間20億トン近く削減することである。この間、アジアの排出量は年間20億トン以上増加し、アジア諸国が自国の代替エネルギー計画で約束したことを実行しなければ、それ以上増加することになる。これらの国々は、アメリカやヨーロッパが購入する材料やハードウェアを生産する産業を支配している。したがって、正味の効果としては、世界の排出量に実質的な変化はないに等しいが、非常に大きな資本交換が行われることになる。
このような巨額の資金が次々とハードウェアに変換されるにつれて、エネルギーに関するあらゆることは基本的にハードウェアに関することであるだけに、性能、リスク、供給源、環境への影響、そして特にエネルギー安全保障、信頼性、コストについて、既存の主張に対して新たな山のような主張が加わることになるだろう。エネルギー産業に関わる機械がどのように建設され、運用されるかという現実に関しては、願望ではなく、事実と結果こそが重要なのである。
たとえば、風力タービンやソーラーパネル、EV をもっと増やそうという目的と野心的支出には、銅の生産量を大幅に増やす必要があるという現実が待っている。銅は電力分野で最も重要な素材であり、その物理的性質から代替不可能に近い。世界の鉱業界が、提案されている時間枠で必要な量を生産する(ましてや生産能力を持つ)計画を立てているという確証はない。さらに、銅がどこで採掘され、どこで精錬されるかを知る必要がある。この分野においても中国が圧倒的な強さを見せていて、北京は、エネルギー「転換」の目標に不可欠な機械の製造に必要な一連の重要鉱物で、さらに強力な地位を占めているのである。
そこで、冒頭の話に戻そう: 政策立案者らと企業は、アドボカシー抜きの信頼できるエネルギー情報を切実に必要としている。それには簡単な解決策がある。IEAを2つに分割するのだ。政策にとらわれないIEIA(国際エネルギー情報機関)と、別途資金を提供し管理するIETA(国際エネルギートランジション機関)である。
IEIAの定款は、アドボカシー的な活動を禁じておく。そして急速な二極化と政治的な波風を最小限に抑えるため、IEIAは、証券取引委員会と同様の構造で運営される。その際、各メンバーの任期は5年とし、5人のメンバーで構成される監督・管理委員会を設置する。IEIAと分離しているアドボカシー団体であるIETAは、より簡単に組織化できるし、また、加盟国の国内政策に適宜従うことができるだろう。
どのような組織でも、特にIEAのような国際的な組織では惰性的であることを考えると、改革を強制する唯一の効果的なメカニズムは支払いを停止することである。1984年にレーガン大統領がユネスコに対して取った措置は、ユネスコが設立当初の人道的使命から逸脱していたためであり、多くのメディアを騒がせた。ユネスコは結局改革され、アメリカは2002年に再び加盟した。2011年、オバマ大統領はユネスコがパレスチナの正式加盟を認めたことに反発し、ユネスコへの拠出金を凍結した。トランプ大統領は2017年に再び脱退し、バイデン大統領が2023年夏に再加盟した。
迷走する国際機関の改革を求める様々な大統領による同様の行動には、長い歴史がある。1950年、ハリー・トルーマンは米国をインターポールから脱退させた。1977年、ジミー・カーターはアメリカを国際労働機関から脱退させた。1996年、ビル・クリントンは国際連合工業開発機関から米国を脱退させた。
気候アクティビストたちは、すべての企業に対して、将来起こりうる「異常気象」がもたらすリスクを開示するよう求めている。彼らの要求の是非はともかく、企業や政策立案者にとっては、物理的にも経済的にも、計画外のエネルギー途絶によるリスクを開示することが、より重要であることは間違いない。そして、それらの可能性について現実的な確信を持つには、信頼できる偏りのない情報が必要なのである。
事実が政治に優先するような社会は、もはやどこにもないかもしれない。しかし、少なくとも私たちの文明を支えているエネルギー・インフラに関する事実の信頼性を向上させる努力はすべきである。そのためにはまず、IEAを改革することから始めようではないか。