再生可能エネルギー・原子力等に対する期待と課題(その2)


東京大学大学院工学系研究科 教授

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前回:再生可能エネルギー・原子力等に対する期待と課題(その1)

原子力発電の再評価

 原子力発電は福島第一原子力発電所事故以降、社会の信頼回復、原子力再稼働や使用済み燃料再処理工場の完成の遅れ、ならびに放射性廃棄物の最終処分場の決定などが課題として位置付けられる一方、エネルギー安定供給や地球環境問題への対応の上での役割が期待されるエネルギー源であり、カーボンニュートラル実現に向けて重要な電源になると考えられる。運転時のCO2排出ゼロに加えて、相対的に少量の燃料で得られるエネルギー量が極めて大きく(天然ウラン1kgは石油約14トンに相当、燃料交換後1年以上発電可能)、国内の燃料在庫で長期(数年間)の発電が可能とされ、脱炭素化とエネルギー安定供給の双方に貢献する。また、原子力は国内企業が知見やノウハウを有する国産技術であり、国内産業の発展にも貢献しうる。国際的な発電コスト評価では、原子力発電のコストは平均的に見ればコスト競争力があり(1)、発電コストに占める燃料費比率が小さく、原油や天然ガス価格高騰の影響も相対的に小さいと考えられる。ウクライナ危機以降のLNG価格や一般炭価格の高騰に伴う電気料金の上昇局面では、原子力再稼働のあるエリアでは他エリアに比べて電気料金上昇が抑制される傾向がみられるなど(2)、エネルギー安定供給へ貢献したと推定される。また現在、安全性をさらに高めた大型炉の他、小型炉など革新原子炉の技術開発が国際的に注目を集めている。ただし、国内では使用済み燃料の再処理の遅れや高レベル放射性廃棄物の最終処分施設の建設がまだ決定しておらず、現状ではバックエンドで課題を抱えており、計画進展に向けた努力を要する状況にあると考えられる。

 その中で、ウクライナ危機以降、国際的に原子力エネルギーが再評価されているとみられ、原子力比率の高いフランスでは2050年までに革新型軽水炉を最大14基建設する計画を表明し、イギリスも2030年までに原子炉を最大8基建設し、原子力の電力比率を現在の約15%から2050年までに25%へ拡大する方針が示されている。将来の長期的な時間軸で見た場合、原子力を脱炭素化、エネルギー安定供給に向けて長期的に活用するには、新増設・リプレースが必要になると考えられる。2023年に成立したGX脱炭素電源法では(3)、原子炉の運転期間に関して、運転期間40年、運転延長期間20年の規則のもと、司法判断など不測の事由がある場合に停止期間が運転期間の計上から除外された場合には、実質的に60年超運転が可能となった。ただし、60年超の運転期間が許容された場合でも、運転期間が終了すれば原子炉は廃止措置を迎えて原子力設備容量は長期的に減少するため、新増設・リプレースが無ければ日本で稼働する原子炉が将来ゼロとなる可能性もある。また運転延長を行うことで、革新炉など原子炉の新増設の機会が少なくなり、次世代への技術の継承や新増設に対応できる人材育成の機会に影響する可能性もある。運転延長や新増設の全体のバランス、原子力技術開発、原子力産業の発展と世界の原子力産業への貢献など、多角的な観点から原子力の将来像を考えることが重要になると考えられる。

革新原子炉への期待と課題

 近年、革新原子炉への期待が国際的に高まっており、米国、中国、イギリスなどでは小型原子炉の技術開発を強化しているとみられる。米国アイダホ州で進められていた小型炉の建設計画はキャンセルとなったが、再エネ出力変動を調整する役割や、工業用の自家発電源、クリーン水素製造や海水淡水化用の電力源として期待されていると考えられる。米国では、シェール革命によりエネルギー自給率が100%を超えてエネルギー純輸出国となった現在においても、原子力技術開発を官民挙げて進めており、革新原子炉の技術が将来成熟化すれば、再エネと蓄電池の組合せによる発電コスト(LCOE)に匹敵もしくはそれを上回る経済優位性を有するとの見方も示されている(4)

 次世代革新炉には、革新軽水炉(大型炉)、軽水炉SMR(Small Modular Reactor)、高温ガス炉SMR、高速炉SMR、マイクロ炉などがあり、炉型により異なる特徴を有するが、自然災害への対策強化(地震や津波など)、シビアアクシデント対策強化(受動的安全性の具備など)、負荷追従性能の強化(再エネ出力変動への対応)などが計画されている(5)。革新軽水炉は、既存の大型炉の安全面など諸性能を一層高めた原子炉として位置付けられ、特徴として、大型軽水炉の技術、規制、サプライチェーンなどを活用できる可能性が挙げられている。自然冷却機能や放射性物質の外部放出防止機能、ならびに溶融燃料の放出防止機能(コアキャッチャー)などの具備も提案されている。小型炉への関心も高まっており、小規模構造を背景に自然冷却しやすい特徴があるといわれる。米国、フランスなど欧米では、大型原子炉の建設コストが工期延長などで当初計画よりも上昇するなどの経緯が、小型炉への関心の背景の一つになっていると推察される。小型炉はモジュール化により、建設期間の短期化が期待され、大型炉のような工期延長リスクを低減できると考えられている。モジュール化の可能性を踏まえれば、炉設計の標準化を行い、標準設計に対して認証を与える型式認証制度とも小型炉は調和しやすいと考えられ、コスト削減や建設の効率化に貢献しうると考えられる。小型軽水炉の他に、高温ガス炉SMRは固有の安全性を有し、高温熱を利用した水素製造や、再エネ出力変動に対する出力調整機能が計画されている。高速炉は核燃料サイクルと共に、ウラン資源の有効利用、高レベル放射性廃棄物の減容化と有害度低減への貢献が期待されている。

 ただし、小型原子炉などの革新炉は基本的に、世界で普及する既存の大型軽水炉とは異なり、技術開発中にある原子炉であり、商用化に向けた実証プロセスなどによる検証や、小型炉の特徴を反映した安全規制などの整備も重要であると考えられている。小型炉はその安全性を踏まえ、事故時の避難対策エリア(EPZ)も小規模になり得るとされ、合理的な規制の整備が期待されている。また小型炉の場合は、規模の経済性(スケールメリット)による経済性の確保が大型炉と異なり働きづらいと想定され、設計の簡素化、モジュール化、安全対策コスト低減等が経済性を高めるための課題として考えられている(6)

原子力発電と電力市場

 革新炉が将来導入されるためには、投資環境の整備も課題として挙げられる。原子力は初期投資が巨額であり、建設中は事業収入が得られず、運開以降に収入を得るため、太陽光発電など建設期間が短い電源に比べて、投資リスクが高くなりうる。加えて、売電価格は市場動向の影響を受ける可能性もある。現在、日本の卸電力市場では、太陽光発電の影響により、昼間の時間帯は卸電力価格がほぼゼロとなるため、スポット取引では収入が得られず、売電収入確保の不確実性もある。一方、イギリスでは原子力新設を支援するため、RAB[Regulated Asset Base]モデルを適用し(7)、原子炉建設期間も含めた事業コストを反映して原子力の売電価格を設定し、消費者よりコストを回収する枠組みであり、投資リスクの低減に貢献しうるとみられている。日本でも原子力など脱炭素電源の投資拡大に向け、容量市場(kW価値への報酬付与)、非化石価値取引市場(非化石価値への報酬付与)、長期脱炭素電源オークション(長期でのkW価値への報酬付与)等の電力市場制度が重要な役割を担うと考えられる。

 また、太陽光発電や風力発電の国際的な普及により、調整力の確保や系統混雑管理が重要な課題になっており、原子力も長期的には再エネ大量導入に適合した運用が求められると考えられる。原子力発電は燃料費が低廉であるため、定格出力運転、いわゆるベースロード運転が選択される一方、原子力発電比率が約7割を占めるフランスでは、原子炉の出力調整運転を実施しており、近年では太陽光発電出力が増加する昼間に原子炉の出力を低下させる運転を実施している。再エネ出力に合わせた原子炉の出力調整運転は、稼働率が低下するため、原子力発電コストが増加する一方、再エネ電源の有効活用に向けた電力系統の円滑な混雑管理への貢献や、調整力への新規投資を抑制して(送電線増強や蓄電池等への新規投資)、再エネ導入に伴う電力コスト上昇抑制に貢献しうると考えられる。原子力発電は電力システムの一部であることから、今後の電力システムの方向性に適合することが原子力発電の受容性や発展にとって必要になると考えられる。再エネ普及が進む電力システム全体の観点から、原子力の技術開発や電力市場の動向を踏まえた最適な運転方法(ベースロード運転、出力調整運転)を考えることが大切になると考えられる。

脱炭素化、安定供給の実現に向けて

 脱炭素化と同時に、エネルギー安定供給のさらなる追求も大事になる。電力システム分野では、電力供給力、調整力や慣性力の確保、送配電網の最大活用と増強、投資の確保、電力コスト抑制が求められると同時に、近年の社会のデジタル化の趨勢(データセンター整備など)やエネルギー需要の電力化(電気自動車普及など)を踏まえれば、社会での電気の役割が一層重要になる可能性を踏まえ、平時や需給ひっ迫時の安定供給強化が大切になる。平時の電力供給信頼度の更なる向上、自然災害や厳気象など稀頻度リスクへの対応強化が不可欠になる。また、系統下流側では太陽光発電の逆潮流の影響が徐々に高まる中、分散型エネルギー資源(DER: Distributed Energy Resources)の普及を見据え、電力系統の運用の高度化(電力フローの双方向化[上下流間・地域間])や、DERの系統制御への活用(電気自動車[EV]、ヒートポンプ、蓄電池など)も、電力系統の次世代化に向けて重要になると考えられる。

 カーボンニュートラル実現に向けた電源ベストミックスを考える場合、再生可能エネルギーと原子力の双方を適切に活用することで、脱炭素化と安定供給に効果的に貢献しうる電力供給が可能になりうるのではないかと考える。太陽光発電や風力発電に偏り過ぎれば予期せぬ出力変動や不確実性により影響を受け、原子力に偏り過ぎれば原子力事故に対する不安など社会受容性の観点より受け入れにくくなると考えられる。原子力発電を一定程度導入することにより、再エネ出力の変動や不確実性に対するリスクの軽減や再エネ立地抑制による地域社会との摩擦の回避につながる一方、日本の強みである先進原子力技術開発や原子力産業の維持や発展、人材育成、世界の原子力ニーズへの国際貢献にも資することが可能となりうる。そして、再エネ導入拡大を進めることで、社会の再エネニーズへの対応や再エネを統合するための要素技術やマイクログリッドなどシステム技術や市場制度の発展、そして、原子力依存度抑制と社会の不安の軽減にも貢献しうる。再エネと原子力、その他の技術も含めて互いに補完関係にあると理解することが望ましく、あらゆる技術には一長一短があり、現時点では万能な技術は存在しないと考えられる。また今後の技術開発や普及の不確実性に対応するためにも、技術の多様性の確保が大事になると考えられる。再エネや原子力に加えて、電力貯蔵(系統用蓄電池、EVバッテリー、蓄熱発電等)、水素・アンモニア発電、分散型電源(燃料電池、コジェネ)、送配電網(高圧直流送電、マイクログリッド等)、CCUS(CO2回収、貯蔵、利用)など幅広い技術をそれらの技術の進捗評価を踏まえて最大限活用したベストミックスを形成し、脱炭素化と安定供給の今後の実現に期待したい。

参考文献

(1)
OECD/NEA/IEA: Projected Costs of Generating Electricity, 2020 Edition (2020)
(2)
経済産業省: 電気料金の改定について(2023年6月実施)
https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/electric/fee/kaitei_2023/
(3)
内閣官房: 脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案【GX脱炭素電源法】の概要(2023年)
https://www.cas.go.jp/jp/houan/230228/siryou1.pdf
(4)
US Department of Energy: Pathways to Commercial Liftoff: Advanced Nuclear (2023)
https://liftoff.energy.gov/advanced-nuclear/
(5)
革新次世代炉に関する諸情報は下記資料等に記載されている。
経済産業省: エネルギーを巡る社会動向を踏まえた革新炉開発の価値(2022年)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/genshiryoku/kakushinro_wg/pdf/001_06_00.pdf
(6)
OECD NEA: Unlocking Reductions in the Construction Costs of Nuclear: A Practical Guide for Stakeholders (2020)
(7)
UK Department for Business, Energy & Industrial Strategy: RAB MODEL FOR NUCLEAR: Consultation on a RAB model for new nuclear projects (2019)