防災地下神殿・首都圏外郭放水路の威容

世界最大級の巨大放水路のメカニズムを解きあかす


東京都市大学名誉教授

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[1] 59本の巨大な柱がそびえ立つ調圧水槽 。いつかしら、“防災地下神殿”と呼ばれている注1)
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“防災地下神殿”に、一歩足を踏み入れると

 地上から専用階段116段を下りそこに一歩足を踏み入れると、幻想的な大空間にしばし圧倒される。そして屹立する巨大柱に安堵する。ここは、鉄筋コンクリートで構築された世界最大級の調圧水槽[1]。国土交通省関東地方整備局江戸川河川事務所が運営する首都圏外郭放水路(埼玉県春日部市)のメイン施設となる。これまで多くの見学者を受け入れ、いつかしら、“防災地下神殿”と呼ばれ親しまれている。
 埼玉県の中川・綾瀬川流域は、長年洪水や浸水被害に悩まされてきた地域。この広域浸水被害を軽減するため、平成18年(2006年)に、世界最大級の地下放水路・首都圏外郭放水路が誕生した。すでに防災インフラとして人知れず活躍しているが、あまり知られていないそのメカニズムを解きあかしたい。

首都圏外郭放水路のメカニズム

 ひとことで言うと、中小河川から溢れた水を立坑(たてこう)から流入させ、トンネルを通して調圧水槽に導き、排水機場の超高性能ポンプによって大河川の江戸川に放水する。江戸川に排水された水は、やがて東京湾に流れ出る[2]
 首都圏外郭放水路はいくつかの設備にて構成され、それぞれの役割分担は下記のとおりだ。

  • 立坑:大落古利根(おおおとしふるとね)川や中川などの中小河川から、越流堤を通して雨水を取り入れる。上流の第5立坑(内径15m)から、最終的に集水される第1立坑(内径31.6m)まで5つの立坑が並ぶ。
  • トンネル[3]:各立坑からの流入水を送り込む地下河川(断面は内径10.6mの円形)。シールド工法が適用され、国道16号の地下50mに、総延長6.3kmのトンネルが構築された。
  • 調圧水槽[1]:第1立坑[4a],[4b]から流れ込む水勢を弱め貯水する。その内空間寸法は、長さ177m、幅78m 、高さ18m。59本の巨大な流線形の柱(奥行き7m、幅2m、高さ18m、重さ約500トン)が大空間を支える。
  • 排水機場:調圧水槽の水を巨大排水ポンプのインペラ[5]で排水樋管(ひかん)に送る。排水ポンプの最大能力は、4台あわせて200m3/秒で国内最大規模(驚くなかれ、“毎分”ではなく“毎秒”なのだ!)。
  • 中央操作室:全施設のモニターを揃え、各施設の監視と操作を行っている。
    イラスト[2]を再度参照して、流入水が左から右に流れる仕組みになっていることを確認されたい。

[2] 首都圏外郭放水路のメカニズム (江戸川河川事務所資料より作図)
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[3] 内径10.6mの第1工区トンネル:H13.3.28 (シールド工法によって施工された)注1)
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[4a] この第1立坑に集水した水が、右側の開口部より調圧水槽に流れ込む注1)
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[4b] 調圧水槽より第1立坑を望む。正面の開口部より、手前側に水流が流れ込む注1)
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[5] 直径3.8m、5枚羽の巨大羽根車インペラを見上げる(著者撮影)
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中川・綾瀬川流域の総合治水対策

 ここで、当該地区に実施された「総合治水対策」の話をしよう。急速な都市化と人口増は、雨水の浸透/保有能力を低下させ、豪雨時にはピーク流量の増大をもたらして周辺低地の浸水被害を拡大させる。このような都市型災害に対処する総合治水対策が、国土交通省から打ち出された。
 たとえば、埼玉県・東京都の東部に位置する中川・綾瀬川流域は、鍋底低地の地形に人口350万人あまりが居住する都市化の進んだ流域。これまで幾度なく広域浸水被害を経験し、当初から「総合治水対策特定河川事業」に指定されていた。
 その総合対策の一環として、地下50m、延長6.3kmを流れる地下河川と世界最大級の排水機場(首都圏外郭放水路)が建設されたのだ。これまで年間稼働率は高く、浸水被害の回避・軽減に大活躍している。江戸川河川事務所の説明によると、21年間で140回稼働し、これは年平均7回の計算になる。
 国土交通省主導による一連の施策は、気候変動の影響による災害の激甚化/頻発化に対処する国土強靭化対策でもある。

4つの見学ツアーコースが用意されている

 現地では、誰でも参加できる見学ツアーを実施しており、

  • 「見どころ満載!インペラ探検コース」
  • 「迫力満点!立坑体験コース」
  • 「深部を探る!ポンプ堪能コース」
  • 「大人気!地下神殿コース」

 などさまざまなコースが用意されている。
 いずれも、集合は地底探検ミュージアム龍Q館(機能や役割を学べる併設施設)で、専任の“地下神殿コンシェルジュ”が施設案内する。ぜひとも一度は体験してみてほしい(いずれも、有料/予約制)。
 ツアー参加者は、コースによってはヘルメット着用が義務付けられ、長靴が必要(主催者によって用意されている)。なお、緊急時/稼働時の入室は制限される。台風の接近や豪雨が予想されるときも、見学中止もしくは見学範囲の制限がなされる。定期的に調圧水槽の大規模清掃が実施され、このときもツアーは実施されない。
 見学コースの前後には、龍Q館展示室[6]に立ちよることをお勧めする。分かりやすい映像、パネル、模型、およびフロアーに印刷された中川・綾瀬川・江戸川流域管内図など、予習/復習することができる。
 これら興味ある見学ツアーは、国土交通省の推進する「インフラツーリズム」に呼応したプログラムでもあり、加えて、地元春日部市(埼玉県)による「かすかべ魅力発信事業」にも取り上げられている。テレビ・映画のロケ地、雑誌や広告の撮影地としても活用されている。

[6] 地底探検ミュージアム龍Q館に併設されている展示室。見学の予習復習に最適注1)
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屋外に展示されているシールドマシンの面板

 龍Q館の正面玄関の外には、地下トンネル(第1工区)を掘削したシールドマシンの面板(カッターフェイス)が展示されている[7]。このシールドマシンの外径は約12m、掘削用のカッタービットの刃が約700個付いている。すべて本物で、硬い土を掘り進み同時に廃土するメカニズムを実感できるのではないだろうか。
 通例、シールドマシンは満身創痍で到達し解体されるのだが、ここでは、“化粧直し”して屋外に展示されている。

[7] 屋外に展示されたシールドマシンの面板注1)
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首都圏外郭放水路は、“その時”に備えじっと待っている

 13年の歳月をかけて構築された鉄筋コンクリートの地下防災施設は、非常時には膨大な水量が勢いよく流れ込む、頼もしい地下空間だ。一方、平時での見学会では、静謐(せいひつ)な防災地下神殿の威容を仰ぎひれ伏す思いである。
 複雑なメカニズムで構成される首都圏外郭放水路は、それぞれの施設や機器がOne Teamとなって(あっては困るが)、“そのとき”にじっと備えている。

注1)
画像提供: 国土交通省江戸川河川事務所

<参考文献>

清水義彦「都市政策と連携した治水」(土木学会誌、2020年11月号)
首都圏外郭放水路/防災地下神殿(現地パンフレット):国土交通省江戸川河川事務所
首都圏外郭放水路:国土交通省江戸川河川事務所HP
https://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/gaikaku/
日本が世界に誇る防災地下神殿/コース詳細
https://gaikaku.jp/course/

追記:
 本文は、著者の新書『DISCOVER DOBOKU 土木が好きになる22の物語』(平凡社)より引用している。
 本書執筆に際しては、現地 首都圏外郭放水路を訪問し、国土交通省江戸川河川事務所の方々より、仔細に説明/解説いただいた。末筆ながら、御礼申し上げます。