電力自由化、能登半島地震で負の影響は出ていないか
石井 孝明
経済記者/情報サイト「withENERGY」(ウィズエナジー)を運営
能登半島沖地震、2週目で残る停電
1月1日に能登半島地震が発生し、北陸に大きな損害が出た。犠牲者のご冥福と、1日も早い復旧と被災者の方の生活の回復を祈りたい。
関わる人々の努力が続き、インフラは復旧が進んでいる。1月14日午前時点で、石川県の能登半島地域の一部で約9000戸が停電している。(北陸電力送配電停電情報)この場合の「戸」(こ)という呼称には、商業施設、企業も含まれる。
停電に直面している方には、一刻も早く電力が供給されることを願う。しかし、北陸電力のこの復旧と電力システムの維持は、素晴らしい取り組みであろう。北陸三県、石川、富山、福井に主に電力を供給する同社の契約口数は23年9月末時点で218万8200件ある。電力供給の大半は維持されている。その努力に感謝をしたい。
停電が残っている主な理由は、能登半島の交通事情の悪さによるものだろう。今回の地震で被害を受けた石川県北部、能登半島は、道路の数が少ない。半島という一方向からしかアクセスができない地形の影響もあるだろう。
異様に早い電力の復旧
災害における電力システムの維持、そして復旧の速さは、日本の他の電力でもみられる。2016年4月の熊本地震では災害発生1週間後に電力はほぼ全戸で復旧した。2018年9月の北海道胆振東部地震では2日ほど、北海道全域で大停電が起きたが、1週間後には電力はほぼ全戸で復旧した。電力会社は、大規模災害の時に、相互に支援し合う取り組みも続け、今回の災害でも、周辺の電力会社が支援を行っている。
電力中央研究所が「東日本大震災・被災地におけるエネルギー利用 実態調査」(2012)という興味深いリポートを発表している。日本のインフラの復旧スピードを示したものだ(図)。
電気、水道、灯油、ガソリン、都市ガスのライフラインを調べると、電力は復旧が他のインフラより早かった。災害から1週間後までに95%以上が復旧している。電線が地上に露出しているために他のインフラより整備がしやすいという点もあるのだろう。日本のインフラ産業で最近使われるようになった言葉、「レジリエンス」(Resilience、回復力)は素晴らしい。
発送電分離後の大規模災害、その影響は?
私はこのスピードの速さには、これまで全ての電力会社が育ててきた社風が、影響していると思う。どの会社も電力の安定供給を社業の中心に据えてきた。ある東京電力社員が次のような経験を話してくれた。「災害警報が鳴ると、社員が保安の持ち場に消える。本店でも、支店でも、事業所でもそうだ。電気を止めないという理念に基づいて組織が作られている。社員にも「本能」となっている」。
しかし、こうした日本の電力の素晴らしい災害対応がこのまま続くかわからない。
日本政府、経済産業省・資源エネルギー庁は、1990年台から電力自由化を行い、2011年から「エネルギーシステム改革」の名で一段とその範囲を広げた。電力とガスではこれまで大口の産業用が自由化されていたが、それが小売りも含めて全て自由化された。2022年までに電力会社の発電会社と送電会社を法的に分離することが目標にされ、実行された。北陸電力も2019年に北陸電力配送電を設立し、分社化した。
災害対策は、これまで同一の電力会社内で行われていた。しかし自由化後は会社ごとに、対策が分かれてしまった。会社説明・決算資料などを見ると、北陸電力グループは発送電を分離しても災害対策や保守をおろそかにしているわけではないとしている。
もちろん事後的な検証が必要だが、今回の能登半島災害は、発送電分離が完了した後の大規模災害だ。仮に問題が出たなら、その問題を突き詰め、安定供給の維持を考えてほしい。
災害対応力の維持を考えているのだろうか
実は電力システム自由化をめぐる議論で、安定供給をどのように維持するか、問題を詰めていなかった。
日本の電力システム改革は、2011年3月の東京電力福島原子力事故の後で、「事故を起こした東京電力はけしからん」という批判を背景に、民主党政権において政治主導で始まった印象がある。そしてその際に災害や供給力維持の対応をどのように維持するかについて詳細な検証が行われなかった。
これまでは、電力会社に地域独占を認める代わりに、安定供給を義務付けていた。また設備投資に必要な費用を、当局の査定の上で事前に料金に織り込む総括原価方式も認められていた。これによって、設備建設が資金面からしづらくなって、供給力が不足する可能性が出ている。また電力自由化では、契約で供給が処理されるようになった。そして総括原価方式も原則なくなった。以前よりも、安定供給に、義務の面でも、資金の面でも、電力会社が取り組みづらくなる可能性もある。
供給力不足の問題も浮上
経産省の「電力システム改革専門委員会報告書」(13年2月)では、自由化後の災害での電力安定供給の維持は「期待したい」「電力会社の社内文化の維持を支える制度づくりが必要」という指摘はあったが、具体策が書かれていなかった。災害時、平時を問わず供給力の維持の問題は、解決されていない。
私は、先行きを心配した。その懸念は的中した。2020年には原子力発電所が稼働していない東日本を中心に電力不足が発生している。状況はその後少し改善したが、安定供給が怪しくなっている。そもそも電力の供給設備能力が、足りないという問題も浮上している。
電力システム改革の制度設計に関わった東京大学の松村敏弘教授は、2022年6月に「【論考】初の電力需給ひっ迫警報 大騒ぎしすぎではないか」という文書を専門誌エネルギーフォーラムのサイトに寄稿した。これはエネルギー関係者の間で批判的に騒ぎになった。
松村氏はこの論考で、政府がこの時点の電力不足への懸念から出した「電力需給ひっ迫警報」への反響を「騒ぎすぎ」という言葉を使って批判。停電のリスクをゼロにする必要はないと指摘し、電力自由化を止めてはならないと主張した。
自由化によって、電力供給に完璧を目指さなくて良いという考えもあろう。松村氏はその立場のようだ。しかし消費者の大半は、自分が認めてもいないのに電力の安定供給が損なわれることは容認できないはずだ。松村氏の割り切った考えには問題がある。そして、その考えを採用して自由化を進めた結果、供給設備が不足する事態になった。
災害で切実な電力確保の要請
今回の能登半島地震では、インフラの復旧、特に停電地域での電気を求める声は、他の災害と同時に切実だった。災害が今後も多発する日本で、電力の安定供給は重要な論点であるのに、それを確保する仕組みがまだ詰めきれていない。対応策の一つとして、電気そのものではなく、供給能力を取引する「容量市場」取引が2020年から行われているが、これが安定供給の維持に役立つかどうかは、まだわからない。災害時の供給責任も曖昧なままだ。
もう電力システム改革の後戻りはできない。かつての既存電力の供給力を評価した上で、災害時の対応策を含めた安定供給の維持の問題を突き詰めて考えてほしい。さもなければ、今回の能登半島地震が、「日本の電力復旧、最後の成功例」になってしまいかねない危険がある。