ハリケーンは気候変動よりもエルニーニョに影響される

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監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子

本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア(2023.7.31)「El Niño and U.S. Hurricane Damage:What to expect as we move into the active part of the Atlantic hurricane season」を許可を得て邦訳したものである。


出典:NOAA NCEI

 昨日のことのように覚えている。ほぼ正確に25年前、私はこの原稿を書いていると同じまさにこの場所で、当時開発したばかりの正規化されたハリケーン被害データを使った分析に取り組んでいた。当時、ウィリアム・グレイ(故人)の先駆的な研究のおかげで、エルニーニョ・南方振動(ENSO)現象が大西洋のハリケーン活動に直接的な影響を与えることはよく知られていた。

 グレイ博士の教え子の一人、クリス・ランドシーとともに、私はこうした影響がアメリカ大陸の正規化されたハリケーン被害記録に見られるのではないかと考えた。調べた結果、非常に強い関係があることがわかった。さらに最近になって、当初の分析を更新してみた。そして、2022年までのデータを用いて、さらなるアップデートを行った。

 この投稿記事の冒頭の図は、米国の気象庁NOAAによる海洋Nino指数(ONI)を示していて、専門的に言うとエルニーニョ監視水域であるNino3.4海域の、ERSST.v5 データベースによる海面水温の平年値に対する差分の3か月平均値だ。30年間の平年値は5年ごとに更新される。より厳密には、ONI は下図の囲み枠内の海面水温を表し、エルニーニョ現象やラニーニャ現象を定義するための重要な指数である。ENSOが重要なのは、それが世界中に影響を及ぼすからである。


ENSO現象の定義に使用されるさまざまな海域。
出典:NOAA NCEI

 NOAAによると、Nino3.4海域では、海面水温の差分値(基準値との差)が0.5℃を超えるとエルニーニョが発生したとされ、-0.5℃を下回るとラニーニャが発生したとされる。この投稿記事の冒頭の図では、この振動の浮き沈みを見ることができる。また同図には、NOAAによるエルニーニョ/ラニーニャの閾値を示してあり、閾値を超えた期間も示してある。エルニーニョでもラニーニャでもない状態をニュートラル(中立)と呼ぶ。現在、世界はENSOのエルニーニョ期に突入しているようだ。

 大西洋のハリケーン活動にとって重要なのは、ハリケーンシーズンのピーク時(8月~9月~10月)のENSOの状態である。この投稿記事の冒頭にある図のX軸にASO(訳注:August, September, Octoberの略)として示されている。NOAA ONI Nino3.4のデータはこちらからご覧いただきたい。ASOの列は、1950年から2022年までの期間について、以下に示す分析において私が使用しているものである。

 私が使っているもう1つのデータは、米国本土の正規化されたハリケーン被害額の更新値(2023年まで)である。以下にその時系列を示す。


出典:Weinkle et al.2018より更新

 下図は、正規化されたハリケーンによる被害の95%以上が8-9-10月に発生していることを示している。米国のハリケーン被害は、一般的に言って、世界の大規模災害による損害金額の大半を占めるため、世界的に重要である。

 下図は、1950年から2022年にかけてのONIと米国の年間正規化したハリケーン被害額の散布図である。被害額の中央値はENSOのフェーズによって大きく異なっている。

 データに多くのばらつきがある一方で、いくつかの強い兆候も見られる。例えば、21回のエルニーニョ現象が起きた年のうち、6回(~29%)は被害なし、13回(~62%)は10億ドル未満の被害であった。一方、ラニーニャ現象が発生した21回のうち、被害がなかったのは3回(~14%)で、10億ドル未満だったのはわずか6回(~29%)であった。

 被害額が100億ドル以上の年は、エルニーニョの年が5回(~24%)、ラニーニャの年が11回(~52%)と、同様の差が見られた。そして350億ドル以上の被害額のケースはエルニーニョ年はわずか1回、ラニーニャ年は4回もあった。

 もちろん、大きな災害はいつ起こるかわからない。2004年はエルニーニョの年であったが、フロリダを襲った暴風雨により約1000億ドルの損害が発生した。

 以下が私の得た結論である:

  • エルニーニョの年に大きな被害が出るリスクは、ラニーニャの年のおよそ半分(またはそれ以下)である。
  • ただし大きな災害はいつ何時でも起こりうる。
  • 資金力のある洗練された意思決定者であれば、これらの情報を活用できる。
  • 沿岸部の住民や行政にとっては興味深い情報かもしれないが、毎年備えるべきであることの重要性に変わりはない。

 重要なことは、エルニーニョの年とラニーニャの年の被害の差は、今世紀末時点における、気候変動によるハリケーン被害の増大についての最も極端な予測が示すものよりも、桁一つ大きいということである。ハリケーン現象とそれに伴う被害額の自然変動は、気候変動のシグナルとして予測されるものよりもはるかに大きいのである。私たちはこの問題を定量的に検討し、ハリケーンの将来変化に関するモデル予測の精度が高いと仮定すると、ハリケーン被害における気候変動のシグナルを検出するには、「大きな不確実性を反映して、120年から550年かかることを発見した。18のモデルのアンサンブルに基づく予測であっても、それがシグナルとして現れるには260年かかる」。気候シグナルの出現にかかる時間についての驚くべき長さについては、こちらで読むことができる。

 ENSOは地球上で最も重要な気候の運動のひとつである。世界中に影響を及ぼすだけでなく、その影響が発生する前に、経験に基づいてある程度予測し、備えることができるからである。

 このテーマについてさらに研究を進める方向としては、様々なENSO指標を調べる、被害の地域性を調べる、ENSO以外の気候の振動との関係などを調べる、といったことがある。数十年前、気候の振動と変動が社会に与える影響を理解するために、多くの努力が払われた。しかしその後、長期的な気候変動予測に押され、それらの研究は脇に追いやられてしまったようだ。気候の振動に関する研究は、気候や、それが社会に与える影響を、よりよく理解するための絶好の機会を提供し続けている。