再びフランスに敗れたドイツ


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「エネルギーレビュー」より転載:2023年9月号)

 企業で温暖化防止ビジネスに従事していた時に、多くの国で温室効果ガス排出削減事業を実施した。京都議定書で認められていたCDM(クリーン・デベロップメント・メカニズム)だ。その中に、ドイツ企業やフランス企業との案件があったが、どちらも苦い思いをすることになった。

 何度もの交渉の結果、独企業と12月23日に合意に達した。お互い良いクリスマス、新年を迎えることができると喜んだ。年が明けてから連絡が途絶えた。どうしたのだろうかと思っていた矢先に、日本のライバル企業が交渉相手だった独企業との連携を発表した。見事に二股をかけられていたのだ。

 仏企業とも、ほぼ同じ経験をすることになった。合意に達した後音沙汰がなくなり、ひと月後に他国企業との事業が発表された。

 独と仏企業の双方に煮え湯を飲まされた思いをしたので、少ない経験からドイツ人とフランス人の気質は似ているのではないかと疑っている。実際に、両国の考えは温暖化問題、エネルギー効率向上、脱ロシアなどについては一致している。ただ、エネルギーと電力供給に関しては両国の考え方は全く異なる。

 独の国内総生産(GDP)の今年の予想額は、4.3兆ドル。仏は2.9兆ドル。人口は独8300万人、仏6600万人。2021年のエネルギー消費量は石油換算で独2億6700万トン、仏2億2400万トンだが、総発電量はほぼ同じで、独5962億キロワット時、仏5548億キロワット時。約7割を原子力に依存する仏の発電に対し、独は、石炭30%、風力19%、天然ガス16%と多様だ。エネルギー源の違いは温室効果ガス排出量に現れ、独6億6600万トンに対し仏3億200万トンだ。

 この電源構成の違いは、73年の第一次石油危機後の脱石油戦略の違いにより生じたものだ。両国共に石油危機後原子力の活用に乗り出すが、80年代になるころから、両国の世論に違いがみられるようになる。独では反原発を掲げた緑の党が80年に設立され、反原発を支持する国民が半数を超える。独政府の原発についての決定は揺れ動くが、福島第一事故後に22年の脱原発を決定した。

 原発依存度の軽減を進めた独が依存したのが、国内で産出される褐炭とロシア産天然ガスだった。周辺国からはロシアへの依存度が高まることへの懸念が表明されていたが、安全保障上懸念はないとしてきたドイツにとって、脆い安全保障であったことをプーチン大統領から学んだ。

 エネルギー危機により予定より遅れたが、独は今年4月に脱原発を実行した。途端にフランスからの電力輸入量が増加し、仏エネルギー大臣は、「独は低炭素電源としての原子力の価値を認めないにもかかわらず、仏の原発の電力に依存している。ダブルスタンダードだ」と独を非難した。

 独経済・気候保護省の広報官は「昨冬仏は原発の点検と渇水により電力不足になり、独が助けた。独には電力輸入の必要はないが、安い電気があれば当然輸入する」と反論した。

 しかし、独仏間の電力輸出入実績をみると、独の主張は分が悪い。独の対仏電力輸出量/輸入量(単位:キロワット時)は今年に入り、次のように推移している。原発の閉鎖により独の仏への輸出が減る一方、電力輸入量が増加しているのは明らかだ。

 1月: 27億/ 8億、2月:24億/ 3億、3月: 18億/8億、4月:12億/8億、5月:4億/14億、6月:5億/13億。独仏の異なるエネルギー政策の結果、独は再度仏に敗れたとの報道も欧州ではあった。独経済・気候保護省の報道官も仏原発の電気が安いから輸入していると理解される発言をしているので、50年間の異なる戦略の勝者は、少なくともコスト面では仏と認めているようだ。

CDM:先進国が途上国の温室効果ガス削減事業に投資し排出削減が確認された場合に、達成した排出量削減分を先進国が利用することができる制度