巨大揚水発電所を探訪する

揚水発電は人類が発明した大規模蓄電施設である


東京都市大学名誉教授

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水の位置エネルギーを利用した大規模蓄電施設

 揚水式発電(pumping-up hydraulic power generation)の原理はシンプルで、水の位置エネルギーを利用した蓄電施設だ。高低差をもつ上部と下部の2つの調整池を建設し、これらを水路で連結し、中間部の発電所で発電する。これにより、夜間電力の余裕分によって下部調整池より上部調整池に水を汲み上げ貯蔵、昼間の電力ピーク時に上部調整池から下部調整池に水を流下させて発電することで、日変動の調整と安定供給に役立っている。一体誰が最初に考えたか定かではないが、大電力消費地を賄う救世主となっていることは間違いない。
 ただ、揚水発電の発電効率についても留意する必要がある。

 揚水発電は、揚水時、発電時の両損失が加算されて、総合効率は65~75%程度となり、揚水することによってエネルギーは減少するが、火力・原子力発電の深夜余力などを利用して、このエネルギーをピーク時の電力に転換することにより、調整式と同様の優れた調整能力を有し、価値の高いエネルギーが得られる(後略)。

(出典:電力広域的運営推進機関OCCTO資料)

 摩擦や空気抵抗のないジェットコースターは、ひとたび位置エネルギーが与えられれば永遠にアップダウンを繰り返すが、走行時のエネルギー損失により元の高さには戻らない、それと同様の仕組みである。
 昭和期、平成期に我が国全土に多くの揚水式発電所が建設・運用されたが、ここでは横綱級の2施設について、貴重な提供画像をまじえて、揚水式発電所の仕組みを紹介したい。

北海道の大規模揚水発電所:「京極発電所」

 最初に紹介する京極発電所は、北海道電力が満を持して建設した最新の純揚水式発電所(平成26年度土木学会賞技術賞、平成29年度土木学会賞環境賞)。京極町北部の台地に設置したプール形式の上部調整池、京極町を流れる尻別川水系ペーペナイ川上流部に設置した京極ダム(下部調整池)間の総落差約400mを利用して、最大出力60万kW(20万kW×3台)を発電する(20万kWで一般家庭の電力使用量に換算すると約7万世帯分をカバーできる)。 
 揚水式発電所の3つの写真(上部調整池[1]、地下発電所[2]、下部調整池[3])を見ていただきたい。この3施設は巨大な導水トンネルにて連結され、3つの画像がちょうど発電の順序にもなっている[4]。近年の大規模揚水発電は、地形上の制約から、上部調整池を人工の溜池(プール形式)とする場合があり、中核となる発電施設を地下式とすることが多い。一方、余剰電力による揚水時はこの逆となる(下部調整池から上部調整池に汲み上げ、位置エネルギーを蓄える)[5]

[1] 京極発電所の上部調整池(プール形式の上池)注1)
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[2] 京極発電所地下発電所の断面図 注1)
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[3] 京極発電所の下部調整池である京極ダム(ロックフィルダム)注1)
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[4] 京極発電所の全体システム 注1)
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[5] 揚水発電所の仕組み:汲上時と発電時(北海道電力HPの図をもとに作図)(作図=尾黒ケンジ)
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世界最大級の揚水発電所:「神流川発電所」

 神流川発電所は、長野県の信濃川水系南相木川の最上流部に上部ダムを、群馬県の上野村を流れる利根川水系神流川の最上流部に下部ダムを設置し、この間の有効落差653mを利用して、単機出力(47万kW)の発電電動機2台により、最大出力を94万kWとする純揚水式発電所だ(計画中の3~6号機を加えれば世界最大級となる)。 
 この群馬県と長野県にまたがる神流川発電所の主要施設(2県2水系)は、建設中の写真を見ると臨場感が増す。最も高地に位置する南相木ダム(上部調整池 ロックフィルダム)、中間地点の地下発電所 [6]、そして最下部の上野ダム(下部調整池 重力式ダム)[7]にて構成される。
 このうち、深度約500mに構築された地下発電所は、発電・変電施設を収めるため、高さ52m×幅33m×長さ216mの大規模空洞となっている。建設に際しては、最先端の岩盤力学(rock mechanics)が応用され、それまでの経験知とも併せた計画・設計がなされた。とくに、空洞の断面形状が重要であるが、非常に高い地圧下において力学的な安定を図るために、従来の“きのこ形”に代わり“卵形” が採用された[8]

[6] 神流川発電所:稼働間近の地下発電所。発電機が設置されている 注2)
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[7] 神流川発電所:下部調整池/上野ダム(重力式ダム)注2)
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[8] 神流川発電所:掘削中の地下発電所 注2)
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一体どうやって、計画・設計したのか?

 さて、揚水発電は大容量の水を主役とする発電蓄電システムを山地に構築するのだが、一体どうやって立地調査し、設計・施工したのか。例えば、運用開始後に編纂される工事誌を閲覧すると、以下の4項目が記載されている。

1.
発電計画
2.
地形・地質調査
3.
気象・水文調査
4.
環境影響評価

 特に、1の発電計画がスタートになるが、ここでは開発規模が重要で、単機出力、発電機台数、池容量、経済性比較などのシミュレーションが繰り返される。プロジェクトの実行可能性、採算性などを調査するフィージビリティスタディ(企業化調査-feasibility study)が欠かせない。“土木工学は総合技術” とも評されるが、揚水発電の計画・建設は、まさにその最たる事例であろう。国内外での豊富な実績と卓越したエンジニアリングが後押ししている。

令和に入り、揚水発電は存在感を増している

 猛暑に見舞われる夏季、寒さの厳しい冬季、私たち市民は電力逼迫に対処するため節電に励むが、一方では、揚水発電所の出番でもある。頼もしいかな、揚水式水力発電所の各施設が一味同心One Teamとなって稼働し、電力の安定供給に貢献する。
 揚水発電は長い歴史を刻むが、その重要性は令和期に入り、様相が変わる。いわゆる太陽光や風力など再生可能エネルギー発電(renewable energy power generation)の“新顔” が送配電網に多数接続されるようになり、揚水発電の必要性が増している。再エネの新顔たちは自然条件に左右されるため、蓄電システムの重要性が増しているというのだ。
 揚水発電所は、再生可能エネルギーの利用に寄与するため、電力平準化を遂行するため、与えられたミッションを果たしている。電力の安定供給とCO2削減の両立を実現する揚水発電が欠かせない存在となっている。改めて、往時の電力事業者と設計・建設エンジニアの見識と情熱に感謝し、粛々と進む有効活用にエールを送りたい。

注1)
画像提供:北海道電力京極発電所
所在地:北海道虻田郡京極町
発電方式:水力(ダム水路式、純揚水)
最大出力:60万kW(20万kW×3 台)
使用水量:190.5m3/ 秒
有効落差:369m
運転開始:1号機/2014年、2号機/2015年、3号機/2032年度以降
注2)
画像提供:東京電力リニューアブルパワー 神流川発電所
所在地:長野県上池南相木ダムと群馬県側の下池上野ダム
発電方式:水力(ダム水路式、純揚水)
最大出力:282万kW(47万kW×6台)
最大使用水量:510m3/ 秒
有効落差:653m
運転開始:1号機/2005年、2号機/2012年、3〜6号機/未定

<参考文献>

電力広域的運営推進機関(pdf資料)
https://www.occto.or.jp/kyoukei/teishutsu/files/kaisetu.pdf
JST低炭素社会戦略センターによる提案書(2019年 1月)
https://www.jst.go.jp/lcs/proposals/fy2021-pp-04.html
エネルギー・発電設備/京極発電所:北海道電力HP
https://www.hepco.co.jp/energy/water_power/kyogoku_ps.html
世界最大級の揚水式水力発電所「神流川発電所」:東京電力リニューアブルパワーHP
https://www.tepco.co.jp/rp/business/hydroelectric_power/domestic/main.html
多様化するNATM:鹿島HP
https://www.kajima.co.jp/news/digest/aug_2000/tokushu/toku03.htm
吉川弘道「プロジェクトレポート世界最大級の純揚水式葛野川発電所―有効落差714mに挑む」(土木学会誌、1996年1月号)
https://researchmap.jp/multidatabases/multidatabase_contents/detail/268094/59a3a9ada4ad276edec70cf8413740f1?frame_id=755204

追記:
 本文「巨大揚水発電所を探訪する」は、著者の新書『DISCOVER DOBOKU 土木が好きになる22の物語』(平凡社)より引用している。
 新書では、京極発電所と神流川発電所に加えて、葛野川発電(東京電力リニューアブルパワー)についても詳述している。著者は、平成7年に葛野川発電所の工事最盛期に現地を訪問し、プロジェクトレポートとして、土木学会誌に投稿している(当時の貴重な工事写真6枚を掲載している)。