IPCCは異常気象について本当は何を言っているかーー知って仰天
印刷用ページ監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子
本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア 「What the IPCC Actually Says About Extreme Weather」を許可を得て邦訳したものである。
最近、人々は極端気象(訳注:原語はextreme weatherなので学術的には極端気象と訳すのが正確なので本稿ではそうするが、普通の日本語で異常気象と呼んでいるものだと思ってよい)にすっかり取りつかれている。どんな出来事が、どんな場所で起こっても、気候変動と容易に結びつけられ、それは気候が制御不能になる前兆であり、終末的でさえある、とさえ言われてしまう。気候や極端気象に関する実際の科学が、公平に報道されたり、政策として議論されたりするのは無理なのかと私は長い間あきらめていた。今となっては、気候変動はあまりにも魅惑的で政治的に都合がいい存在なのだ。
しかし、極端気象と気候変動の関係について、実際にどのような研究結果があるのかを知りたい人のために言えば、その情報は実は簡単に手に入る。今日は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の評価報告において、さまざまな種類の極端気象と気候変動について何が述べられているか、優れた要約があるので紹介しよう。
以下の文章を読めば、あなたがニュースで目にすること(一流の科学者の発言を含む)とIPCCが結論づけたことの違いが、これ以上無いほど異なることに気づくだろう。いつの日か、現在起きている終末論的パニックについてまとめた学位論文が書かれることだろう。
IPCCによれば、人為的な気候変動のシグナルを特定することとは、特定の気候または気象の観測値における変化を検出(detect)し、帰属(attribute)することである。
IPCCはさらに、気候変動の兆候が現われることを次のように定義している:
本稿では、気候変動のシグナルや傾向の出現とは、気候の変化(「シグナル」) が、自然変動や内部変動の振幅(「ノイズ」 の定義)よりも大きくなることを指す。
IPCCはさらに、発現時期(time of emergence)という概念を次のように定義している:
ある特定の地域について、基準期間における自然気候変動のバックグラウンドノイズから、気候変動に関連する特定の人為的シグナルが統計的に検出される時期。
「発現時期」はAR6報告書の重要な概念であり、第12章の焦点である。シグナルが検出されなかったからといって、変化が起きていないわけではないことに注意することが重要である。しかし、私がしばしば述べているように、検出できないような小さいシグナルは実用上大きな意味を持ち得ない。
話を進める前に、 余談ではあるが、おそらく以下の話は気候研究の現状を物語っていると思われる:
私たち(ライアン・クロンプトン、ジョン・マキナニー、そして私)は、2011年に学術文献に発現時期の概念を初めて導入した。 IPCCはこの概念を参照したが、同じ概念と方法を適用した翌2012年の別の論文を引用し、私たちの研究は引用しなかった。このようなことには慣れっこだ!しかし、IPCCのAR6がこのトピックに1章を割き、その主要な部分をスタートさせるのに私たちの研究が役立ったことを知れば、それで満足である。これであなたもお分かりだろう(訳注:IPCCはピールキーを引用したがらずその論文を無かったことにすることがある、との意味)。
極端気象の話に戻ろう。IPCC AR6が様々な極端現象(extreme events)の発現時期について述べている部分について見てみよう。以下は、特定の現象に関連する直接的な引用である:
- ほとんどの陸地地域で、「極端な暑さの増加」がすでに発現しているか、または今後30年間に発現が増加する(高い信頼度 high confidence)。
- 「大雨、内水氾濫、河川洪水の頻度の増加」が観測において発現しているかについては、いくつかの地域では増加傾向が見られるものの、信頼度は低い(low confidence)。
- どのようなタイプの干ばつであれ、すべての地域において、「干ばつ頻度の(訳注:増加の)観測における発現」については、信頼度が低い(low confidence)。
- 地表での平均風速のトレンドは多くの地域で観測されているが、記録計の種類や設置環境の変化などの様々な要因のために、これらのトレンドが年々の自然変動とは異なって「発現」したものであること、および、人為的な気候変動に起因するものであると「帰属」することについては、何れも、信頼度が低い(low confidence)。このため平均風速のトレンドと気候変動との関連性は確立されていない。極端な風(激しい嵐、熱帯低気圧、砂嵐、砂塵嵐)についても、同様に、確立されていない。
IPCCは、様々な極端現象について、3つの時点において、その発現が中程度の信頼性で起きるか、あるいは高い信頼性で起きるかを示す要約表を提供している:
- 今日まで、すなわちIPCC AR6が2021年に報告された時点まで、
- 2050年まで(RCP8.5/SSP5-8. 5シナリオに基づく)
- 2100年まで(RCP8.5/SSP5-8. 5シナリオに基づく)
この3つの時点は、下の表の右側の3列に表示されている。
表における白い項目は、発現がまだであるか、または将来発現する見込みがないことを意味する。青とオレンジの項目は、さまざまな信頼性のレベルで、それぞれ増加シグナルと減少シグナルの発現を表している(訳注:色が濃いセルは高い信頼度high confidence、薄いセルは中程度の信頼度medium confidenceを指す。白いセルは低い信頼度low confidenceである)。
しばらく時間をとって、表を注意深く見てほしい。特に数多い白いセルを注意して見てみよう。
表から、IPCCは、以下の現象について、自然変動を超えるような気候変動のシグナルはまだ現れていないと結論づけたことが分かる:
- 河川の洪水
- 大雨と内水氾濫
- 地すべり
- 干ばつ(すべてのタイプ)
- 激しい暴風
- 熱帯低気圧
- 砂嵐と砂塵嵐
- 大雪と氷嵐
- 雹(ひょう)
- 雪
- 海岸の洪水
- 海洋熱波
さらに、上記の項目については、2100年までのRCP8.5のシナリオにおいてすら、「大雨と内水氾濫(heavy precipitation and pluvial flood)」を例外として、気候変動のシグナルは発現しないと予想されている。「大雨と内水氾濫」についても、その発現の信頼度は中程度である。しかもRCP8. 5は極端に排出量が多いシナリオであり、現実的でないことが分かっているので、RCP4.5のような、より現実的な範囲での上限の排出量のシナリオでは、気候変動のシグナルが発現する可能性はさらに低くなる。
IPCCの結論によれば、現在までのところ、気候変動のシグナルは、極端な熱波と寒波について発現している。IPCCは次のように述べている:
ほとんどの陸域において、産業革命前と比べて、極端な暑さの増加が発現したか、あるいは、今後30年間に発生する(信頼度が高い)(第11章; King et al. 2015; Seneviratne and Hauser, 2020)。これは、20年の期間にわたるシミュレーションで、年最高気温の分布の違いの有意性を検定した結果である。熱帯の地域では、観測された変化が統計的有意性を持って検定できるところならどこでも、また、ほとんどの中緯度地域においても、高温と低温の極端な現象がこれまでの間に発現してきたという信頼性は高い。しかしそれ以外の地域では中程度の信頼性しかない。
おそらく極端な暑さだけを例外として、明らかに、IPCCが本当に言っていることは今日広まっている終末論的な時代精神から大きく外れている。そのためか、IPCCが異常気象について実際に何を述べているのか、ほとんど誰も触れていない。このことはIPCCと完全に一致する結論に達した最近の論文が、誤りも不正行為も無いのに撤回されてしまった理由の説明にもなるかもしれない。
私は30年近く気候変動と異常気象の研究をしてきた(なんとすごいことか!)。そして、これまで数多くの文献を読み、それらに対して多く寄稿してきた。私の見解では、IPCCはそれらの文献を(いくつかの重要な研究を見落としているかもしれないが)忠実に要約してきたと思っている。
IPCCは、終末論的な時代精神の支持者たちから攻撃されることになるのだろうか。結局のところ、このような科学と、終末論パニックの共存など、可能なのだろうか? 何かはあきらめなければならないのではないか?