企業担当者から見た改正省エネ法の疑問点
藤枝 一也
素材メーカー(環境・CSR担当)
省エネ法は多くの日本企業に関連する法律です。資源エネルギー庁によれば、令和4年度の特定事業者等は12,009者となっています。省エネ法は定期的に改正されますが、今年の改正が事業者にとって非常に分かりづらくなりました。作業が煩雑になっても自社の環境負荷低減や地球環境の保全に資するのであれば企業の環境担当者としてやり甲斐もあるのですが、どうもそのような効果はなさそうです。本稿では、前半で改正内容を概観し、後半では実務家として筆者が感じる疑問点について論じます。
まず、法律名が変わりました。以前は「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」でしたが、これが「エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律」(太字は筆者)へと変わりました。石油ショックを機に制定された省エネ法の当初の目的は石油使用の合理化でしたが、エネルギーがほぼ石油の時代から石炭や天然ガス、原子力、再エネと多様化する中で、様々な化石エネルギー使用の合理化を促すよう変わってきました。そして今回は非化石エネルギーも含めすべてのエネルギーの使用を合理化するということになり、歴史的には二度目の大転換と言えます。
主な改正は3点
今回の改正は、①すべてのエネルギーの使用の合理化、②非化石エネルギーへの転換、③電気の需要の最適化、の3つとなっています(図1)。
すべてのエネルギーの使用の合理化
いわゆる脱炭素、カーボンニュートラルはCO2排出量を削減するものですが、従来から省エネ法では「エネルギー消費原単位の改善」が求められてきました。エネルギー消費原単位はエネルギー使用量を売上高や生産数量などの活動量で割ったものであり、活動量単位あたりのエネルギー効率と言えます(図2)。
改正前の省エネ法では、割り算の分子として電気、ガス、燃料などを原油換算し、エネルギー使用と密接な関係を持つ値を分母としてエネルギー消費原単位を算出してきました。その際に、たとえば自家発太陽光発電による電気は発電時のCO2排出量がゼロということで原単位算出の分子には含めないことになっていましたが、今回の改正では0.8倍して原単位の分子へ加えることになりました(図3)。これが大きな変更点です。
非化石エネルギーへの転換
2つめは、新たに導入された非化石エネルギーへの転換です。事業者は、全エネルギー使用量に占める非化石エネルギーの比率について、目標の設定、それに向けた計画の策定、実績値の報告が求められます。非化石エネルギー比率の算出方法は図4の通りです。
燃料やガスなどを含むと複雑になるため分かりやすいよう電気に絞ると、自家発太陽光等を1.2倍、証書等の非化石エネルギー量はそのままとして、全エネルギー使用量に占める非化石割合を算出することになりました。
電気の需要の最適化
3つめは、電気の需要の最適化(ディマンドリスポンス、DR)です。DRとは電気の需要側が供給に合わせて使用量を制御することを言います。太陽光や風力などの再エネ余剰時に需要側が使用量を増やす「上げDR」と、真夏や真冬など電力需給のひっ迫時に需要側が使用量を抑制する「下げDR」があります(図5)。今回の改正では、事業者が実施したDRの日数を報告することが義務付けられました。
以上が主な改正内容となります。
改正内容に対する疑問点
非化石エネルギーの係数
では、改正内容に対する筆者の疑問点を述べます。まず、エネルギー消費原単位と非化石エネルギー比率の算出において非化石エネルギーの扱いが異なります。自家発太陽光の場合、同じ発電量であっても原単位では0.8倍、非化石比率では1.2倍という異なる係数を使うのです。非化石エネルギーを増やすためのインセンティブという意図なのでしょうが、これではただの数字遊びです。今回の省エネ法改正によって非化石エネルギーを含むすべてのエネルギー使用を合理化するという目的が加わったことでこのような歪な運用になってしまいました。
また、改正前であればエネルギー消費原単位の分子にCO2排出係数をかけてCO2排出量を算出することができましたが、改正後はそのまま使うことができなくなり、事業者側では二重帳簿となってしまいます。1万を超える事業者に課すことでどれだけの手間と時間が浪費されるのでしょうか。
非化石エネルギー比率
次に非化石エネルギー比率の問題点です。図4の通り証書由来のエネルギーが増えれば非化石エネルギー比率も増えるため、法律が事業者に対して証書の利用を推奨していることになります。代表的なものは非化石証書やJ-クレジット等ですが、いかなる証書も過去のCO2削減実績や過去に発電された非化石燃料由来の電気が持っている環境価値を売買するものであって、追加的なCO2削減効果は1グラムもありません。
筆者は2023年1月付IEEI記事において、国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)で出された報告書を紹介し、炭素クレジットの問題点について指摘しました。以下は国連専門家グループによる報告書の抜粋です。
カーボンクレジットの基準や定義が未整備。現在多くの企業が低価格の任意市場に参加している
信頼性の高い基準設定団体に関連するクレジットを使用しなければならない
そして、以下の通り筆者の見解を述べました。
さて、昨今多くの企業が安価な非化石証書に殺到していますが、非化石証書は再エネを増やす効果(追加性)がなく、また国民が再エネ賦課金で負担した「環境価値」を企業側がタダ同然の費用で取得するというきわめて非倫理的な制度です。森林クレジットに関しても、将来の乱開発予定を過大に評価するなど算出根拠が不明瞭だったり、CO2削減効果を超えて大量のクレジットが発行される事例も存在するなど詐欺まがいの行為が横行しています。本レポートの指摘は、特に後者の森林クレジットのような怪しいものを利用するのではなく、非化石証書や排出量取引など国が認める制度を利用するように、ということなのだと思われます。
しかしながら、国際的に信頼性が高いとされ日本政府も二国間クレジットで進めてきたREDD+(レッドプラス)でも過大なクレジット発行の疑いが指摘されています。
アムステルダム大学のタレス・ウェストと彼のグループは、世界中の26のプロジェクトを調査した。その結果、ほとんどのプロジェクトが森林破壊を有意には削減していないことがわかった。残りのプロジェクトについても、削減量は報告されているよりもはるかに少なかった。興味深いことに、十分なデータがあった18のプロジェクトのうち、多くは2020年に約8900万トンのCO2を削減したと主張していた。しかし、そのうちの6000万トン以上は、森林破壊の実質的な削減が見られなかったプロジェクトによるものだ。研究者たちは、報告された削減量のうち、実際に削減できたのはわずか6%だと考えている。
さらに、国連自身のカーボンニュートラルについてもクレジット購入による欺瞞が指摘されています。
国連が実際に行っているのは、その実質的な排出量を「相殺」するために数百万ドル相当の「炭素クレジット」を購入することである。国連の排出量を “相殺 “しているとされるプロジェクトの中には、実際に環境を破壊し、あるいは人間の健康を害しているものもある。
国連は、2018年以来、ほぼカーボンニュートラルであると主張するために、炭素クレジットを巧みに利用している。国連が実際に排出している二酸化炭素は、「150万台のガソリン車の年間排出量にほぼ等しい」にもかかわらず。
非営利の通信社『Mongabay』と『New Humanitarian』は、過去10年間に国連が購入した炭素クレジットのうち35万件以上が、有害な大気汚染を排出したインドの廃棄物発電所など、「環境破壊や強制移住、あるいはプロジェクト周辺のコミュニティにおける健康問題の報告」に関連するプロジェクトから得られたものであることを突き止めた。国連世界食糧計画(WFP)は、森林を破壊し生物多様性を損なうと非難されたブラジルの水力発電所から数千の炭素クレジットを購入した。実際、ある調査によると、この水力発電所による森林破壊は、炭素クレジットの販売を可能にするとされていた環境上の利益を帳消しにしてしまうほどであった。
REDD+やJ-クレジットを含めあらゆるクレジットはみかけ上のCO2排出量が相殺されるだけで、実際にはCO2を排出しています。国連は企業に対して信頼性の高いクレジットを使うよう求めていますが、本質的にはすべて同じものです。そしてクレジットが安価になって利用者が増えるほど実際のCO2排出量は増え、手間もお金も時間もかかる再エネへの投資や需要が減ることになります。当然ながら事業者がクレジットを購入する際にはコストアップを伴いますが、最終的には製品・サービスに転嫁され顧客や消費者が負担することになるのです。証書由来のエネルギーを非化石エネルギー比率の分子に入れて法律で推奨するのは大いに疑問です。
上げDR
3点目はDRについてです。下げDRはともかく、上げDRはとても省エネ、環境活動とは言えません。国全体で再エネを入れ過ぎたことによる弊害であり、需要側にツケが回っているようなものです。
上げDRは再エネ出力制御が起こりそうな日から2日前の17時頃に公表されますが、交替勤務や24時間営業でシフトを組んでいる事業者が17時以降にその2日後の生産計画やシフトを調整して日中に回すといったことは極めて困難です。現実には蓄電池に充電する程度のわずかな効果しか期待できないでしょう。
国の政策は事業者が必要とするエネルギーを安価で安定的に提供することであって、お日様や天候に合わせて事業活動を調整するよう強いることではないはずです。
非化石エネルギー比率+下げDR
非化石エネルギー比率の分子で自家発太陽光発電は1.2倍の係数が使われていることから、法律で導入を増やすよう推奨されています。そこで、北海道や東北地方などの事業者が自家発太陽光発電の比率を50%や60%に拡大したと仮定します。真冬に電力需給がひっ迫した場合は大規模停電を避けるために下げDR要請が出ます。ところが、大雪で太陽光の発電量がゼロになっているためこの事業者は下げDRに協力するどころか購入電力を増やすことになりかねません。非化石比率分の電力を自家発電機で賄う場合は化石燃料を使用するためCO2排出量が増加します。細かい例かもしれませんが、同じ法律の目的で二律背反が起こる可能性があるのは制度設計の不備と言えます。
施行前に同様の指摘があった
なぜこんなことになってしまったのか。今回の改正に至る経緯に関して、経産省の工場等判断基準ワーキンググループの資料に目を通したところ、なんとWG委員ならびにオブザーバーの方々から事務局に対して同様の意見や指摘がたびたび出ていました。以下、第1回WG議事録(2022年6月8日)より抜粋します。
スライド20で非化石エネルギーの補正係数 0.8 というのがあって、それからスライド 39 では原単位計算時に非化石燃料を 1.2 や 1.5 の補正をするとか、あとスライド 54 でDRの最適化係数を月別で2倍から5倍にする、そういう話があったんですけれども。これでエネルギー消費実態とかエネルギー原単位がゆがんでしまうというのは、私はすごく問題ありだと思っていて、そこは工学的にエネルギー使用実態やエネルギー原単位というのは計算するものだと思います。
補正ですとか係数といったものがあちこちに入ることで分かりにくくしている面があるような気がいたします。
実際の消費量を把握して分析するということは、のちのち振り返ってどういう動きをしたかということを検証するためには重要なデータとなりますので、報告者の便宜を考えて、自動的にある数字を入れれば補正されるといったことをするのは結構ではありますけれども、現データについても検証ができるように保持するということは重要かと思います。
補正係数の話ですが、多くの委員の方々が言われているように、私も補正はあまり掛けるべきではないと思いますし、生のエネルギーの使用量を把握したいと思います。その使用量に炭素排出係数を掛けるとCO2が出てくるんで、絶対的な物理量であるエネルギー使用量をしっかり把握すると、他のところでもきちっと使われますし、またこの省エネの定期報告書は温室効果ガスの算定・報告・公表制度にも使われておりますので、絶対的な物理量に対しては生のデータを大事にしていただきたいという視点をお願いしたいと思います。
非化石転換につきましては、従来の省エネのように、エネルギー効率の改善、あるいは生産効率の改善といった、シナジーとして確実にメリットが出てくるという、必ずしもそれが保証されていなくて、場合によってはデメリットが伴うような、相反する対策もあろうかと思います。ましてやその中で非化石証書とかJ-クレジットのように、単なるオフセットの活用を評価の対象に加えるということになってしまいますと、この省エネ法の中でそういう証書の購入を推奨するというような、法律の立て付けとは異なる趣旨の動きになってしまうリスクもあろうかと思います。
同WGは2022年度に4回開催されましたが、6月の第1回から出ていたこれらの指摘は改善されず今回の施行に至ったようです。他にも、事業者が分かりやすいように説明すること、といった委員のコメントもありましたが、少なくとも筆者は改正の趣旨や現実のCO2削減効果が理解できませんでした。数名の企業担当者にも聞いてみましたが同様の認識でした。
改正省エネ法の疑問点について縷々述べてきましたが、こうした奇怪な運用になってしまったのは2050年カーボンニュートラルという国の方針が大前提となっているためです。この数年、性急な脱炭素政策によって社会全体で様々な弊害が起こっており、一刻も早く見直すべきです。過ちて改めざることが過ちなのです。
最後に、省エネ法は大変に複雑な法律であり筆者の誤解や理解不足があるかもしれないので、誤りがあればぜひご指摘ください。