熱需要の脱炭素化・エネルギー自給率向上は、ヒートポンプで解決


電気事業連合会 理事・事務局長代理

印刷用ページ

1.あらためて、ヒートポンプとは?

「脱炭素のセオリーは、電化」
 カーボンニュートラル実現に向けた世界的な潮流として、供給される電力の脱炭素化と需要側のエネルギー転換の掛け算、すなわち“電化”に焦点が当たってから久しい。特に欧州においては、ウクライナショックに伴う脱ロシア化石燃料依存脱却から、電化に対する期待と加速が、急速に高まってきている。

 統計上、日本国内の最終エネルギー消費の約7割は、熱・燃料によるものである(残る3割が電力)。この熱・燃料使用を電気利用に置き換える事を“電化”というが、単に燃焼器具を電気機器に置き換え、電気エネルギーをジュール熱として使う事は得策とは言えない(発電機に供給した燃料を、需要側で直接使用したほうが効率は良い)。
 そこで、活躍するのが“ヒートポンプ技術”である(図1)。ヒートポンプは、大気、河川水、地中等の熱を冷媒に取り込み、少しの電気エネルギーで冷媒を圧縮する事で高温にし、その熱を暖房・給湯・産業用加熱に利用するものである(加えて、冷媒を逆に回す事によって、冷熱を生み出す)。
 大気熱等の熱は太陽由来のエネルギーであり、これをヒートポンプにより使用している事から、正に“再生可能エネルギー熱”利用技術と言える。


図1 ヒートポンプの仕組み(大気熱など再エネ熱の利用)

 国内における身近なヒートポンプ技術としては、エアコン・冷蔵庫・洗濯乾燥機・給湯機・自動販売機等多々あり、既に十分普及しているのでは?と思われる方も多いが、その多くは冷熱利用においてである。温熱利用においては、例えば家庭ではエアコン暖房を使わず燃焼式を使う習慣や、給湯は燃焼式が市場を占有している等、技術としては身近だが、特に温熱利用の活用は、まだまだこれから、というところである。
 また、産業用加熱では、最高約200℃が現状の技術上限であり、更なる技術革新が必要という状況にある。とはいえ、産業用熱需要のうち、200℃以下の比較的低温領域が約1/4を占める、とされており、ヒートポンプでカバー可能な域は相当な大きさである。

2.欧州におけるヒートポンプの普及状況

 あらためて、欧州の現状を以下に述べる。
 ウクライナショックよりも10年以上前の2009年に、EUでは「再生可能エネルギー指令」において、2020年再エネ導入目標20%を掲げた。その際、大気熱・地中熱・河川水等の環境熱(ambient heat)を再エネのひとつとして定義し、使用した環境熱量の算定方法を規定し統計として扱う事となった。
 こういった背景からも、ヒートポンプに対する期待が高まってきていた中、ウクライナショック以降は、欧州委員会の脱ロシア産化石燃料を図るREPowerEUプランが後押しとなり各国にて大規模な助成制度が実施された事もあり、特にAir to Water(ATW)すなわち空気を熱源とした給湯暖房機を中心にヒートポンプ需要が急速に伸び、2022年は前年比約4割増となった(図2左)。なお、ヒートポンプは寒冷地に適さない、という論調があるが、必ずしもそうではなく、北欧のノルウェーでは建物の約6割に導入されている。
 2023年3月には、EUがネットゼロ達成に必要な産業・技術の中心地となることを目指し、「ネットゼロ産業法案」を打ち出し、その中で、風力・太陽光・クリーン水素などに加え、ヒートポンプを重要技術として位置付けた。この欧州におけるヒートポンプ市場を支えるメーカの中心は、複数の日本企業であり、生産拠点を欧州内に拡充する動きが見られている。
 以上のような強力な政策支援と市場ニーズに加え、例えば英国の天然ガスボイラー設備新設の段階的廃止といった、燃焼系機器への規制的措置が更に広がる傾向にあり、今後もヒートポンプの普及加速が想定される。


図2 欧州/日本 ヒートポンプ普及状況

3.日本におけるヒートポンプの普及状況

 日本においては、欧州と比較すると、例えば各家庭のルームエアコン設置状況の通り、普及は比較的早くから始まっているが、急速な市場拡大が始まっているという状況ではない(図2右)
 2009年に制定された「エネルギー供給構造高度化法」施行令において、「大気中の熱その他の自然界に存する熱」は「再生可能エネルギー源」のひとつと定義された(が認知度は低い)。その後、菅義偉前総理が2020年に「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、その後の第6次エネルギー基本計画(以下、エネ基)、以降、改正省エネ法、クリーンエネルギー戦略、GX推進戦略とこれらに付随したGX推進法・GX脱炭素電源法等、様々な法整備が進んだ。
 エネ基には「(電源の脱炭素化を前提に)非電力部門において電化可能な分野は電化される」と記載されているが、需要側対策として実効性の高い政府支援の現状はどうであろうか?
 現状、ヒートポンプは省エネ技術のひとつとして整理されている。実は身近な技術でありながら認知度は高くなく、太陽光・風力やグリーン水素等の再エネのように、政府から強力に支援されているとは言い難い状況にある。
 前述の通り、ヒートポンプは紛れもなく再エネ熱利用技術であるが、日本の総合エネルギー統計の一次/最終エネルギー消費量に大気熱等はカウントされていない、すなわち、見えないエネルギーとして扱われている。日本のエネルギーセキュリティにおける大きな課題のひとつは一次エネルギー自給率の低さであり、足元で約11%であるが、ここに国産エネルギーである大気熱量を加算すると15%程度に押し上げられる、という試算結果がある。需要側で再エネ熱を取り込み、更には供給側の電力が再エネ・非化石化していく事で、実際に使用しているエネルギーの大宗を非化石で賄う事が出来、それらは国産エネルギーであることから、ヒートポンプ普及拡大により、一次エネルギー自給率を足元から将来に向けて押し上げていく事が可能となる。

 ヒートポンプが汲み上げる再エネ熱量の見える化、これによる再エネ熱の認識と将来への期待、それに対する強い政策支援、国民理解と導入加速、国内メーカの更なる技術革新と需要を牽引する製造力、これらが全て噛み合っていく事が、カーボンニュートラル実現と一次エネルギー自給率向上に向けた需要側対策として非常に重要と考えられる。
 今後の開発・導入が描かれる脱炭素燃料・脱炭素技術にも期待を寄せつつ、“電源の脱炭素化”✕“再エネ熱利用のヒートポンプ”は、現時点から躊躇なく積極的に普及拡大させるべき、正に“no regret policy”と言って良いのではないか。

続く

【参考文献】