水素の未来と米中の覇権争いを考える-IEEI講演会


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エネルギーの将来を考える講演

 NPO法人国際環境経済研究所(IEEI)は8月21日に講演会「エネルギー問題とウクライナ問題」を行なった。国際環境経済研究所所長の山本隆三氏が水素とエネルギー問題の分析をし、IEEI寄稿者で元読売新聞記者の三好範英氏が今年5月のウクライナ訪問について説明した。2人の話のポイントを紹介する。


山本隆三氏

 山本氏の講演要旨は次の通り。気候変動を止めるための脱炭素・化石燃料の抑制の動き、経済とエネルギー面での脱中国・ロシアの動きが世界にある。それに米中の経済覇権争いが絡む。その大きな流れの中で、化石燃料の需要は世界で抑制されていくだろう。米国は化石燃料後の世界の構想として、天然ガスで水素を作り、それを日本を含むアジアに売りたがっている。日本は近未来のエネルギー源の一つとして水素を考えているが、それをどのように現実の経済に反映させるか。難しい問題である。このように、山本氏は分析した。

石油から多様化、欧州のロシア依存の歴史

 山本氏は、20世紀のエネルギーの歴史を説き起こした。1950年代まで、西欧と日本はエネルギー供給で見ると石炭が85%を占めていた。その後にエネルギーが石油に転換。国際的なエネルギー貿易が広がり、世界でエネルギーの危機が連動するようになった。そして1970年代の二回のオイルショックで、各国は石油以外のエネルギーの利用を模索するようになった。

 加えて90年代から気候変動問題がエネルギーでの重要な論点となった。EUは温暖化と脱化石燃料を探る中で、ロシアの天然ガスに依存しながら再エネの拡大を進めた。全EUで見ると2021年に、天然ガス、石炭の輸入量の45%以上はロシアからのものだ。

 そうした状況で2022年2月にウクライナ戦争が始まった。依存度を高めた欧州は、今、ロシアから離れるために、大変な苦悩をしている。一方でロシアへの依存度の低かった日本、アメリカは価格の乱高下や市場の混乱に直面したものの、影響は限定的だ。

 そして世界のエネルギー供給を見ると、エネルギー多角化を進めても、2021年に世界の8割は今でも化石燃料で、その完全な転換は難しい。一方で、気候変動対策で2050年に二酸化炭素の排出を、実質ゼロにする目標を主要国は掲げている。その実行も課題になっている。

化石燃料の後を考える米国の産業界

 脱炭素のためのエネルギー源で、世界が注目するのは水素だ。「ただし現時点ではエネルギー効率、価格の面で水素の利用は課題があり、その採用が合理的な選択とは思えないし、スムーズに利用が増えるかは不透明だ」というのが、山本氏の考えだ。山本氏は、今年4月に米国を訪問し、研究者、業界団体、当局者と意見交換をした。2023年6月に国家クリーン水素戦略を発表している(JETRO記事)。

 米国が水素の利用拡大に注力する背景には、米中の経済覇権争いがあると、山本氏は指摘した。再エネでは太陽光、風力の製造設備で、中国がトップシェアを占める。水素の利用はこれからインフラが世界各国で作られる状況だ。米国政府、そしてエネルギー産業は、水素によって中国に対して世界のエネルギーシステムづくりで巻き返しを図ること、そして化石燃料の後のエネルギーシステムのことを考え、水素に注目しているという。

 水素1トンを化石燃料から製造する場合には、石炭では約20トンの二酸化炭素、天然ガスでは8-9トンが出る。出たものをCCS(地下駐留)と組み合わせる構想がある。また水の電気分解による製造には大量の電力が必要で、その点で原子力発電が期待されそうだ。

 米政府は、水素の生産量を2050年に5000万トンと想定しているが、米国の石油ガス業界は、もう少し大きな数量を想定し、そのうち9割を天然ガスから作りたいとする。ただし、山本氏は効率性の観点からそれが実現するかは難しいとの考えだ。「米国のエネルギー関係者たちは、官民共に、化石燃料の少ない東アジア、特に日本と韓国に天然ガスの代替物として水素を売り込むことを考え、その需要を広げたがっているのではないか」という。

水素が足りない日本、先が見えず

 それでは、日本の水素の利用は今後どうなるのか。日本政府は23年6月に「水素基本戦略」を定め、水素を次世代の重要なエネルギー源としている。そして、2050年に2000万トンの需要を産むことを目指し、それに応じた供給体制も作ることを予定している。しかし現在の生産量は年間数十万トンで、かなり非現実的な目標だ。

 例えば、製鉄業は今、二酸化炭素を少量しか出さない水素を使った製鉄法を検討している。日本のJFEがその採用をめぐる試算を出したが、日本の高炉製鉄が必要とする全エネルギーを水素とすると年間2000万トンの水素が必要になるそうだ。水の電気分解で製造すると必要な電力量は、日本の今の発電量と同じだ。山本氏はそれを紹介し、「水素に期待はあるが、現時点でそれがエネルギーの中心になるか見極めは難しい面がある」と指摘した。

 欧州発エネルギー危機を受け、同盟国内でのエネルギーと重要資源の確保が重要になっている環境下、米国からの水素輸入は、考えられる選択肢ではある。しかし、これまで述べたコストの問題があり現時点では採算性は非常に難しい。さらにその輸入は専用船が必要で、さらにコストがかかるだろう。
 日本は稼げる産業を「失われた30年」といわれる直近に作り出すことができず、また産業構造の転換もできなかった。新しい産業の創出を模索し続けなければいけないが、それをしやすくするためには製造などのコストを下げることを常に考えるべきと、山本氏は指摘する。そして「水素の採用もそれに基づいて判断するべきだ」とまとめた。

ウクライナの現状−復興特需への期待も


三好範英氏

 三好氏は講演で、5月のウクライナ訪問の状況を紹介した。首都キーウではレストランなどが賑わい戦争中の国とは思えない落ち着きを取り戻していた。一方で、ドローンやミサイルによる空襲、学校の軍事訓練などの戦時色を感じる状況もあった。ロシア軍による住民虐殺のあったブチャは、街が修復されて、惨劇の跡が分からないようになっていた。

 6月から行われ現在も続く南部、東部の反攻の結果次第だが、戦争はこの後、数年続くとの見通しが国民に広がっている。ある西側外交官は「この戦争によって、ようやく国民意識、国の一体感が強まった。若い世代に期待する」と述べていた。同国はI T化も進み、復興は巨大なビジネスチャンスになり、大きく経済発展をする可能性がある。戦後をにらんで欧米企業は調査をしているが、日本企業の出足は鈍いそうだ。


 IEEIは2011年に発足した。故・澤昭裕氏、現理事長の小谷勝彦氏、山本氏、企業の実務家が集まり、現実に基づく情報発信を行ってきた。エネルギー、環境問題、リサイクル問題などで専門家が論考を週2~3本投稿している。2500本程度の専門家の記事が自由に読める。山本氏、三好氏は、ここに定期的に寄稿している。