眠る宝「地熱」を活かし、地域を元気にーふるさと熱電
石井 孝明
経済記者/情報サイト「withENERGY」(ウィズエナジー)を運営
地熱発電は火山国日本でその活用が期待されるが、なかなか増えない。ビジネスの難しさを乗り越え、地熱発電と地域おこしに取り組むユニークな企業、ふるさと熱電を訪ねた。
地元への利益を中心に、事業を作る
ふるさと熱電は、地熱発電を熊本県阿蘇郡小国町の岳の湯(たけのゆ)地区で行なっている。2012年に創業しビジネスを成長させてきた。「ようやく基礎が固まりつつあります。これまでの経験を活かし、カーボンニュートラル社会の実現、地域活性化などの社会課題を、地下に眠る地熱という宝を活用して解決していきたいです」と取締役の赤石和幸氏は語った。
岳の湯地区では、地域の人々が温泉と地熱を700年以上にわたって活用し守り続けてきた。ここの30世帯が「合同会社わいた会」を設立し、地元の地熱を使って発電を行なう。ふるさと熱電は、その発電所の運営を委託されている。また発電所の運転で、わいた会の住民と業務委託契約を結んで発電所の管理などに働いてもらうほか、小国町住民を採用して、計6人の雇用が生まれている。収益は発電所の運営や、地域づくりの資金に使われ、残りは各世帯に分配される。「よそ者」が外から来て利益を得るビジネスではない。「地域の皆さんが発電事業の中心になっています。私たちはわいた会の皆様と一緒に共生・共栄を目指しています」(赤石氏)。
地熱発電は地中の蒸気を使ってタービンを回し発電する。日本は火山国でその適地は多い。しかし全国に20地点ほどでしか行われていない。理由の一つが、建設や運用で、地元との調整が難航するためだ。地熱発電の適地はたいてい温泉の近くにある。その開発による影響への懸念や「よそ者」が地域の利益を取ることへの不信感も当然出る。ふるさと熱電は住民と一緒になり、「子や孫が帰ってくるまちづくり」に向かって収益を活用することで、そうした心配を解消した。その結果、信頼関係が生まれ、事業がスムーズに行われていた。
地元との信頼が高収益を支える
ふるさと熱電は、わいた発電所で出力2000kW(キロワット)の発電を行っている。他の地熱発電所では収益を確保するために、1万kW程度の設備が多い。小さく始めたのは環境への影響を見極めようとしたためだ。同社は地元の人々と協力しながら現在は同5000kWの発電所を建設中だ。
日本では地熱発電の建設で10年ほどかかる。一方で、わいた発電所は構想から4年の2015年に竣工・稼働した。試掘成功率は日本の地熱発電で1割以下とされる。しかし、わいた地熱発電所の場合、現在で75%と高くなった。調査を念入りに行い、有望な場所を試掘できるからだ。
「全国には温泉地域が3,000カ所あります。その熱源の適地は、地元の方々が一番知っています。わいた発電所の場合は住民の方々が主体なので、ともに協力し合い、土地の所有者である住民と合意形成を行なえました。その結果として、開発のリードタイムが短く済んでいます」(赤石氏)。
また運営でも信頼が活きる。地熱発電では温水を地下へ戻し、また冷却水として水を使う。発電所のある岳の湯地区には、6軒の温泉旅館と24軒の農家があり、地下水を旅館の温泉や農業に使っている。水は地域の生業にとって重要な資源だ。その温水や地下水を、わいた地熱発電所は使う。ふるさと熱電とわいた会のメンバーが使い方を頻繁に合議している。そして地熱発電が温泉に影響を及ぼさないか、モニタリング調査を町内の13カ所で実施している。アプリ上で温泉の圧力・温度・流量・成分などを常時共有するほか、それらのデータを月一度データ配布している。こうした取り組みを丁寧に取り組んだ結果、地元とふるさと熱電の信頼関係が作られた。ここ数年のわいた発電所の稼働率は95%の高率だ。
「住民の皆さんとの丁寧なコミュニケーション、地元に納得いただける形で利益を還元する形を作ることが、事業の肝(きも)でした。温泉地域の方々が地域の財源として考えて事業を考えるからこそ、高い稼働率とそれよる収益が維持できています」と、赤石氏は話した。
地熱ビジネスが地域の絆を作り直す
わいた地区の地熱事業は電力販売の中央電力の新規事業として始まった。赤石氏は、日本総研の環境ビジネスコンサルタントとして関わったが、「地元と密接に結びつき、渦の中に入らないと形にならない」と思って、中央電力に就職した。
この地域は2000年ごろに地熱発電の構想があったが、地域対立が生じて断念した。以前の対立の際に、700年前から続いた地域行事の「岳の湯盆踊り」が途絶えてしまった。それが地域と共生した地熱発電を目指し続けた結果、2016年に復活した。「地熱発電の結びつきで、地域の絆が作り直せたのは本当にうれしかったです」と、赤石氏は振り返る。
地熱発電、再エネ発電が増えない一因は、地元との調整の難しさのためだ。「今後の再エネ事業では、地元を守ってきた森林、農業、漁業、温泉などの各種組合、そして地元の皆様との協力が必要になります。『わいたモデル』と私たちが呼ぶ地域共生型事業の経験は、他の地域の地熱、再エネ事業に活用できると思います」という。
「わいたモデル」を全国に、そして地域を豊かに
赤石氏は今後、事業を拡大させながら、社会を変えたい夢があるという。第一の動きは地域活性化だ。「これは、わいた会の皆さんの意向でもあります。小国町は過疎と住民の高齢化に悩んでいます。都市に出た人Uターンしてもらう、また新しい住民に小国町に移住してもらう。それを実現するために、働く場を作りたいです」。
わいた会の収益で岳の湯温泉を整備し、地熱や温水の農業利用や染め物への利用を行い、観光地としてより魅力を高める取り組みが進む。「将来的には上場も目指したいです。熊本の一地方から、再エネと地域振興のビジネスで株式を公開する企業が出る。いずれも日本の重要な課題であり、日本を元気にするインパクトがあると思います」。
第二の動きは、「わいたモデル」を、日本に展開する構想だ。地熱発電所の建設と運営のノウハウや、再エネでの事業モデルづくりの提供を、ふるさと熱電は行うようになった。
新型コロナウイルスでの自粛が終わり、国内の温泉・観光地には客足が戻っている。危機が過ぎた今、ふるさと熱電に「学びたい」と言う問い合わせが各地の観光地から増えている。「補助金ではないまとまったお金を地域で使い、地域全体の魅力を上げなければ生き残れないと考える温泉地が増えています」(赤石氏)。
第三の動きは、エネルギーの販売方法だ。電気を使う人、作る人の交流が日本ではこれまでなかった。「ふるさと熱電の作る電力には、私たち、そしてわいた地区の人々の思いや歴史が込められています。こうした電力を使いたいという都市住民の方もいます。電力の消費者が製造の方法に価値を認めるようになれば、電力ビジネスの姿も共生・共栄に変わっていくでしょう」(同)。
ふるさと熱電の事業は再エネ発電に、賦課金を提供する国の補助制度(FIT)で支えられてきた。国はそれを減らし、再エネの電力を市場取引に組み込もうとしている。「その流れは当然です。それでも買っていただけるために、電気の背景にある物語を伝え、効率的な運営によって価格面で競争力のある電力を提供していきたいです」と赤石氏は抱負を述べた。
日本には、地域ごとに「眠れる宝」がたくさんある。それに価値を与え、お金に変え、豊かにすることが課題だ。また脱炭素も社会の流れだ。複数の課題解決を行い、ビジネスで社会を変える。ふるさと熱電の、まだ小さいけれどもユニークな姿は、日本のエネルギービジネスの新しい可能性を示しているように思える。