「ウクライナ・ショック」が日本に問うているもの


ジャーナリスト

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 前回に引き続き、拙著「ウクライナ・ショック 覚醒したヨーロッパの行方」の紹介をすることをお許し願いたい。

 ウクライナ侵略は、世界の国際政治認識を大きくゆすぶったが、日本もその例外ではない。前回書いたヨーロッパにおける変化、特にドイツにおける変化は、そのまま日本が直面した課題でもあった。
 まずウクライナ侵略が、日本の防衛政策に抜本的見直しを迫ったことは自然なことだろう。東アジアの安全保障環境はヨーロッパに比しても不安定であり、特に緊急の課題である台湾有事をめぐり、権威主義国家への備えの必要性を改めて痛感させられることになった。
 昨年(2022年)12月16日、反撃能力の保有や防衛費対国内総生産(GDP)比2%の目標を記した「国家安全保障戦略」など3文書が閣議決定され、岸田首相自身が述べたように、「第2次世界大戦後の日本の安保戦略の大きな転換」を画した。
 エネルギー政策においても、政府は昨年12月22日、基本方針を定め、原子力発電所の再稼働推進、次世代原発の開発・建設、既存原発の60年超の運転を認めることなどを決めた。
 原発の新増設や建て替えは、これまでは「想定していない」というのが政府見解だったから、エネルギー政策においても大きな方針転換が行われた。
 防衛政策にしてもエネルギー政策にしても、それまでの前提をひっくり返すほどの大転換だから、仮に数年前だったら猛反発に直面していただろう。しかし、どちらに対してもさほど大きな反対運動が巻き起こらなかったのは、「ウクライナ・ショック」が、ドイツをはじめヨーロッパのみならず、日本にも浸透したことを物語る。
 エネルギー政策については、エネルギー価格高騰や供給の不安定化が、日本の過度の対外依存への懸念を呼び起こした。エネルギーが安定的に安価に供給されるかどうか、言い換えればエネルギー安全保障こそが、やはり最重要な問題であることが再認識させられた。
 そこで原子力エネルギーが、石油、天然ガスに比べ国際環境にあまり左右されず、安定的かつ安価に電力を供給できるエネルギー源として再評価された。言うまでもなく、地球温暖化ガスを排出しないから、脱炭素の目的にも合致している。
 甚大な事故の懸念があるからと言って、安定供給、経済性、気候変動対策を抜きにしては、真に国民のためになるエネルギー政策にはなりえない。ウクライナ・ショックをきっかけにエネルギー安全保障への認識が広がったことが、福島第1原発事故以降、強かった原発アレルギーの希薄化につながったのである。
 拙著ではドイツの事情について取り上げており、前回掲載の「『ウクライナ・ショック』がドイツにもたらしたもの」でも、ドイツのエネルギー政策の変化についてはまとめたので、詳細はそちらを参照願いたいが、要は、ドイツでもこれまで脱原発、脱石炭のイデオロギー色が濃厚だったエネルギー政策に安全保障の視点が復活した。
 これまでドイツ国内に液化天然ガス(LNG)のターミナルは皆無だったのを、急遽建設に着手し、カタールと輸入契約を結ぶなど供給源の多角化を図った。石炭火力発電所の再稼働、原発の稼働期間の延長なども打ち出した。
 しかし、これまでのエネルギー政策の全面的な見直しは、エネルギー価格の高止まりや温室効果ガス排出量の増大などの結果を生んでいる。
 さらに、昨年末ですべての原発を廃棄する予定だったのを、エネルギー事情のひっ迫でいったん稼働を延長したとはいえ、今年4月15日までにはやはり廃棄を完了する方針である。ドイツ政治における環境至上主義、いわば「グリーンイデオロギー」は根強いから、エネルギー政策は今後も難しいかじ取りを迫られるだろう。
 日本の事情に戻れば、そもそも、日本の第1次エネルギー自給率は12.1%と、褐炭を自給できるドイツが34.6%なのに比較しても、極めて低い(2019年、IEAなど)。
 日本はエネルギー需給上、もともと極めて脆弱な条件に置かれており、それゆえエネルギー安全保障は、第2次世界大戦や1973年の第1次、1978年の第2次オイルショックの苦い経験から、日本のエネルギー政策の根底にある考え方だった。
 資源エネルギー問題分析の世界的権威である米国のダニエル・ヤーギンは、「資源の少ない日本にとって重要なのは、資源の多様化だ。日本ほどエネルギー安全保障に一貫して取り組んできた国はない」と、読売新聞のインタビューに語っている(2023年1月8日付朝刊)。
 ただ、そうであっても、日本のエネルギー政策は福島第1原発事故以降、何をおいても原発の安全性が求められ、経済性、安全保障を含めた合理的な判断をしてきたとは言い難い。
 エネルギーの自給率は、原発事故前の2010年には20.2%あったのが急減した。化石燃料依存度は84.8%(2020年)に達し、原油輸入先の90%が中東である。原発再稼働の遅れが響き、夏や冬のひっ迫期に節電要請を求めるまでになってしまった。
 原子力規制委員会の審査に合格した原発7基の再稼働を目指す方針に関しては、運転停止命令を受けている柏崎刈羽原発はまだ命令解除の見通しが立たないなど、前途は多難である。エネルギー基本計画が定める、総発電量に占める原発の割合を、2020年度の4%から30年度に20〜22%に高める目標を達成することは容易ではない。
 最近では、中部電力と東京電力ホールディングスの火力・燃料合弁会社JERAが、2021年末に満了を迎えるカタールとのLNG長期契約を解消するという、ウクライナ侵略後のLNG需給ひっ迫の状況を見れば、誤った判断をしたこともあった。脱炭素の流れを受けて、政府のエネルギー基本計画が、LNG需要の減少見通しを示したことに沿ったものだが、エネルギー需給の行方を見定めることはますます難しくなっている。
 ウクライナ・ショックは、オイルショック、福島第1原発事故に次ぐ、戦後日本のエネルギー政策の大きな節目である。危機ではあるが、原発再稼働への心理的な垣根は低くなり、バランスの取れたエネルギー政策に向かうチャンスでもある。
 日本のエネルギー政策は、ドイツほどは「グリーンイデオロギー」に囚われてはいない分、現実主義と柔軟性を発揮する余地がある。危機を乗り越える英知と実行力が問われている。