「ウクライナ」を機にエネルギー安全保障が前面に


ジャーナリスト

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 2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵略は、ドイツのエネルギー政策に激震を走らせている。イデオロギー過多、気候変動対策一辺倒だったエネルギー政策は、抜本的見直しを迫られ、経済安全保障の観点が急浮上している。

 エネルギー政策は、大体5つの点、つまり、安全性、環境(特に気候変動)対策、コスト、安定供給、安全保障に目配りして進めていくのが賢明だろう。シュレーダー政権(1998~2005年)、メルケル政権(2005~2021年)を通じて、ドイツのエネルギー政策は、イデオロギー的な脱原発、そして、気候変動対策としての脱石炭と再生可能エネルギー導入をすすめる「エネルギー転換」を急いできた。その反面、コスト、安定供給、安全保障の側面はないがしろにされてきた。

 そのツケがウクライナ侵略を通じて顕在化している。ドイツは再生エネ導入による電力需給の不安定化のバックアップを、パイプラインで供給されるロシア産天然ガスによる発電に頼った。その結果、今やガス輸入量の55%をロシアに依存するようになり、その脆弱性がにわかに意識されているのである。


出典:ドイチェ・ヴェレのサイト

 コストに関して言えば、侵略以前から、電気料金の上昇は著しかった。再生可能エネルギー導入を固定価格買い取り制度によって推進したことによって、家庭用電気料金は2000年から倍以上の価格になっていた。

 それに加え、昨年秋から、世界的に化石燃料の新規開発への投資が滞っていることなどを背景に、ガス、石油の価格が上昇し、電力料金がさらに上昇した。そこにウクライナ侵略が起こり、ロシアからの供給が不安定化する懸念が加わった。

 ガスをロシアからドイツに、安く、安定的に供給するはずだったバルト海海底のパイプライン「ノルトストリーム2」(NS2)は、事実上の断念に追い込まれた。これまで米国、東欧・バルト諸国、ウクライナから、ロシアに依存するリスク、ロシアに膨大な収入をもたらすことなどを理由に、繰り返し事業断念を求められていたが、工事は完成していた。ドイツ政府は何とか稼働させたかったが、ウクライナ危機の深刻化から、2月22日、ショルツ首相は認可手続きの停止を表明した。

 すでに、2011年から稼働している「ノルトストリーム1」(NS1)は、ロシアからヨーロッパに供給されるガスの約3割に当たる年間600億m3を賄っている。NS1についても、3月初めにロシアのノヴァク副首相が、ガス供給停止をほのめかすなど不透明感が漂っている。

 ドイツの対ロシア関係の深化には、経済的にウィン・ウィンの関係を築くことに加え、ロシア社会の変容を促す期待もあった。しかし、ロシア社会の民主化は進まず、結果論ではあるが、ノルトストリーム建設は、経済安全保障の視点を欠いた悪しき戦略的判断だったと評価されても仕方がないだろう。
 
 ともあれ、エネルギー源を確保しなければならない。制裁逃れの道を作るとの批判覚悟で、ショルツ首相は3月7日に開かれた米、英、仏との首脳会議で、ロシア産原油の禁輸措置に反対した。欧州連合(EU)がロシアの銀行を国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除することを決定した際も、エネルギー取引の決済を行う最大手ズベルバンクを対象外とするように、強く働きかけた。

 そして、遅ればせながら、エネルギー供給先の多角化に着手した。これまでドイツには液化天然ガス(LNG)船を受け入れる基地は皆無だった。2か所で建設計画はあったものの、パイプラインを通じて供給される安価なガスがあるうちは、巨額の投資をする出資者はいなかった。ここへきてハーベック経済・気候保護相(緑の党)は、公的資金も投入してこの建設を急ぐ方針を示した。

 ハーベック氏はガス調達先の確保にも奔走している。3月下旬にはカタールとアラブ首長国連邦を訪問し、LNG調達の交渉を行った。化石燃料を目の敵にしていた緑の党の政治家だけに皮肉な図ではある。

 EUの執行機関・欧州委員会は2022年2月2日、企業活動を環境面で持続可能性があるかどうかで仕分ける「EUタクソノミー」で、条件付きながらも、原子力発電とガス発電を、脱炭素に貢献している活動に分類することを発表した。これによってこれらのエネルギー開発への資金調達が可能となった。

 フランスのマクロン大統領は2月10日、原発を6基以上新設する方針を明らかにし、ベルギーも3月18日、ウクライナ侵略の余波を見越し、原発2基の10年間の稼働延長を発表した。

 シュピーゲル誌によると、ドイツとフランスとの間で、フランスが頼る原子力と、ドイツが頼るガスの事業を、タクソノミーにおいて持続可能として分類することを申し合わせていた。

 これはシュルツ首相とマクロン大統領の間の取引であり、緑の党には知らされていなかったようだ。ハーベック氏は、タクソノミーの決定に強く反発し、取り消しを求めて欧州司法裁判所に提訴するとさえ発言した。

 しかし、タクソノミーの決定があったからこそ、ガス調達先の多角化や原発活用もやりやすくなった。欧州委員会がウクライナ侵略を予見していたわけではないが、先見の明があったといえるだろう。

 ただ、調達先の多角化は容易ではない。LNG基地整備にはむろん時間がかかるし、米国のシェールガスを輸入するにしても、ドイツ国内ではその採掘法に環境面で問題があるとされており、カタールからの輸入は、国際テロリズムに資金が流れる恐れが指摘される。

 環境団体からはガス供給のリスクが明らかになった以上、再生エネ導入を急ぐべきという主張が高まっている。再生エネ拡大はハーベック氏も掲げてはいるが、それだけでは当面の危機には対応できないことを、実務責任者として痛感しているのだろう。

 注目すべきはハーベック氏が、原発や石炭発電の稼働期間の延長すら示唆したことだ。特に反原発は緑の党のルーツともいえる政策であり、それを修正するとなると緑の党の一般党員からの反発は激しいだろう。

 ハーベック氏はドイツの残りの3基の原発は、すでに稼働停止の準備が進んでおり、この冬に稼働を継続するのは難しいとしている。また、緑の党の脱原発イデオロギーは根深い。従って、脱原発方針は貫かれると思うが、緑の党幹部が脱「脱原発」をほのめかすこと自体、ドイツのエネルギー供給はいよいよ背に腹を代えられない状況にあることを物語っている。