異業種融合が生む新たな価値

書評:木村将之、森俊彦、下田裕和 著『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業』


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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電気新聞より転載:2023年2月10日付)

 カーボン・ニュートラル(CN)という言葉に代わりグリーン・トランスフォーメーション(GX)という言葉が使われることが多くなった。首相を議長とする「GX実行会議」などだ。「またアルファベットのはやり言葉か」と感じた方もおられるかもしれないが、筆者はCNからGXへの転換を歓迎している。

 GXは、化石燃料からクリーンエネルギーへの転換を核に、経済・社会、産業構造全体の変革を目指すものだ。CO2削減が目的のエネルギー転換にとどまらず、DX(デジタルトランスフォーメーション)などとも融合して、日本社会としての持続可能性を高めていくことを目指す。

 CO2排出削減を目的とした行動変容が難しいのは、行動の結果に過ぎないからだろう。家庭の主婦が、出るゴミを気にして夕食の献立を考えることはあまりないだろう。食べたいものを食べた、その結果がゴミなのだ。CO2が少ないということだけで行動変容を起こさせることは困難だ。コスト競争力や新たな顧客体験を提供し、結果としてCO2削減が進む仕組みを作ることが重要なのだ。

 顧客体験を与えることが難しいエネルギーの転換を進める上でカギを握るのは、他産業との融合である。本書は、シリコンバレーに在住、もしくは元在住の著者らが、モビリティー産業の変化の潮流を整理したものだ。手前味噌で恐縮だが、エネルギー産業には今後、顧客体験を創出する機能に加え他産業と融合していくことを説いた『エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ』『エネルギー産業2030年への戦略 Utility3.0の実装』に大いにインスパイアされたという本書は、Mobility自体の機能的な差別化の要素はなくなっていき、異業種と融合して新たな体験を提供することになるという仮説を、豊富な事例で検証している。

 ウーバーやテスラ、アマゾンなど既に検証されつくした感があるかもしれない。新しい価値の提供には腐心する一方、安全で安価、安定的に移動の手段を提供するという本来の価値の提供がおろそかになるべきではないと、こうした新たなプレーヤーを冷ややかに見る向きもあろう。しかし、新たな顧客価値の提供に本気で向き合う事例に徹底的に学ぶことが、今の日本の起死回生のカギとなる。本書を入り口に他の産業の挑戦に学んでみてはいかがだろうか。

※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業』
木村将之、森俊彦、下田裕和 著(出版社:日経BP
ISBN: 978-4296201204