(続)経済対策はエネルギーコスト低減のために必要か?


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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 以前、慶応義塾大学野村教授が毎月発表している実質単位エネルギーコスト(Real Unit Energy Cost, RUEC)について概略を紹介した今回は補足として、その意味合いについて、野村教授にやや詳しく伺った。

 下図は2022年12月の最新版のRUECである。2022年は127.7と急増している。

Q(杉山):エネルギーコスト・モニタリング(ECM)で公表されている下記の表を見ると、RUEC(b/c)は名目のエネルギーコスト総額を名目GDPで割ったもの(e/d)に等しくなるわけですね?

A (野村):そうです。

Q(杉山):前回記事で伺ったとおり、もともとRUECは、名目のエネルギーコスト総額だけでは、経済成長との関係、インフレの影響、それに電化などのエネルギーの「質の変化」を捉えられないといった弱点があるのを、克服するために生み出された指標でした。

 それが結局、シンプルに名目のエネルギーコスト総額を名目GDPで割ったものになった、というところに面白さを感じます。これで、エネルギーの「質の変化」の調整も出来ていることになるのですか。

A (野村):一単位の生産のために必要なエネルギーコストをマクロ的に考えますと、名目的なエネルギーコストを実質GDPで除したものは「名目単位エネルギーコスト(NUEC)」と呼ばれています。NUECは名目的なコスト負担として意味があります。ですが、もし一国経済の生産価格(財やサービスなどの価格)に転嫁できれば、実質的な負荷は軽減できますし、逆に需要が弱く生産価格を上昇させることができないような状況にあれば、実質的な負担はより大きくなります。これは前回見てきました。

 この生産価格をマクロ的に適切に集計したものが、一般に「GDPデフレーター」と呼ばれるものです。名目値であるNUECをそれで割ったものが「実質単位エネルギーコスト(RUEC)となります。

 日本では、このGDPデフレーターが直近の四半期統計でも依然としてマイナス成長かあるいはほぼ横ばいにありまして、それが消費者物価指数と同等の上昇となる米国などとは大きく異なっています。その意味では、日本ではエネルギーコスト上昇による実質的な負担はより大きいわけでして、RUECはそれを適切に表していると言えます。

 指標としてみると、NUECをGDPデフレーターで除したものは、結局のところ名目GDPに対する名目エネルギーコストのシェアです。シェアという単純な指標に、さまざまな情報が集約されているのです。

 「エネルギーの質」の問題は、RUECの定義とは別の問題でして、むしろその変化要因を理解しようとしたときに必要となります。RUECの分子は名目エネルギーコストですが、政策的な対応を見誤らないためには、その内訳として、価格と数量の変化に分離することが重要です。

 たとえば、エネルギーコスト上昇が抑制されたとしても、それは不必要なレベルまでの国内生産の海外シフトによって、エネルギーの国内需要が減少しただけかもしれません。それが省エネの成果だと誤認してしまうと、どこまでも規制を強める動機になってしまうかもしれませんが、これでは産業空洞化が進むだけでジリ貧です。

 価格の変化なのか、数量の変化なのか、適切に分割するためには、電力化(エネルギー消費のなかで電気として使われる割合)など、エネルギーの内における質(エネルギー構成)の変化も考慮する必要があります。そのため、2022年12月時点のECMでは、エネルギーを21種類に分割し、かつ国産品と輸入品、消費財と中間財を分離して推計していまして、そこからエネルギーの質的な違いを考慮して集計しています。ですので、コスト変化とは価格の変化によるものか、数量の変化によるものか、より適切に理解することができるのです。類似のことは、生産側にも言えることでして、現行ECMでは32産業のレベルで推計されたのちに集計されています。

Q(杉山):ところで、RUECはある年を100とした相対値で示していますが、結局「名目GDPを名目のエネルギーコスト総額で割ったもの」になるならば、パーセントとかで示せないものでしょうか。たとえばエネルギーコストはGDPのx%とか。そのほうが直観的に分かり易いとも思うのですが。

A (野村):そうですね。RUECとして、GDPの何%がエネルギーコストであるといった言い方が出来ます。名目GDPが500兆円の国で、エネルギーコストが40兆円から50兆円まで上昇したとすれば、8%から10%に2ポイント上昇したと言えます。とくに国際比較などではその方が分かり易いですね。

 でも、ちょっと注意が必要です。名目GDPは、一国の国内経済が生み出す付加価値総額です。経済学者でも誤解している説明を見ることがありますが、それは企業の売上の総計のようなものではありません。ですので、そこには名目エネルギーコストは含まれていないのです。パーセントやシェアとすると、内数のようなものをイメージしてしまいそうです。あくまでも内数ではないことをよく理解した上で、「名目エネルギーコストが名目GDPという国の経済規模に照らして何%に相当するか」という観点でパーセント表示するならばよいでしょう。

 またECMは、RUEC水準の測定だけではなく、その変化要因を解明しようとしたものです。そうしたことから指数(たとえば、今期のRUECを前期のRUECで割ったもの)によって表現しています。実は、経済学で扱う変数はほとんど指数なのです。指数から1を引いたものは成長率ですので、集計量の世界では「変化」のみを見ることになります。