地球温暖化に伴う海面上昇に匹敵しうる東京の地盤沈下


キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員、茨城大学 特命研究員

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 2022年11月7日、東京都は東京湾沿岸海岸保全基本計画[東京都区間](案)を公表した注1)本計画案の第5章には「海岸保全の方向性」として、気候変動に伴う海面上昇による浸水防護のために現在の防潮堤を嵩上げすることが示されている。ゼロメートル地帯で常に浸水のリスクにさらされていることを鑑みれば注2)、嵩上げそのものは費用対効果によっては歓迎すべきかもしれない。他方、本計画案の嵩上げの算定根拠には「最近の地盤沈下の影響」と「海面上昇の将来予測の不確実性」という二つの重要な視点が欠落している。本稿では、東京都が実施した本計画案への意見募集の機会注3)に著者が投稿した内容を紹介する。

1.現在進行中の地盤沈下による「相対的海面上昇」

 1975年頃までの東京都における地盤沈下については本計画案2-1(1)節で言及されているが、地盤沈下それ自体は現在も継続している。最新のデータが記載されている東京都による令和3年地盤沈下調査報告書注4)の25ページの表-3を見ると、平成29年~令和3年の江東区・墨田区・江戸川区における最大地盤沈下量は一年あたり0.66–0.77cmとなっている。仮に、この地盤沈下が2022年以降78年間継続するとすれば、2100年には3区の地盤が51–60 cm沈下する。この沈下量は、本計画案5-2-1(3)2)(a) 節に示されている海面上昇量(2100年までに0.6 m上昇)とほぼ同等であり、無視することはできないはずである。
 この事実を勘案し、本計画案で嵩上げする防潮堤における地盤沈下の現状を定量的に示すとともに、その結果生じる相対的海面上昇にどのように対応すべきなのかに言及すべきである。

2.海面上昇予測値の不確実性の原因とその大きさ

 本計画案5-2-1には、海面上昇の予測に対して「不確実性」という表現が頻繁に用いられているが、どのような原因によってどの程度不確実なのかが示されていない。例えば、本計画案にも引用されている「日本の気候変動2020」注5)には「日本沿岸の平均海面水位(4地点又は16地点の平均)には、10年から20年の周期を持つ変動と50 年を超えるような長周期の変動が卓越しており、世界平均海面水位に見られるような観測期間を通して一貫した上昇傾向は認められない」という記述がある。図1を見ると、1980~2020年の40年間の海面水位は確かに上昇しているが(赤線)、1910~1950年の40年間にも同程度の上昇が見られる(青線)。後者は温室効果ガスの排出が急増する以前に起こっていることから、人間活動以外の数十年周期の自然変動がその原因である。したがって、「現在のところ、日本沿岸の平均水位上昇について、両者の寄与の定量的な把握には至っていない」注5)という結論になるはずである。この点は、本計画案1-65ページの「高潮の場合」の算定式には考慮されていないと思われる。関連して、同算定式には増築した防潮堤の自重による地盤沈下分も考慮されていないように見受けられる。
 以上の不確実性を考慮した上で、妥当な計画天端高(防潮堤の高さ)を十分に検討する必要があると思われる。


図1 日本沿岸の海面水位の推移(1906~2019 年)注5)。〇(青実線)は日本沿岸4 地点の平均水位(その5 年移動平均値)、△(赤実線)はその4 地点を含む総計16 地点の平均水位(その5 年移動平均値)を表す(いずれも縦軸の目盛は図の左側)。比較として、世界平均水位を緑線で示す(縦軸の目盛は図の右側)。いずれも、1981~2010 年の平均値との差(平年差)。青破線は4 地点平均の平年差の5 年移動平均値を後半の期間について示したもの。日本沿岸の観測地点については図15.2 を参照。世界平均水位のデータは豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)気候科学センターの世界平均解析値。

3.東京都は地盤沈下に悩む諸外国の先例

 地盤沈下による相対的海面上昇量が地球温暖化に伴う海面上昇量に匹敵または上回っている沿岸は、わが国の沿岸も含めて世界中に分布している。最新の研究では、世界全体で平均すると一年あたり0.78~0.99cmとなり、地球温暖化による影響の2倍以上と推計されている(図2)。このような中、わが国の行政では地球温暖化ばかりが注目され、地盤沈下はもはや解決済みとして扱われている。このような事態が起こる理由の一つに、地盤沈下の専門家が検討に加わっていないことがあるかもしれない。実際、本計画案のベースとなっている「気候変動を踏まえた海岸保全のあり方検討委員会」を構成する委員注8)は海岸工学や水文学に偏っており、地盤工学の専門家は見られない。地盤工学の分野では、アジア地域の浸水被害の主要な原因が地盤沈下による相対的海面上昇にあることが既に明らかにされている注9)。古くから地盤沈下を経験・対策してきた東京都には、このような世界の現状を踏まえてアジア諸国を先導する立場になってもらいたい。


図2 世界の沿岸地域における地盤沈下による相対的な海面上昇量の平均値(mm/年)の分布図注6),注7)。わが国の海岸は10–15 mm/年(紫線)のカテゴリーに含まれている。

注1)
東京都(2022)東京湾沿岸海岸保全基本計画[東京都区間](案),pp. 41.
https://www.kouwan.metro.tokyo.lg.jp/seisakujouhou/honpen.pdf
注2)
堅田元喜(2022)「地盤沈下対策で海面上昇へのレジリエンスを高める,環境管理,58,13–19.
https://cigs.canon/uploads/2022/03/JEMAI_Katata_202202.pdf
注3)
東京都(2022)「東京湾沿岸海岸保全基本計画[東京都区間]」(改定案) に関する都民意見の募集について.
https://www.kouwan.metro.tokyo.lg.jp/seisakujouhou/3/post_4.html
注4)
東京都土木技術支援・人材育成センター(2022)令和3年地盤沈下調査報告書,pp. 33.
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/content/000060342.pdf
注5)
気象庁(2020)日本の気候変動2020 —大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書— 本編,pp. 49.
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/2020/pdf/cc2020_honpen.pdf
注6)
堅田元喜(2021)地盤沈下を対策すれば海面上昇への適応につながる 
https://agora-web.jp/archives/2051883.html
注7)
Nicholls et al. (2021) A global analysis of subsidence, relative sea-level change and coastal flood exposure, Nature Cddmate Change, 11, 338–342.
https://www.nature.com/articles/s41558-021-00993-z
注8)
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/hozen/kiyaku.pdf
注9)
Yasuhara et al. (2015) Inundation caused by sea-level rise combined with land subsidence, Geotechnical Engineering Journal of the SEAGS & AGSSEA, 46, 102–109.dd