「エコファシズムー脱炭素・脱原発・再エネ推進という病」について


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

印刷用ページ

 10月21日、育鵬社より政治学者岩田温先生との対談本「エコファシズムー脱炭素・脱原発・再エネ推進という病」が上梓された。
 
 フェイススブックやYouTube 「岩田温チャンネル」での岩田先生の熱い語り口のファンとなり、友達申請をし、本年はじめ、岩田先生と大阪で初めてリアルでお話することができた。初対面ながら歴史、政治、国際情勢、読んだ本、尊敬する人などについて話題は多岐に及び、あっという間の2時間であった。岩田先生には筆者が昨年10月に出した「亡国の環境原理主義」も読んでいただいており、環境原理主義と社会主義の密接な関連性についても危機感を共有していた。

 その後、岩田先生から声をかけていただき、「岩田温チャネル」、「創発プラットフォーム」でも環境原理主義について対談させていただいた。

https://www.youtube.com/watch?v=M1nFdhgwXio
https://www.youtube.com/watch?v=ZeKu84DKpi0

 しかし何といっても20~30分の時間では話し足りない。この問題についてもっと時間をかけて議論しようじゃないかということで企画されたのが「エコファシズム」である。学界に身を置き、政治学を専門とされる岩田先生と、経産省でエネルギー温暖化問題に取り組んできた筆者はバックグラウンドを異にするが、自由を愛し、左右の全体主義を排し、何より日本という国を愛しているという点で立場を共有している。岩田先生が日頃批判される「和式リベラル」と筆者が批判する環境原理主義とでは、そのお花畑的発想、独善性と異なる見解への不寛容、ダブルスタンダードなど、多くの面で共通点があり、いずれも日本の国力を衰退させるものである。岩田先生との対談は全体で6時間近くにわたり、大いに盛り上がった。まだまだ話し足りない気がするほどである。
 
 最近、環境活動家の過激な行動がニュースをにぎわしている。英国のナショナルギャラリーでゴッホの「ひまわり」にトマトスープをかける、ドイツのバルベリーニ美術館でモネの「積み藁」にマッシュポテトをかける、フランスのルーブル美術館でダ・ヴィンチの「モナリザ」にケーキを塗り付ける等々である。モネの絵にマッシュポテトを塗り付けた活動家は「人々は飢え、凍えて死につつある。私たちは気候をめぐる大惨事に直面している。もし将来、人類が食料を取り合う事態になるのなら、この絵画には何の価値もない」と嘯いているという。他の事例も似たりよったりで石炭火力への反対、化石燃料投資への抗議等である。

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/90596.html

 これはエコファシズムというよりもエコテロリズムというに等しいが、この本で扱っているのはこうした誰の目にも明らかな愚行ではない。本書で取り上げているのは地球温暖化防止という誰も否定できない崇高な目的を掲げているが、その主張内容を実践すれば経済、雇用、国民生活に多大な悪影響をもたらすような議論である(本書の題名はインパクトの強い「エコファシズム」となっているが、筆者にとっては「環境原理主義」もしくは「エコ全体主義」の方がしっくりくる)。

 本の中で筆者はエネルギー温暖化をめぐる現実から説き起こし、温暖化防止という一つの価値観ですべてを律することの問題点を指摘した。COP26最終局面の石炭フェーズアウトをめぐる論争はその一例である。CO2排出量の多い石炭火力は環境団体から目の敵にされており、議長国英国はグラスゴー気候協定の最終案に石炭火力のフェーズアウトを盛り込んでいた。これに対し、インドは「電気も通ってない、水も来ないような貧しい人たちが多数いる以上、インドは国内に潤沢に存在する石炭資源を使わざるを得ない。石炭をクリーンに使おうという話であれば分かるがフェーズアウトは受け入れられない」と抵抗し、最終的に「フェーズアウト」は「フェーズダウン(段階的削減)」に差し替えられた。1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルを絶対視することは今後、地球全体で排出できるCO2総量にキャップをかけることと同義である。そうなれば、算術計算上、石炭火力の新設ゼロはもとより、まだ使える石炭火力をも順次廃止していくこと、更には化石燃料全体のフェーズアウトをも早急に進めねばならない。こうしたトップダウン、バックキャストの議論は進行中のエネルギー危機をかえって長引かせるものであり、依然として化石燃料需要の大きい途上国のエネルギー事情を全く顧慮していない。

 岩田先生からは政治学者としてエコファシズムの中に社会主義、共産主義のDNAを見出し、ベストセラーとなった斎藤幸平氏の「人新世の資本論」は「環境問題をテコにしてマルクス主義を復活させようとしている」と指摘する。環境原理主義と社会主義の親和性については拙著「亡国の環境原理主義」の中でも指摘している。そこで紹介した「環境活動家はスイカである。その心は外側は緑で中は赤い」というなぞかけには岩田先生も強く同感されており、「岩田温チャネル」でも紹介いただいている。

 昨年10月の「亡国の環境原理主義」上梓以降、エネルギー温暖化をめぐる状況は大きく変わった。COP26で1.5℃目標、2050年全球カーボンニュートラルを前面に出したグラスゴー気候合意が採択され、2022年は野心レベル引き上げの「勝負の10年」の出発点になるはずであった。しかし2022年2月のウクライナ戦争勃発により、すでに昨年秋から進行中であったエネルギー危機が一気に深刻化した。各国政府は高騰するエネルギー価格への対処に追われ、これまで脱炭素化に支配されてきたエネルギー政策においてエネルギー安全保障がトッププライオリティとなっている。我が国はガソリンや電力などのエネルギーコストの上昇、もう一つは電力需給逼迫とそれに伴う停電リスクという二重のエネルギー危機に直面している。

 岩田先生と対談はそうした激動の最中に行われたので、筆者にとって昨年の「亡国の環境原理主義」後の状況を整理し、考えを述べる好機となった。更に岩田先生が環境原理主義、エコ全体主義、エコファシズムについて政治学者の立場から解説いただいているので、筆者のこれまでの本にはなかった厚みが加わっていると思う。

 対談以降も状況は大きく動いている。8月に岸田総理が設置許可済みの原発再稼働と次世代革新炉の開発・建設方針を打ち出した。震災後、初めて総理が原発の「建設」に言及したことは日本のエネルギー政策の正常化に向けた大きな一歩であり、裏返せばエネルギー安全保障への危機感の表れともいえる。ドイツは当初、予定通り2022年中に3基の原発を閉鎖する予定であったが、緑の党の反対を抑え込んだショルツ首相のイニシアティブにより、3基の原発を来年4月まで稼働可能な状態に置くとの決定が行われた。いずれもエネルギーの安定で低廉な供給というエネルギー政策の基本中の基本に軸足が戻りつつあることを示しているが、当然、原理主義者たちの反発は強く、まだまだ予断を許さない。

 岩田先生、筆者とも、それぞれの立場から発信を続けていくと共に、折に触れ、コラボをしていければと期待する次第である。