環境一変、天然ガスも座礁資産か


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「サンケイビジネスアイ」からの転載:2021年3月11日付)

「50年ゼロ」EU目標で逆風

 2000年代、気候変動が話題になるに連れ、天然ガスがクリーンなエネルギーとして大きな注目を浴びた。石炭との比較では二酸化炭素(CO2)排出量が半分近くになり温暖化対策の主役になるとされていた。00年代後半には米国ではシェール革命が始まり、それまで商業生産が難しいとされたシェールガスが採掘され、生産量が伸びたことも天然ガスが注目された理由の一つだった。

 米国はロシアを抜き世界最大の天然ガス生産国になり、輸出も可能になった。政治的に安定している米国が輸出国になったことから、パイプラインで運ばれるロシア産天然ガスに依存していた欧州の国の中には米国産の液化天然ガス(LNG)輸入を開始する国も現れた。天然ガスの時代が長く続くかと思われたが、時代は変わった。

 その最大の理由は、50年までに温室効果ガスを1990年比80%削減するとしていた欧州連合(EU)の目標が、一昨年、「50年純排出量ゼロ(ネットゼロ)」に強化されたことだ。80%削減であれば天然ガスを利用することも可能だったが、ゼロとなると比較的CO2の排出量が少ない天然ガスの利用も難しくなる。

 欧米を中心とした機関投資家、金融機関は、温暖化問題への対策が強化される中で石炭の利用は多くの地域で制限されることになると予測し、石炭関連設備を「収益を生まず投資回収が困難な“座礁資産”」として投融資対象から除外し、撤退する動きを見せている。一昨年の2050年ゼロ宣言からは、天然ガスも座礁資産化するとの懸念の声が出ていたが、欧州投資銀行(EIB)総裁が今年になり、「天然ガスは終わった」と発言したことから、逆風が強まりそうだ。

地域問わず消費拡大

 1973年の第1次オイルショック時、原油価格は一挙に4倍になり、供給も中東諸国中心の石油輸出国機構(OPEC)に握られていることが明らかになった。結果、エネルギーコスト引き下げと安定供給を目的に原油からのエネルギー源の多様化が世界中で進んだ。多様化先としてまず選択されたのは、原油価格の高騰により相対的に価格競争力を持った石炭だった。

 政治的に安定している北米、豪州が主要輸出国だったことも消費国を安心させた。さらに、中東だけでなく、マレーシア、豪州などでも生産されている天然ガスへの分散も進んだ。

 オイルショック当時、1次エネルギーの75%以上を中東主体の原油に依存していた日本も石炭、日本の天然ガス、原子力への分散を進めた。中東依存度が20%強と原油の80%台よりも低いLNGの輸入量は、自国産エネルギーだけでは供給量が不足するようになった中国が輸入を開始するまでは世界一だった。世界でも天然ガス利用が高まり、先進国、途上国を問わず消費量は増え続けた。

 オイルショック時に1兆2000億立方メートルだった全世界の消費量は、2019年約4兆立方メートルになった。特徴的なことは、地域を問わず消費が増えていることだ。

 経済協力開発機構(OECD)加盟の先進国でも需要量は2倍以上になった。さらに、00年代後半、米国で始まったシェール革命が天然ガスの価格を引き下げ、米国の生産量を大きく増やした。安定的な供給国が増えたことから天然ガス利用がさらに広がった。

 00年代前半発電量の石炭火力への依存度が約50%だった米国では、価格競争力のある天然ガスへの切り替えが進み、昨年の発電実績では天然ガスが40.3%を占め、石炭19.3%を大きく上回っている。温暖化問題への取り組みに熱心な英、仏などでは石炭火力が大きく減少し、再生可能エネルギーと天然ガス火力に置き換わった。

 EUが50年ネットゼロを宣言して以降、天然ガスを取り巻く環境は大きく変化した。いま天然ガス設備を建設すれば、50年にも利用されている可能性が高い。だが、50年ネットゼロとすれば、その時点で天然ガス資産は廃棄されるか、あるいは排出されるCO2を捕捉し、貯留する設備を設置することが必要になる。設備を設置できなければ座礁資産になる可能性がある。

 化石燃料の中で最もCO2排出量が少ない天然ガスについては、過渡期に利用されるエネルギーとして、例えば石炭を代替するため、認められるとの見方もあったが、欧州各国の対応は厳しかった。昨年11月、欧州各国政府は、EIBの温暖化、持続可能な社会に関するロードマップを承認したが、30年までに予定される1兆ユーロ(約129兆円)の融資対象案件から天然ガスを含む化石燃料及び空港拡張事業を除外することで合意した。

 さらに12月15日、欧州委員会は国境をまたぐエネルギーインフラに関する許可及び補助金に関する規則(TEN-E)から、50年ネットゼロ達成のため原油と天然ガスパイプラインを除外し、送電網の拡張に注力する意向と報道された。今後欧州議会と各国政府の承認を得ることになる。

 12月16日、EU加盟各国政府は、化石燃料関連産業に依存する地域の対策、エネルギー転換に用いる175億ユーロの公正な移行基金を、天然ガスには使用しないことで合意した。一部加盟国は、天然ガス除外に反対したため、相対的に少額の欧州地域開発資金を、一定の条件で天然ガスに使用することが妥協策として認められた。

水素製造に貢献期待

 今年1月、EIB総裁は、決算発表記者会見の席上「穏やかな言い方をすれば、天然ガスは終わった」と述べた。同行は、来年1月1日までに化石燃料及び旧来のインフラへの融資を全て中止するとしているが、天然ガスから水素を製造する際に排出されるCO2を捕集、貯留する装置を設置した水素製造は対象として認められている。

 2月には英国の大手発電事業者ドレックスが、欧州最大規模の360万キロワットの天然ガス火力発電所の建設計画中止を発表した。環境団体は英国気候変動法に反するとして計画中止を訴えていた経緯から、最終的には勝利したと主張した。同計画は、供給力確保のため設備を作れば一定額が支払われる容量市場の入札で落札を逃しており、経済的な理由から取りやめられたのではないかとの見方もある。

 天然ガスに対する逆風は止みそうにないが、一方では、天然ガスからCO2を排出せずに水素と炭素を製造する新技術を開発している米スタートアップ、Cゼロ(C-Zero)にマイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏が主導するブレークスルーエナジーベンチャー、伊ENIなどとともに、三菱重工業が出資を行ったとの報道も2月にあった。水素製造に天然ガスが果たす役割もありそうだ。

 天然ガスへの需要そのものもさらに増加するとの見方が多く、50年ネットゼロ実現に向けて天然ガスがどのような役割を果たすのか、まだ見通せないことが多いが、EUでの動きは天然ガスへの投融資を難しくするのは間違いなさそうだ。