地球温暖化とヒートアイランドの見分け方


キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員、茨城大学 特命研究員

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 地球温暖化とヒートアイランド(熱の島;都市の高温化)はいずれも人間活動が作り出した気候の変化であり、地上の気温を上昇させる。ところが、両者が及ぼす気温への影響は季節(寒い季節・暑い季節)と時間帯(日中・夜間)によって大きく異なる。この現象を利用して解析を行えば、ヒートアイランドと地球温暖化は区別しやすくなる。

 ヒートアイランドの研究では、歴史的には寒候期(11月~4月の寒い季節)の夜間に重点が置かれてきた注1)。その理由は、寒候期や夜間には「混合層」があまり発達せず上空への熱拡散が弱く、都市から発生した「都市熱プルーム」が地上付近の薄い「接地層」を通過しやすいためである(図1aおよびb)。その結果、特に静穏で晴れているときほど風下の郊外や田舎で地上気温が上昇する注2),注3)。この場合、ヒートアイランドは都市から離れた郊外や田舎などの広い範囲にも影響する。例えば、関東平野を対象にした数値シミュレーション研究によると、暖候期(5月~10月の暖かい季節)にはヒートアイランドによって東京の西~北側の数十~100 kmにわたる範囲で1℃以上の昇温がありうるとされており注4)、似たような事例も野外で観測されている注5),注6)


図1 (a)日中および(b)夜間の都市とその周辺地域(田舎)の上空における境界層の構造(Scafetta and Ouyang, 2019注7)を著者が和訳)。

 気温データに混入しているヒートアイランドの影響は「都市バイアス」と呼ばれ、地球温暖化に伴う長期の地上気温の上昇率(地球温暖化量)を過大評価する原因となる。過去に解説したように注8)、この問題避けるべく都市化の進んでいない観測地点を選定したり、気温データに様々な補正を施すなどの努力がなされている注9),注10)。このような方法以外にも、気温に関する別の指標を用いることでヒートアイランドの影響を最小限に留めることが可能である。上述したように、ヒートアイランドの影響は寒候期、夜間の気温に現れやすいが、逆にいえばその影響は暖候期の日中の気温に小さくなるということである。したがって、気候変動の指標としては広く用いられる平均気温ではなく「(年または暖候期の平均の)日最高気温」を用いるのが妥当かもしれず注11)、これと日最低気温を比較することでヒートアイランドの影響を抽出しやすくなると考えられる。実際、日本でも同様な仮定の下で研究が行われ、ヒートアイランドの影響は冬の日最低気温に大きく日最高気温にはほとんど見られないことがわかっている注12),注13),注14),注15)
 過去約120年間の中国における日最高・日最低気温のデータセットを用いた最近の研究例を紹介する(図2)。Scafetta and Ouyang (2019) 注7)は、英国のイースト・アングリア大学気候研究ユニット(CRU)が開発した約100 kmの水平格子で区切られた全球地上気温データセットCRU TS4.01を用いて、1900年から2015年の中国における気温偏差のトレンドを調べた。その結果、60年間の上昇率で見ると年平均日最高気温、年平均気温、年平均日最低気温の順に高かった。寒候期と暖候期に分けると、日最高気温と日最低気温の上昇率の違いはより明瞭になる。暖候期の6ヶ月間平均日最高気温(図3c)の上昇率が6ヶ月間平均日最低気温や寒候期の6ヶ月間平均日最高気温の上昇率(図3a, bおよびd)に比べて低かった。1940–1949年の平均値から2000–2009年の平均値の上昇率は、寒候期の平均日最高気温と平均日最低気温でそれぞれ+0.72±0.01℃と+1.52±0.02℃、暖候期の平均日最高気温と平均日最低気温でそれぞれ–0.10±0.02℃と+0.66±0.03℃であった。


図2 (a) CRU TS4.01データセットを用いた1900年から2015年の中国における年平均日最高気温、(b)年平均気温および(c)年平均日最低気温の偏差の長期変化。(Scafetta and Ouyang, 2019注7)を著者が和訳)。赤線は気温上昇率の計算に用いた1945–1955年と2005–2014年を示す。


図3 [(a), (b)] CRU TS4.01データセットを用いた寒候期と[(c), (d)]暖候期の中国における [(a), (c)] 6ヶ月間平均日最高気温の偏差と[(b), (d)] 6ヶ月間平均日最低気温の偏差の長期トレンド(Scafetta and Ouyang, 2019注7)を著者が和訳)。

 Scafetta and Ouyang (2019) 注7)は、CMIP5(気候モデル相互比較研究)のシミュレーション結果を使って同様の解析を行っている。その結果に基づく年平均日最低気温の上昇率と年平均日最高気温の上昇率の差分(ΔTmin – ΔTmax)の「理論的予測値」は、+0.19℃/60年となることを示した。ここでいう「理論的予測値」とは、上述した都市バイアスを含まない場合の予測値という意味である(ただし、シミュレーションに含まれていない自然変動や雲微物理過程などの再現性には不確実性がある)。実際にCMIP5の計算結果を詳細に見てみると、図3とは異なり季節・時間帯問わず上昇率は見かけ上ほとんど変わらない(図4)。この「理論的予測値」に対して、図2から計算したΔTmin – ΔTmaxは1.20 – 0.37 =+0.83℃/60年であり、明らかに上回っている。このことから、少なくとも中国においてはCRU TS4.01の地上気温データセットに都市バイアスが含まれていると考えられる。


図4 図3と同様、ただしCMIP5気候モデル相互比較研究のシミュレーション結果(Scafetta and Ouyang, 2019注7)を著者が和訳)。

 日最高気温と日最低気温のデータを月ごとに整理することで、ヒートアイランドの影響をさらに詳細に調べることができる(図5)。CMIP5の計算結果には季節依存性は見られないのに対して(図5b)、CRU TS4.01の月平均日最高・日最低気温は大きく異なっており、ヒートアイランドの時間・季節依存性の概念的な説明(図1)とも合致する。CRU TS4.01などの全球格子データには、地点データからグリッド平均値を作成する際に「均質化処理」と呼ばれるデータ補正が行われるが注16)、この補正では都市バイアスを十分除去しきれていないということかもしれない。CRUの気温データセットに都市バイアスが含まれている可能性は、過去の中国東部や日本の研究でも指摘されている注17),注18)。真の地球温暖化量を推計するには、さらなる研究によりヒートアイランドが観測データに及ぼす影響を精確に評価しなければならない。


図5 (a) CRU TS4.01データセットと(b) CMIP5気候モデル相互比較研究による月平均日最高気温(Tmax)と月平均日最低気温(Tmin)の2000–2009年と1940–1949年の平均値の差(Scafetta and Ouyang, 2019注7)を著者が和訳)。

注1)
藤部文昭(2011)日本の気候の長期変動と都市化―2010年度日本気象学会賞受賞記念講演―,天気,58,5–18.
注2)
Oke, T.R., 1987. Boundary Layer Climates, Second edition. New York, pp. 464.
注3)
Stull, R.B., 1988. An Introduction to Boundary Layer Meteorology, Springer Science & Business Media, The Netherlands, pp. 688.
注4)
Kimura, F. and Takahashi, S. (1991) The effects of land-use and anthropogenic heating on the surface temperature in the Tokyo Metropolitan area: A numerical experiment, Atmospheric Environment, 25, 155–164.
注5)
Fujibe, F. (1994) Long-term falling trends of pressure over the Kanto Plain as evidence of increasing heat content in the lower atmosphere in the daytime of the warm season, Journal of the Meteorological Society of Japan, Ser. II, 72, 785–792.
注6)
Fujibe, F. (2003) Long-term surface wind changes in the Tokyo metropolitan area in the afternoon of sunny days in the warm season, Journal of the Meteorological Society of Japan, 81, 141–149.
注7)
Scafetta, N. and Ouyang, H. (2019) Detection of UHI bias in China climate network using Tmin and Tmax surface temperature divergence, Global and Planetary Change, 181, 102989.
注8)
堅田元喜(2020)日本の気温は、地球温暖化で何度上昇したのか?
https://ieei.or.jp/2020/10/expl201019/
注9)
気象庁(2022)日本の年平均気温偏差の経年変化(1898~2021年)
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_jpn.html
注10)
近藤純正(2020)K203.日本の地球温暖化量、再評価2020
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke203.html
注11)
McNider, R.T., Steeneveld, G.J., Holtslag, A.A.M., Pielke Sr., R.A., Mackaro, S., Mackaro, A., Walters, J., Nair, U. and Christy, J. (2012) Response and sensitivity of the nocturnal boundary layer over land to added longwave radiative forcing, Journal of Geophysical Research, 117, D14106.
注12)
野口泰生(1994)日最高・最低気温の永年変化に与える都市化の影響,天気,41,123–135.
注13)
日下博幸,西森基貴,安成哲三(1998)最高・最低気温偏差の季節性を利用した都市化に伴う気温上昇率の推定,天気,45,31–40
注14)
西森基貴,桑形恒男,石郷岡康史,村上雅則(2009)都市化の影響を考慮した近年の日本における気温変化傾向とその地域的・季節的な特性ついて,農業気象,65,221–227.
注15)
村上雅則,桑形恒男,石郷岡康史,西森 基貴(2011)農耕地モニタリング地点の選定とその気温変化傾向に関する地域的な特性,生物と気象,11,41–50.
注16)
堅田元喜(2022)20世紀前半の中国の気温も、現在と同じくらい高かった?
https://ieei.or.jp/2022/03/expl220314/
注17)
Jones, P.D., Lister, D.H., and Li, Q. (2008) Urbanization effects in large-scale temperature records, with an emphasis on China, Journal of Geophysical Research, 113, D16122.
注18)
Fujibe, F. and Ishihara, K. (2010) Possible urban bias in gridded climate temperature data over the Japan area, SOLA, 6, 61–64.