ウクライナ避難民とエネルギー安保


ジャーナリスト

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 前回、ポーランドに取材に行き、コロナに感染してしまった話を書いたが、その後無事に隔離ホテルから退所することができた。関係者の皆様には感謝申し上げたい。
 今回はポーランドで見た避難民の現状と、エネルギー安全保障に関するポーランドの姿勢について現地で取材したことを書きたい。前半は避難民の話なので、環境問題を掲載する本欄の趣旨からは外れるが、関心のある方はお読みいただきたい。

非人道的な状況続く

 私がポーランドのウクライナ国境地帯で取材したのは、ロシアによるウクライナ侵略開始から36日目の2022年4月1日。ウクライナ軍が奪還した首都キーフ(キエフ)近郊のブチャという町で、多数の民間人の遺体が発見され、ロシア軍による組織的殺戮として大きな問題となる数日前である。
 ポーランド南部の古都クラクフから、電車で4時間弱。地方都市プシェミシェルに着く。そこからさらに車で20分ほど走ると国境の小さな町メディカがある。


メディカの国境検問所に続く道:筆者撮影

 町はずれ、墓地の駐車場に車を止めて徒歩で5分ほど歩くと、テント、大型バス、臨時の屋外トイレが並び、スーツケースを持つ人々が集まっている光景が現れた。そこから徒歩で国境検問所へ向かう舗装された300メートルほどの細道が続いている。
 普段は畑の中に伸びる変哲のない道だが、侵略以来、道の両側に支援団体のテントが並び、避難民が往来し、援助関係者で込み合う一角となった。


メディカの難民支援のテント:筆者撮影

 侵略開始直後はもっと混乱していただろうが、すでに避難民流入の大波は去っていて、その細道が避難民であふれる、という状況ではなかった。とはいえ流入は続いていたし、さらに国内に戻っていくウクライナ人の流れもできていた。
 ほぼ全員が女性、子供、老人で、時たま見かける中年男性は、3人以上子供がいることなどなどの条件を満している人だった。
 気温は2、3度、冷たい雨が続く中、支援団体の人たちが、入国してくる避難民に話しかけ、相談に乗ったり、子供たちにお菓子を渡したりする姿がうかがえた。地面は舗装されているが雨でぬれていて、革靴の隙間から水がしみこみ、足の先がかじかんでくる。
 ロシアとの国境に近いウクライナ東北ハリキウ近郊からようやく脱出できたというラリーサ・シャイダマンさん(48)の家族に話を聞くと、夫(52)、義母(78)、14歳から10歳の3人の息子を連れての脱出行である。
 周りの集合住宅は、空爆などでことごとく窓ガラスが割れたが、平屋の自宅は被害を免れたという。もっと早く脱出したかったがようやく今になって出ることができた。ドイツに知り合いがいるのでそこを目指すという。
 ウクライナに帰国する家族もいた。
 リュックサックを背負う3歳の男の子の手を引いていたイリナ・ブルデニュクさん(29)はオデッサ出身で、ウクライナ国内の安全なところに友人がいるので、そこを頼りにいったん帰国する。ただ子供の教育などを考えるとEU加盟国のどこかに移住した方がいいと思っている。


ウクライナに帰国するブルデニュクさん(左から2人目):筆者撮影

 私が見ている限り、数としては帰国する人の方が多かったかもしれない。

ポーランドの連帯心

 プシェミシルの駅では、小雨が降り続く中、駅頭で避難民収容施設に向かうバスを待っていたベンジャミン・アルテム君(16)に話を聞いた。母親(54)と祖母(83)の3人で、スーツケースとバッグをそれぞれ3個、それにケージに入れた飼い猫を連れている。スーツケースを運ぶのを手伝ったのだが、ぎっしり荷物を積めたのであろう、大人の男性でも持ち運ぶのに苦労するほど重かった。


プシェミシル駅で避難民収容施設のバスを待つアルテムさん一家:筆者撮影

 自宅は南部の都市だが、危険になったため、いったんキエフ近郊の親族を頼って移動した。しかしそこも危なくなったため、スペインを目指すという。
 避難民のほとんどが、戦争が終われば故郷に戻る考えだ。ただ子供がいる家族の中には、西欧諸国に移住しようとする人たちもいる。戦争がどのような帰趨となっても復興には長い時間がかかる。教育を良い環境で受けさせたいという願いである。
 計10人位の避難民に話を聞いた。全員を紹介する余裕はないが、避難民は社会階層、家族構成、外国に身寄りがあるかどうかなど、置かれた状況は千差万別で、来た地方も向かう先も多様だった。
 ポーランドでは避難民に対し、ID証を交付し、医療などの公共サービスを受けられるようにしているので、それを目当てに両国を頻繁に往復するウクライナ人もいるという。
 もちろん全体として大変な非人道的な状況であることに変わりはない。
 受け入れがすべて滞りなく行われている、ということもないだろう。避難民に住居をあっせんするクラクフ市内のNGOが運営する施設には、人身売買に気を付けるよう注意を喚起するポスターも貼られていた。
 ただ、日本の人口規模だったら830万人に相当する避難民を、ともあれ受け入れ、一時的に保護し、第3国へ移る方途を確保したポーランドの対応は、評価に値するのではないか。
 ポーランドの挙国一致的な協力や、国際社会の支援が手厚かったことがそれを可能とした第1の要因だ。さらに両国の共通の歴史、言葉、食事、習慣の近似、通婚の多さなどが受け入れを容易にした。
 そして最も重要と思われるのは、ウクライナが戦っていることがポーランドを守ってくれているという気持ちと、次にロシアの侵略を受けるのはポーランドかもしれないという危機意識である。ウクライナの安全保障はポーランドの安全保障と不即不離の関係で、ウクライナを全力で支えねばならないという意識は多くの国民が共有しているようだった。
 避難民支援だけではない。危機のさなかポーランドの大統領と首相はそれぞれ2回ずつキーフを訪問してウクライナ支援の姿勢を明らかにしたし、武器支援にも熱心である。
 ワルシャワ、クラクフでは、公的な施設だけでなく、一般の商店などにも、至る所に水色と黄色の2色に染められたウクライナ国旗が掲げられていた。ポーランドのウクライナに対する強い連帯感が感じられる風景だった。


ワルシャワの路線バスはウクライナ国旗を掲げている:筆者撮影

政策転換求められるドイツ

 こうした避難民の取材を進めていると、このサイトの読者には申し訳ないが、深刻な人道問題が起きている時に、気候変動問題をはじめ環境問題が二の次にされてしまうのは仕方がない、と思えてくる。
 とはいえ、今回のウクライナ侵略では、エネルギー安全保障も大きな問題として問われている。後半ではその点について書きたい。
 ウクライナ侵略以前から、石油や天然ガス価格の高騰が、欧州で大きな問題となっていたことは、すでに本欄でも何回か書いた。ウクライナ侵略後は、「エネルギー安全保障」の視点が急浮上した。つまりロシアにエネルギー面で依存することのリスクがにわかに意識されたのである。
 とりわけ欧州随一の経済大国でありながら、ロシアへのエネルギー依存度が高いドイツにおいて、この問題は深刻である。これまで脱原発や脱化石燃料イデオロギーがことのほか強かったドイツでは、「エネルギー安全保障」の意識が希薄で、ロシアに依存するエネルギー需給構造を作ってしまった。
 ウクライナ侵略への制裁措置の一環として、西側主要国はロシアからのエネルギー禁輸を進めているが、依存度が高い分、ドイツは苦しい立場に追い込まれている。ロシア産の天然ガス、石油がなければ、市民生活がたちまち困窮するのみならず、産業界にも壊滅的な打撃を与えることは目に見えている。
 ドイツがロシアを主要なエネルギー調達先としてきたのは、まずそれが最も安く経済合理性があるからだ。それに加え、経済やエネルギーでの相互依存関係が深まれば、お互いに戦争に訴えることがしにくくなり平和が実現する、あるいは、経済的に豊かになればロシアの民主化が進む、という考え方もあった。
 そうした事情のもとにシュレーダー、メルケル両政権が進めてきたのが、バルト海海底に敷設し、ロシアから直接ドイツに天然ガスを供給するパイプライン「ノルトストリーム」だった。米国や東欧諸国からは、「ロシアを利するだけ」といった反対の声が強かったが、歴代のドイツ政権は、「純粋に経済的な事業。政治的な意味を持たない」という立場でこれらの批判に聞く耳を持たなかった。
 確か2014年のロシアによるクリミア併合の後だったと思うが、当時の駐日ドイツ大使が日本記者クラブで記者会見し、エネルギー安全保障に関して、「ロシアはソ連時代も、冷戦崩壊、ソ連消滅の混乱した時期もドイツへの天然ガス供給を止めたことはない。ロシアのようなモノカルチャー経済の方がぜい弱性を持っている。ロシアからの供給については心配してない」といった趣旨のことを話したと記憶する。
 欧州の大国ドイツは、ロシアと対等に渡り合えるという自信もあるのだろう。
 ただ、こうしたすべてのことが今回のウクライナ侵略によってほぼ無に帰した、と言ってよい。エネルギーでの過度な依存は、やはり受給側を脆弱な立場に追い込む。ドイツは、その外交やエネルギー政策を抜本的に転換することを余儀なくされている。

対ロシア自立の長期計画

 これと対照的なのがポーランドの取り組みである。
 ポーランドは冷戦が崩壊し、ロシア(ソ連)のくびきから脱した1990年代から、ロシアへの依存を減らし、欧州への仲間入りを外交の柱に据えて来た。2014年のロシアによるクリミア併合はそうした方針を加速させた。
 エネルギー分野でも、長期計画で対ロシア依存度低減、調達先の多角化に取り組んできた。
 ポーランドも天然ガス消費量の55%と、ほぼドイツと同じ割合をロシアに依存しているが、ワルシャワで話を聞いたポーランド国際問題研究所(PISM)のウカシュ・クレサ研究副部長(44歳)は、「すでにLNG(液化天然ガス)ターミナルが稼働しており、今年中にはノルウェーからのガスパイプラインが開通する。そうなれば天然ガスについては完全な対ロシア依存を脱却できる。確かに安価な選択肢ではないが、安全保障を考えるならば金銭だけが問題なのではない」という。


インタビューに答えるクレサ氏:筆者撮影

 LNG基地はポーランド北西部、バルト海に面したドイツとの国境の町シフィノウイシチェに建設され、2016年から中東などからのLNG輸入を開始した。
 ノルウェーからのガスパイプライン建設は、「バルティック・パイプ・プロジェクト」と呼ばれ、2015年から進められてきた。
 2021年2月に「2040年までのエネルギー政策」を策定し、ゼロ・エミッションのエネルギーへの移行として原発の建設計画も盛り込み、2033年に1基、その後2043年までにさらに5基の建設を計画している。
 こうした計画は、「欧州連合(EU)からの補助も得ながら、天然ガスを欧州市場で販売し、利益を上げようとしている」などとの批判もあったようだが、LNGターミナルを持たず、原発も今年いっぱいで廃棄方針のドイツに比して、少なくともエネルギー安全保障の観点からは賢明な姿勢を取って来たといえるのではないか。
 結果論の面は確かにあるが、ポーランドには先見の明があった。それを可能としたのは一言でいえば両国が経て来た歴史的経験の違いだろう。ポーランドは、歴史的にロシア(そしてドイツ)に幾度か征服された歴史を持っている。ドイツよりもロシアにより近い地政的な位置にあり、ロシアからの脅威の風を、まともに受ける宿命にある。
 だからポーランドの対ロシア認識は極めて厳しい。クレサ氏は「ドイツはエンゲージメント(関与)によってロシアや中国を変えることができると考えて来た。関係が深まれば権威主義国家はより民主的になると。ポーランドはその考えを一度も信じたことはない。むしろビジネスエリート、政治家を腐敗させるだけだ」と語った。