欧州エネルギー危機の正体
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「EPレポート」からの転載:2021年10月29日付)
米国の炭鉱経営者にロレックスの金時計を見せられ、「創業者の父親の形見の品だ。親父は1974年に購入したんだよ。分るよね」とニヤッとされたことがある。1974年オイルショック直後の米国は石炭ブームに沸いた。それまで青息吐息だった炭鉱は生き返った。困ったのは、日本の製鉄会社だ。豪州の原料炭は長期契約で購入していたが、米国炭はスポット契約で購入していたからだ。米国の石炭がないと良いコークスは作れないが、価格が高騰し、数カ月で数倍から10倍にもなった。
エネルギーを購入する時の契約形態は、スポット契約で市況を見ながら数量と価格を決めるか、長期契約で数量を約束し、定められた期間の価格を決めるかだが、長契でも違いがある。石炭の長契は「Take and Pay」。引き取ったら支払う。一方、天然ガスの標準長契は「Take or Pay」。引き取らなくても約束した数量分の支払いを行うのが普通だ。
オランダとドイツが、1960年代に原油価格などにリンクして天然ガス価格を決める契約を締結してからは、国際長契は原油価格リンクが普通になった。2000年代になり、欧州では長契からスポット契約に切り替える需要家が増え始めた。今、欧州向け契約の8割はスポットと言われている。
今年に入り欧州では需要回復、天候要因、風力発電量の低下が重なり、天然ガス需要量が増加した。しかし最大の輸出国ロシア、液化天然ガス供給国米国からの輸出量は増えず、天然ガス価格が急騰した。昨年第2四半期1.82ドル(百万BTU)から、今年9月には22.84ドルに達している。
米エネルギー長官などが、「ロシアの市場操作が天然ガス価格急騰の原因」と非難したが、露プーチン大統領は「ロシアは長契を全て履行している。スポット契約に切り替えたのは欧州の需要家だ。市場価格であれば、いつでも出荷する」と反論している。70年代の日本の製鉄会社と同じく需要家はスポットが有利と判断したが、裏目に出たということだ。エネルギー危機の大きな原因は、需要家の選択にあったのかもしれない。