非現実的な意見が国連気候会議(COP26)を非難合戦の場にしてしまう
テッド・ノードハウス
Executive Director of Breakthrough Institute/ キヤノングローバル戦略研究所 International Research Fellow
翻訳:キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志
この記事は原文“How We Make Real Progress on Climate Change――The upcoming UN Summit threatens to devolve into recriminations and finger-pointing if we are not realistic.”を、許可を得て翻訳掲載するものです。
筆者:ブレークスルー研究所副所長 アレックス・トレンバス
ブレークスルー研究所所長 兼 キヤノングローバル戦略研究所シニアリサーチフェロー テッド・ノードハウス
今週、世界中の外交官がグラスゴーに到着し、第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)が開催されます。この会議は、今世紀の気候変動対策を推進するために、多くの人々が期待している国連主催の年次気候変動交渉です。今回のCOPは、政財界のリーダーたちが気候変動に関する国際協定「パリ協定」を策定した2015年以来、おそらく最も注目を集めているものです。
もし各国がCOPを利用して、パリで行った現実的な排出量削減の約束を少しずつ積み重ねるとともに、技術、気候変動への適応、経済発展などの面で世界的な協力関係を強化するのであれば、このような年次会合は価値あるものになるでしょう。これに対して、もしCOPが、迫り来る大災害を回避するための大規模な行動を求める世界の気候評論家や活動家層に取り込まれてしまった場合、豊かな国と貧しい国の間で誰が大気を汚染する権利を持っているのかといった論争を巡って、人々は指をくわえて見ているような状況に陥ることは間違いありません。最終的には、COP26のリーダーたちは、抽象的な気温や排出量の目標ではなく、各国がクリーンな技術やインフラを導入するという「可能性の芸術」つまり「現実に実行可能なこと」を受け入れるべきです。
ここに至るまでの経緯を理解するためには、過去30年間の気候変動交渉の基本的な概要を知る必要があります。1990年代初頭から、国際社会は気候変動を国際条約によって効果的に解決されてきたオゾン汚染や核兵器のような問題として扱ってきました。しかし、化石燃料への依存とそれに伴う二酸化炭素の排出を減らすためには、世界のエネルギー経済全体を再構築する必要があるため、気候変動の解決ははるかに難しい問題です。
さらに複雑なのは、1994年に発効した国連気候変動枠組条約では、当初から富裕国である「附属書I国」と低開発国である「非附属書国」が区別されていたことです。この枠組みでは、過去の排出量の大半を占める富裕国が排出量を削減してから、貧困国に対策を求めることになっていました。
しかし、欧米諸国で脱工業化とアウトソーシングが進むにつれ、先進国が大規模でコストのかかる排出削減を行い、経済的に成長している競合国がそれを行わないという考え方は、政治的に受け入れられなくなりました。そのため、1990年代後半以降、非附属国、特に中国に対しても拘束力のある排出削減の約束を求める声が高まっていました。発展途上国は当然のことながらこれらの要求を拒否し、豊かな世界で享受されている富と発展のレベルに追いつくための努力を大きく妨げるコミットメントであると考えました。
20年の間、気候変動に対する国際的な取り組みは、これらの問題のために頓挫していました。しかし、2015年に開催されたパリのCOPでは、外交的なブレークスルーがありました。排出量削減計画は、国連が設定するトップダウンの気温目標ではなく、各国が設定するボトムアップの技術・インフラ計画である「国が決定する貢献(NDC)」によって行われることになったのです。パリで提案されたNDCは、温暖化を長年の国際目標である産業革命前の水準から2℃以下に抑えるために必要なものには遠く及びませんでしたが、少なくとも、25年間の交渉ではほとんど達成できなかった、何らかの形での気候変動対策に向けて世界を動かすことには成功しました。それは、抽象的で最終的には恣意的な温度目標から逆算された希望的観測ではなく、各国が実際に行う用意のあるコミットメントに基づいて、世界的な気候変動対策を行うことでした。
この新しいボトムアップのアプローチは、その限界にもかかわらず、うまくいっているように見えます。パリ以降の6年間で、各国は気候変動に対するコミットメントを着実に強化してきました。この2年間で、ほとんどの主要経済国が野心的な気候変動対策を約束しました。今や世界最大の排出国となった中国は、2060年までに排出量を正味ゼロにすることを約束しました。中国よりもはるかに貧しく、急速に成長しているインドも、クリーンエネルギーの拡大と排出量の削減に向けて意欲的な取り組みを行っています。国際エネルギー機関(IEA)が発表した新しいモデルによると、パリでの約束では、世界は3.5℃もの温暖化の軌道に乗っていましたが、その後の約束では、世界の気温は長年の目標である2℃を大きく上回ることなく安定する可能性があります。
もちろん、この種の長期的なコミットメントは、紙屑同然といえなくもありません。今日の政策決定者は、将来の政策決定者の行動を制約することはできないし、経済的、地政学的、技術的なあらゆる障害を克服することは困難だからです。しかし、クリーンなエネルギー、農業、輸送技術を普及させるための国家プログラムは、気候変動対策には欠かせないものであり、今日の政策立案者が野心的な気候変動対策の約束をする準備ができていることは、それを達成する能力に対する自信が高まっていることを示しています。
残念なことに、各国の排出削減義務とトップダウンの温度目標を切り離したことは、意図しない副作用をもたらしました。世界的な目標を各国の政策に結びつけるような法的拘束力のある枠組みがないまま、パリの代表者たちは事実上、ゴールポストを産業レベルの2℃から1.5℃に変更しました。世界の平均気温はすでに産業革命前の水準を1.1℃上回っていること、地球の大部分が欧米の生活水準に比べてまだ貧しいこと、排出量の多い活動に代わる技術が存在したとしても、せいぜい初期段階であり経済的でないことなどを考えると、これは非現実的な基準といえます。とはいえ、1.5度目標は世界の気候変動に関する議論の大半を占めており、欧米の政治家たちはますますこの目標に従うようになっています。
グラスゴーの会議に出席する世界の指導者たちは、気温を1.5℃で安定させるという新たな要求によって、パリ協定が緩和を意図していた途上国と先進国の間の対立と麻痺を再現しました。中国とインドはともに、1.5℃目標に抵抗しています。7月に開催されたG20では、グラスゴーに先んじて決定的と見られていた共通公約への署名を拒否しました。同月、インドは気候変動に関する重要な交渉の場に参加しないことが目立ちました。中国の習近平国家主席は、今回のCOPを欠席する見込みです。
活動家、ジャーナリスト、そして多くの政治家の間では、段階的な行動よりも劇的な姿勢が好まれており、グラスゴーで開催される世界の首脳会議に向けて大きな影響を与えています。先週、中国やインドなどの主要新興国グループは、2050年までにすべての国がネットゼロを達成することを求める欧米のリーダーたちの要求を「反古であり、気候正義に反する」と批判しました。このように、COP前夜の会議には、混乱と非難合戦に陥りかけた雰囲気が漂っています。
対照的に、パリ以降、ゆっくりと、しかし着実に野心を高めていくことで、成功が成功を生み、各国が互いの成果から学び、技術コストの低下や技術・開発へのコミットメントの共有が、ゼロサム的な地政学的計算に取って代わるという好循環が生まれます。
このようなアプローチは、気候変動活動家を鼓舞するものではありませんし、1.5℃の目標に適合する排出量の軌道に乗せることができないのは確かです。しかし、究極的には、気候変動は閾値ではなく程度の問題です。温暖化が10分の1度進むごとに、人間と人間以外の幸福に対するリスクが大きくなるのと同様に、温暖化が10分の1度回避されるごとに、祝福すべき進歩があるのです。2015年のパリでは、気候変動交渉担当者たちがようやくこの本質的な真実を理解したように見えました。今日、彼らが後退していることは明らかです。このままではグラスゴーでの迫り来る外交的惨事を回避することはできそうにありません。しかし、今後数年、数十年の間に、政策立案者、環境保護主義者、気候変動の支持者たちは、気候変動交渉、そして最終的には気候変動対策に向けて、より現実的で有望なアプローチに立ち返ることが賢明でしょう。