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COP26はパリ協定の「終わりの始まり」にならないか?


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)


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 COP26の主催国である英国のジョンソン首相は、9月末にイタリアで開催された環境問題に関する会合の場で、10月31日から始まるCOP26に向けて、石炭、自動車、資金、森林の4分野の変革を国際社会に求めると強調し、COP26を気候変動問題の「終わりの始まり」とするように呼びかけた注1) 。COP26に向けては、議長国の英国のみならず、EUや米国バイデン政権が、G20主要国だけでなく主要な途上国を含む各国に2050年のカーボンニュートラル、2030年までのCO2排出大幅削減といった野心的な目標を掲げるように働きかけており、まさに「気候変動問題の終わりの始まり」の契機とすべく政治的な圧力を強化している。2007年以来、毎年このCOPの会議に参加し、交渉プロセスを観察してきた筆者の目には、確かにCOP26は「終わりの始まり」の契機となる気配が強まっているように見受けられる。しかし、それは「気候変動問題の終わりの始まり」ではなく、「パリ協定の終わりの始まり」という意味において、である。

 去る7月23日、我が国からも小泉環境大臣、長坂経済産業副大臣、鷲尾外務副大臣(いずれも当時)が参加してイタリアのナポリでG20のエネルギー・気候大臣会合が開催された。しかしそこでは共同声明のとりまとめの議論が紛糾し、会期中に各国の合意が取り付けられず、異例の2日遅れとなる7月25日になってコミュニケ(合意文書)が発表された。

 各国の立場が割れたのは、先進国が集うG7サミットでの気候変動対策加速・強化の流れを受けて欧米が強く求めた、気温上昇を産業革命以前から1.5℃未満に抑える目標の共有の是非と、そのために2050年までに脱炭素を目指す長期削減目標へのコミットの可否、ならびに石炭火力発電の段階的廃止や、化石燃料に対する補助金の段階的廃止の是非といった問題だったとされている。報道によれば、気温上昇幅について欧米が1.5℃に抑えることで合意すべきと主張したのに対して、インド、ロシア、中国など5か国(G20なので構成国の4分の1)が反対し、化石燃料への補助金や石炭火力を2025年までに段階的に廃止するという議長国案に対しても、強く反対する国が複数出て合意できず、これらの項目については10月末のG20首脳会議に持ち越された。

 最終的に合意され、2日遅れで公表された合意文書注2) を見ると、前者は「我々は世界の平均気温の上昇を産業革命以前から2℃以内に抑えること、ならびに1.5℃を超えないよう努力する(pursue efforts)という集団コミットメントを想起(recall)する」と書かれており(第6パラグラフ)、これはパリ協定の第2条に書かれている協定の目標を再確認しているにすぎない。後者は「無駄な消費を奨励する非効率な化石燃料への補助金を縮小することが、有害なインセンティブを改革し、資金の流れをパリ協定に整合させるカギとなる政策の1つであることを認識(noting)する」(第38パラグラフ)とあり、何ら約束するものでもなく、ましてや石炭火力に関してはなんら言及されていない。一方で合意文書の第24パラグラフでは「化石燃料が依然としてエネルギーミックスの中で重要な役割(significant role)を果たしていることを鑑み、国情に応じてCCUS/カーボンリサイクルやその他削減のための関連技術を含む先進的なクリーン技術に投資し、ファイナンスする必要性を認識する」と書かれており、化石燃料の継続使用の必要性と、そのクリーンで効率的な使用にむけた投資の必要性に合意しているのである。

 これは昨今、欧米先進国の論調に見られる、化石燃料使用の全否定の動きとは一線を画したものと見ることができる。世界の一次エネルギー消費の8割以上が依然として化石燃料によって賄われているという現実の中で注3) 、経済発展に伴い拡大する国内のエネルギー需要を満たしていかなければいけない新興国や、そうした化石燃料開発に国内経済が依存している国があるという現実を考えると、10年といった短期間を決めて石炭などの化石燃料へのアクセスを制限するというような政策に、コミットすることができない国々の立場があることは当然のものと思われる。

 そもそもパリ協定は、190か国余りが賛同した包括的な気候変動対策の枠組みであるが、それは微妙なバランスの上にギリギリの妥協で合意されたガラス細工のような国際協定なのである。筆者自身は2015年12月、COP21でパリ協定が合意された場に実際に立ち会ったのだが、交渉では途上国と先進国の間で立場の違いが先鋭化し、合意に向けての交渉テキストは何度も修正され、様々な項目の規定について各国の義務とするか努力目標とするかで二転三転した挙句、最後の合意テキストの重要な論点についても、一部反対する国がいる中で、事務局が土壇場になって口頭で聞き取れないような速さで最終修正文案を読み上げて、すかさず議長が裁決のハンマーを下ろして合意を宣言するという、強行採決まがいのプロセスでギリギリ合意されたというのが実情である注4) 。当時米国務長官としてこのパリ協定裁決プロセスの当事者であった米国のケリー気候変動特使(現)は、パリ協定が先進国、途上国の間の微妙なバランスの上に成り立っていることを熟知しているはずである。パリ協定の各規定の条文は、そうした背景を前提に慎重に読む必要があるのだが、昨今EUなどが主張する、パリ協定に整合するとされる「1.5℃目標」は、実際の協定条文の中では、上述のG20合意文書で再渇されているように、各国の努力目標に過ぎず、実際に合意されているのは2050年カーボンニュートラルを意味しない「2℃目標」なのである。合意プロセスの実情を踏まえてより正確に言えば、2015年の世界は1.5℃目標をコミットすることに合意できなかったために、パリ協定でそれは努力目標にとどまっているのである。

 さらに重要なポイントは、パリ協定の運用の基本的な枠組みは、各国が国情や能力に合わせて自主的に温暖化対策(Nationally Determined Contribution :NDC)を掲げ、これを国連に登録し、進捗を相互に報告・検証するという、いわゆる「プレッジ・アンド・レビュー方式」となっているということである。その背景にあるのは、パリ協定の前身の気候変動対策の国際枠組みであった「京都議定書」が、先進国と市場経済移行国に対してのみ、交渉によりトップダウンで排出削減目標を義務的に課し、各国は削減義務達成のための対策を進め、未達の場合は制裁が課されるという、いわゆる「トップダウン方式」だったのだが、それが機能しなくなったという現実があった。京都議定書が合意された97年当時、世界の温室効果ガス排出の約6割を占めていたのが先進国であるが、その後途上国、特に中国などの新興国が経済成長を続け、さらには当時排出量世界トップだった米国が京都議定書から離脱したこともあり、2010年時点でEU、日本など京都議定書の削減義務を負う国の排出シェアが25%にまで落ちてしまい、その有効性が喪失してしまったのである。中国をはじめとした新興国等の経済発展に伴い、途上国の排出の比重が高まる中で、地球規模の温暖化対策に実効性をもたせるには、途上国による削減へのコミットが必須との認識が共有され、京都議定書に代わる、途上国を含んだ世界全体が参加する対策の枠組みが模索されたのである。

 しかし一方で、そもそも気候変動対策の大枠を規定する国連の「気候変動枠組み条約」(94年発効)では、先進国と途上国の扱いの差異化が明文化されており、「すべての締約国は各国の異なる事情に照らした共通だが差異ある責任及び各国の能力を考慮する」という、いわゆる「CBDR原則」が打ち立てられている。その中で途上国に対して京都議定書のようにトップダウンで削減義務を課すということは、国際政治の実態として不可能だったのである。結果として採用されたのが、目標の設定や対策の強度を各国が自主的に設定し、その進捗を報告して相互チェックするという、「プレッジ・アンド・レビュー」方式のパリ協定だったのである。

 パリ協定合意の前提条件として、この各国の国情に照らした「自主的な」目標設定と対策の実施という原則がある中で、昨今の欧州を中心とする温暖化対策急進主義の風潮(G7サミットでは先進国が軒並み1.5℃目標に即した50年ゼロカーボンと30年半減目標を宣言している)が、インドや中国など主要な新興国、途上国も参加しているG20閣僚会合の場に持ち込まれ、欧米から途上国メンバーに対して、パリ協定では努力目標に留まる1.5℃目標を掲げ、それに即した急激な石炭使用の制限にコミットすることを求められたのである。結果的に7月の閣僚会議の合意文書を詳しく見ると、それはまったく受け入れられず、パリ協定の合意内容から一歩も踏みだせなかったというのが実態である。

 同時にパリ協定では、途上国の温暖化対策支援のために、先進国が資金支援をすることが規定されており、具体的にはパリ協定と同時に合意されたCOP21決定において、「2025年のCOPまでに年間1000億ドルを下限として先進国資金を動員すること」がコミットされており注5) 、この資金協力が途上国にとって、自らも削減努力を行うことになるパリ協定を批准するにあたっての強いインセンティブになっていたのだが、この約束はトランプ政権のパリ協定離脱の4年間の影響もあり、限定的にしか進んでおらず、さらにコロナ対策で先進各国が歴史的な財政赤字を抱え込む中、コミット達成の目途は立っていない。

 さらに気候変動対策で世界をリードすると自負するEUは、本年7月に発表した2050年に向けての欧州グリーンディール政策パッケージの中で、温暖化対策が緩い国からの輸入品に実質的な関税をかけるという国境調整措置を導入する方針を打ち出している注6) 。途上国から見れば、これは欧州による保護貿易措置、ないしは貿易を人質にした環境対策強化の強要のように映っているだろう。

 つまり昨今の欧米が主導する1.5度目標、2050年カーボンニュートラルに向けたG7先進諸国の動きと、それを受けてのG20における途上国に対策強化を迫る動きは、途上国の側から見ると、パリ協定で合意した内容を大きく逸脱して途上国に気候変動対策の強化を迫り、受け入れなければ貿易制限をかけると脅しながら、パリ協定で先進国が約束したはずの大規模な資金支援は目途が立たないという、先進国の約束違反ともとられかねない動きであり、欧米先進国への不信感を生むような行動なのである。

 国連の中では、ただでさえコロナワクチンの配分を巡って、先進国が自国優先でワクチン供給の囲い込みをしているため、途上国に十分なワクチンが回らないという批判が出ている中、気候変動問題でも欧米先進国が、昨今のような気候変動至上主義的なアプローチを無理に続ければ、早晩パリ協定が立脚している微妙なバランスは崩れはじめ、途上国の強い反発を生むことになり、場合によっては脱落する国や、脱落しないまでもサボタージュする国が出てくるかもしれない。COP26に向けて、先進国の圧力に屈して2050年カーボンニュートラル宣言をする国も出てくるかもしれないが、実際にそれを行動に移すとは限らず、それには先ずカネが必要だと、先進国に責任を転嫁してくることも考えられる。そうなると世界全体で気候変動問題に共同して立ち向かうという、せっかく立ち上がった国際協調の枠組み「パリ協定」自体が機能不全を起こし、結果的に欧米が求める世界全体での気候変動対策推進に逆行する流れとなりかねない。欧米先進国が突出して厳しい温暖化対策や化石燃料使用制限を進める一方で、新興国をはじめとした途上国が対策にコミットせず、サボタージュするような事態になれば、温室効果ガス濃度の上昇を抑制する効果はもたらされず、そうした実態が明らかになるにつれ、先進国の国民の間でも何のための対策か?といった国内的な反発も起きてくる可能性もある。

 バイデン政権の誕生とイギリス、グラスゴーでのCOP26 開催という国際政治環境の中で、急速に盛り上がっている脱炭素へのトレンドは、あまりにも短兵急な動きであるがゆえに、代替するゼロカーボンエネルギーや技術は十分に揃っていない中、化石燃料を否定する風潮から資源開発やインフラ強化の投資が抑制され、世界のエネルギーの8割を供給する化石エネルギーの急激な供給不足の一因となり、世界全体で様々な副作用をもたらし始めている兆候すら見え始めている。「急いてはことを仕損じる」というが、欧米の主導により国際政治の世界で盛り上がりを見せるCOP26は、せっかく世界190か国が合意し、ようやくその実施期間に入ったばかりの「パリ協定」の「終わりの始まり」となるのかもしれない。

注1)
https://mainichi.jp/articles/20211001/k00/00m/030/332000c
注2)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100216944.pdf
注3)
エネルギー白書2020年 P170
注4)
パリ協定第4条4項には、先進国と途上国の削減対策履行(先進国は排出量削減目標、途上国は削減努力)について、最終ドラフト段階で途上国の強い要求により、途上国が努力目標(should)であるのに対して、先進国のみ削減義務を負う(shall)ことが規定されていたのだが、国内の政治情勢から義務的な規定にコミットできない米国が、裁決直前の土壇場で義務(shall)から努力(should)に書き換えたのだが、これは事務局から「ドラフト文書にタイプミスがあったので修正する」との説明の中で、どさくさにまぎれて修正され、間髪を入れずに採決された。Shall からShouldへの変更は条約文書としては本質的な書き換えなのであるが、その場でそれを認識した人は少なかっただろう。
注5)
Adoption of the Paris Agreement, FCCC/CP/2015/L.9/Rev.1, 54.
注6)
Proposal for the Regulation of the European Parliament and of the Council, establishing a carbon border adjustment mechanism, 14.7.2021