米国バイデン政権における原子力発電所支援策
前田 一郎
環境政策アナリスト
米国各州で脱炭素目標のための原子力発電への支援が進んでいる。9月にはイリノイ州で2050年までにクリーンエネルギー100%とする州法が通過し、既設原子力発電への支援が盛り込まれた。9月にペンシルバニア州では2005年比2050年温室効果ガスを80%削減する「気候行動プラン」が発表され、実行計画では、2050年炭素フリー発電のため州内の8原子力発電所すべての運転継続が必要とされた。10月、ノースカロライナ州でも2050年電力ネットゼロ達成を目指す法律が通過し、電力会社は既設原子力発電所を可能な限り長期運転させることにした。こうした各州の動きに対して連邦議会でも通過したばかりの「インフラ投資法案」にも閉鎖の危機にある原子力発電所への支援が盛り込まれている。こうした米国の動きについて触れる。
イリノイ州原子力支援政策
9月15日、イリノイ州で州内原子力支援策を盛り込んだ州法が議会を通過した。その直後、州内のバイロン発電所とドレスデン発電所を所有しているエクセロン社は閉鎖予定だった両発電所の運転を継続するため燃料交換をすることを発表した。ドレスデン発電所は11月閉鎖の予定であった。この法律の最初のステップはイリノイ州電力局が炭素削減クレジット購入計画を策定したことであった。この計画はイリノイ州商業委員会に提出されてからレビューを受け、承認されることになっている。イリノイ電力局は州の電力政策と計画を担当する組織であり、長期のクリーンエネルギー調達計画も担当する。同州商業委員会はいくつかの機能の中のひとつとして州の電力規制の責任を有している。同法が施行されたことから、エクセロン社は9月29日バイロンおよびドレスデン両発電所に対して3億ドル以上の資金を今後5年にわたって注入し、650人の雇用を確保することを発表、バイロン発電所には1億4000万ドルを投入し発電機の整備、主要変圧器などの取替、制御系のアップグレードなどを行うこととした。これは次回定検中に実施される予定である。さらに1億7000万ドルを使いドレスデン発電所の蒸気発生器のアップグレード、主要発電機の整備などを実施する予定である。なお、エクセロン社は同州でブレイドウッド発電所も所有するが、自らの追加出資はコミットしておらず州の支援が行われるものと期待している。
ノースカロライナ州気候関連法
ノースカロライナ州では10月13日同州の電力部門から排出されるCO2を2030年に2005年比70%削減し、2050年には電力ネットゼロ達成を目指すクリーンエネルギー法にロイ・クーパー知事が署名した。これに基づき、ノースカロライナ州公共事業委員会が2022年末までに実施プランを策定することになっている。「クリーン電源」には原子力が含まれ、ノースカロライナ州にはブランズウィック、ハリス、マクガイアーの3発電所がある。これらの発電所の所有者であるデューク社は、現在原子力は同社の非化石電源の80%を担っており可能な限り長く原子力発電所の運転を継続する意向であることを明らかにしている。すでにデューク社は、サウスカロライナ州の同社所有のオコニー発電所について80年運転へのライセンス再更新申請を行っている。
2021年ペンシルバニア州気候プラン
9月、ペンシルバニア州政府は同州の温室効果ガスを2050年に2005年比80%削減するための18の主要政策を盛り込んだ2021年気候行動プランを発表した。そのひとつには少なくとも2050年まで州内の原子力発電所を維持することが含まれている。ペンシルバニア州は全米でも2番目に原子力に依存する州であり、2017年には原子力が電源構成の39%を占めている。2050年に8基の原子力プラントを維持するため、すべての州内原子力発電所が80年間の運転をすることを想定している。
原子力規制委員会のライセンス再更新申請レビュー
原子力規制委員会(NRC)は現在60以上のでライセンス再更新申請を受け付け、レビュー中である。NRCは再更新申請レビューに際して原子力発電所の長寿命化がもたらす影響に関する評価を行ってきており、2017年、NUREG-2192およびNUREG-2191として発表されている。これらに基づきNRCはフロリダパワー&ライト社のターキーポイント(フロリダ州)、エクセロン社のピーチボトム(ペンシルバニア州)、ドミニオン社のサーリー(バージニア州)の発電所の計6基のライセンス再更新申請を認めている。NRCはさらにドミニオン社のノースアンナ(バージニア州)、ネクストエラ社のポイントビーチ(ウィスコンシン州)、デューク社のオコニー(サウスカロライナ州)、フロリダパワー&ライト社のセントルーシー(フロリダ州)発電所の計9基のレビューを進めている。上記のうちノースアンナが2022年4月、ポイントビーチが2022年7月までに、オコニーが2023年1月までに、セントルーシーが2023年7月までにレビューが終了する予定である。
連邦議会および政府の動向
超党派で提出された「インフラ投資法」案は上院で可決した後、下院で審議が続いていたが、11月5日可決した。結果1.2兆ドル規模のインフラ投資が今後5年間にかけて行われる。同法案には経済的な理由で閉鎖の危機に陥っている原子力発電所を救済するため2022年から2026年の間60億ドルを補助するというプログラムも入っている。インフラ投資法案については最終局面で民主党内で対立が続いていたが、バイデン政権の国内政策の柱のひとつが議会を通過することができた。また予算調整法の民主党案は対象となる原子力発電所からの発電kWh当たり0.3セントと追加1.5セントの生産税控除を盛り込んでいる。
エネルギー省(DOE)の注目すべき案件としては水素製造のために原子力を活用するプロジェクトがDOEの資金により複数進行中であるが、10月7日DOEは、原子力による水素製造を実証するプロジェクトとしてPNWハイドロジェンLLCに対して2000万ドルを提供すると発表した。同社はアリゾナ州のAPS社所有のパロベルデ原子力発電所の電力から水素を製造することにより、将来の大規模な水素生産を実証することを目的としている。PNWハイドロジェン社にはアイダホ国立研究所、国立再生可能エネルギー研究所、米国EPRI(電力研究所)、エクセルエナジー社が協力している。クリーン水素生産のためのH2@スケールビジョンのもとにDOE水素・燃料電池技術室が1200万ドル、原子力局が800万ドルを分担する。これにより「クリーン」な電力で生産された水素の価格を10年で80%引き下げ、㎏あたりのコストを1ドルとするバイデン政権の目標を支援することとしている。
この動きに呼応してエクセロン社は8月DOEからの資金受領予定を発表した。ニューヨーク州の同社のナインマイルポイント原子力発電所においてネル・ハイドロジェン社、アルゴンヌ国立研究所、アイダホ国立研究所、国立再生可能エネルギー研究所と協力して水素生産、貯蔵、使用の統合実証試験を2022年から実施する予定である。
上記のように州レベルでの脱炭素目標設定に絡め既設原子力発電所を活用する動きに加え、連邦議会でもインフラ法案に既設原子力発電所の支援を盛り込んでおり、僅差にある与党民主党と野党共和党のコンセンサスに至ったのは特筆に値する。また上記の一連の動きの背景には、所有原子力発電所の経済的な理由で閉鎖を間近にしていた事業者の州への働きかけがあった。特にイリノイ州の政治家はエクセロン社をただ自らの利益のために活動をしているだけとは見ず、州内の地元の人たちとの共存共栄を図ってきたきとを評価していることを指摘しておきたい。
- 出典:
- 6月8日付けロイター記事
- 10月7日付けエネルギー省発表資料
- 11月6日付けCNNニュース
- 国際技術貿易アソシエイツ