ビル・ゲイツが電子レンジと航空用燃料を比較した理由


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「エネルギーレビュー」からの転載:2021年9月号)

 ネットで広がったコロナ陰謀論で名前があがったり、離婚が報じられたりしたビル・ゲイツ氏だが、彼が温暖化問題にも深い関心を持つことは、陰謀論とか離婚に比べると報じられることが少ない。ゲイツ氏はファンドを設立し非炭素電源である原子力あるいは再生可能エネルギーの新技術に投資を行っているが、その一方ワシントンの議員を訪問し原子力予算への協力を要請するなど政治への働きかけも行っている。

 ゲイツ氏は、最近のブログで「CO2排出がない航空用クリーン燃料は電子レンジのようになる必要がある」と書き込んでいる。大きく値下がりした電子レンジと同様に、航空用のクリーン燃料の価格引き下げが必要との主張だ。一九五五年に電子レンジが売り出された時、今の価格で12,000ドルしたが、今では量販店で50ドルで販売されている。

 多くの企業が製造に参入しイノベーションが起こり価格が下がると、さらに多くの消費者が購入するようになる。結果、企業の参入が続きイノベーションが起こる好循環になる。ゲイツ氏は、同様のことが太陽光パネルでは起きたが、他の多くのエネルギー関連製品では起きていないと指摘し、投資を行うため設立したファンド、ブレークスルー・エナジー・キャタリストが欧州委員会、欧州投資銀行と共に10億ドルの資金を用意し、価格引き下げの先鞭をつけるため次の四分野に投資することを明らかにしている。①長時間利用可能な大容量バッテリー、②持続可能な航空燃料(SAF)、③空気中のCO2の直接吸収、④競争力のある製造時にCO2を排出しない水素。

 SAFとしては、食物、飼料と競合しない廃油などの廃棄物から製造されるバイオ燃料、水素とCO2から製造されるE-燃料があげられる。どこかの空港にSAFの製造拠点が作られれば、利用が始まり製造が他の空港でも行われることになり、好循環で価格が下落する、とゲイツ氏は期待している。

 SAFが注目を浴びるのは、航空部門からの削減策として最も現実的と考えられるからだ。航空機に蓄電池を掲載するのは今の電池性能では不可能だ。また、水素利用の燃料電池航空機は小型機の試験飛行が行われた段階で、商業化にはまだ時間がかかることになる。ゲイツ氏と共に投資を行う欧州委員会は7月14日、2030年に1990年比温室効果ガスを55%削減するための法案を提出した。その中に航空機用燃料使用に関する新法案も含まれている。

 欧州議会と理事会の採択には二年程度必要とされることから実現には紆余曲折がありそうだが、法案ではSAF使用比率として、2025年2%、30年5%、50年63%が要求されている。その中にバイオ由来ではない合成燃料、E-燃料も含まれている。燃料価格の大きな引き下げがなければ、将来の航空運賃が大きく値上がりすることになるので、技術開発は必須だ。

 E-燃料は、水素と回収されたCO2から製造される液体燃料だが、その製造に使用するCO2が化石燃料の燃焼時排出され回収したものであれば、E-燃料の使用により大気中のCO2は増えてしまう。ゲイツ氏が、4分野の一つとして挙げている大気中からCO2を回収し利用すれば大気中のCO2の増加はない。E-燃料製造には、これも必須の技術になる。

 欧州は将来の航空業界の姿を考え、投資を行っているようだが、日本の官民からは具体的な投資の話があまり聞こえて来ない。将来、技術あるいは燃料を他国から輸入することが必要になると、日本の輸送コストは相対的に高くなり、企業も競争力を失うことになる。日本では2030年の電源構成の議論ばかり目につくが、本来市場にまかせるべき電源構成よりも、官民で主導できる将来技術を見極めることが重要ではないのだろうか。ゲイツ氏に知恵を借りるほうが良いかもしれない。