ノーベル物理学賞受賞:真鍋叔郎先生は真の”サイエンティスト”


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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(「2021年10月7日付」より転載:Daily WiLL Online)

Daily WiLL Onlineより転載:2021年10月7日付)

プリンストン大学上席研究員の真鍋叔郎さんがノーベル物理学賞を受賞した。90才での受賞は日本人(現在真鍋さんはアメリカ国籍)最高齢となる。ご本人すら「驚いた」という今回の受賞なので、日本の多くの方は真鍋さんの実績や研究を知らないことであろう。それでは、果たして真鍋さんとはどのような方で、どのような研究をされてきたのであろうか。真鍋さんと親交があった気候学および気象学専門家の田中博筑波大学教授にDaily WiLL Onlineでおなじみの杉山大志氏が聞いた。


真鍋先生(左)と田中博先生
via 田中先生ご提供

杉山:田中先生は、真鍋先生と親しくされていたそうですね。

田中:米国の日本人地球科学コミュニティーで親交がありました。ノーベル物理学賞に地球科学は選ばれないだろうと思っていただけに、喜ばしい事です。
 私がアラスカ大に勤務していた時(1988-1991)には、真鍋先生が地球物理学研究所(赤祖父 俊一所長)の大気分野の評価パネルメンバーを務めておられました。

杉山:真鍋先生はどのような方なのですか。

田中:大変お世話になり、ニュージャージーの自宅に招待されたこともありました。「考えよ」という文字が先生の机の上に置いてあった事を思い出します。
 真鍋先生は筋金入りのサイエンティストであり、ポリティクスに捻じ曲げられることを大変嫌っていました。気象学における真理探究を常に考えておられました。

杉山:この写真(写真下)は何時のものですか。

田中:1995年につくばで開催された極域気候変動に関する和達国際会議の写真です。わたしが実行委員長でした。集合写真の中央に真鍋先生と赤祖父先生が見えます。パーティで対面している(写真上)のは真鍋先生とわたしです。


前列中央に真鍋先生と赤祖父俊一先生の姿が見える
via 田中先生ご提供

意見が違っても敵対はしない”真の”科学者魂

杉山:どうして真鍋先生はアメリカにおられるのですか。

田中:じつは1997年から2001年まで先生は日本の海洋科学技術センター(当時・現JAMSTEC)に在職されましたが、サイエンスよりポリティクスを優先する同センターの理事と意見が合わず、プリンストンに戻られました。この時は私もJAMSTECで地球フロンティアの研究員を兼業で務めていました。

杉山:皆様(真鍋先生、赤祖父先生、田中先生)の地球温暖化についての考え方は?

田中:じつはその頃までは、私も赤祖父先生も、「地球温暖化は大変だ。温暖化が最も顕著な極域の研究をしなければいけない。極域気候変動に研究費がもっと必要だ」と主張していました。
 しかしその後の研究の進展により、「地球温暖化においては北極振動(※)などの自然変動が人為起源と同等またはそれ以上に重要な寄与をしている」という主張に代わり、今日に至っています。赤祖父先生とわたしは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)とは異なる見方のサイエンスを主張したわけで、科学としてはごく普通の論争なのです。ところがポリティクスに巻き込まれ、温暖化懐疑論者とレッテルを張られて、その代表格とされてしまいました。
 ただしその一方で、真鍋先生は、わたしや赤祖父先生のような考え方も科学的にはありうるという立場であり、わたしたちに敵対的ということは一切ありませんでした。

北極振動:北極と北半球中緯度地域の気圧が相反して変動する現象のことで、この振動の幅が大きくなると、北半球の高緯度・中緯度地域で寒波やそれに伴う大雪、異常高温が起きる。

≪放射対流平衡モデル≫とは

杉山:真鍋先生の業績について教えてください。

田中:真鍋先生の1964年の放射対流平衡モデルは気象学のブレークスルーと言える画期的論文です。気温減率(注:高度に伴って気温がどの程度減少するか)を1000メートルあたり6.5℃で一定と仮定したことは、当時としては妥当でした。ただし後で話しますが、これはその後、改良されるべき仮定でした。
 この放射対流平衡モデルに基礎を置く1967年のCO2倍増数値実験では、気温が2.36℃上昇することを提示しました。これが地球温暖化研究のルーツとなり、今日の気候変動に関する多くの研究の礎を構築したことから、今回の受賞に繋がりました。この気温上昇の推計は、今日でも基本的なところは全く変わっていません。

 先の気温減率の仮定の話についてお話します。温室効果で地表近くが温まるとして、気温減率を6.5℃/1000mで一定と仮定すれば、大気の上層も温まります。じつはここは後続の研究で改善されるべき点でしたが、ほとんどすべての気候モデルは真鍋先生の放射対流平衡モデルにある対流調節にならって構築されたので、今日にも引き継がれている共通の遺伝子のようにして特徴が残っています。
 ただし、この計算方法には問題なしとしません。この計算方法だと地上の気温も対流圏(注:大気下層10km程度の層)の気温も急激な上昇を示します。しかし衛星による観測では対流圏気温は緩やかにしか上昇しませんので、モデルと観測で一致しません。これは気候モデルの共通の課題になっています。

杉山:真鍋先生は政治的な発言はされているのですか。

田中:真鍋先生はCO2が増えれば気温が上昇するだろう、とサイエンスを語っています。しかしその一方で、「気温が上昇すると人類は絶滅する」、といったような過激な主張はしていません。私の知る限り、真鍋先生は一貫してサイエンスを追求する尊敬すべき研究者です。

杉山:異論に対しても敵対はせず、そして政治的な主張よりあくまで科学を追求される方なのですね。田中先生、貴重なお話をありがとうございました。


田中 博(たなか ひろし/筑波大学教授)
1988年、米国ミズリー大学コロンビア校卒業。1988年、アラスカ大学地球物理学研究所助教。1991年、筑波大学地球科学系講師、2001年、助教授、2005年、生命環境科学研究科教授などを経て現職。現在、筑波大学計算科学研究センター・教授・Ph.D.。
専攻は気象学・大気科学。
杉山 大志(すぎやま たいし/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。産経新聞・『正論』レギュラー寄稿者。著書に『脱炭素は嘘だらけ』(産経新聞出版)、『地球温暖化のファクトフルネス』『脱炭素のファクトフルネス』(共にアマゾン他)等。