燃料電池列車の開発動向
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
2018年10月19日に本コラムで紹介したのが、世界で初めてドイツの商用路線に燃料電池を動力源とする列車が走り出した、ということだった。これも含めて3回に亘って日本も含めた燃料電池列車の開発動向を紹介したのだが、それから3年が経ち、その開発実用化がどのように展開しているかを調べて見た。
2018年9月16日に、ドイツの輸送関連担当大臣も出席した祝典行事の後、通常路線を世界で最初の燃料電池列車が、実際に旅客を乗せて走り始めた。その列車は、ドイツのSaltzgitterに列車製造工場を持つフランスのAlstom社が作ったCoradia-iLintで、ニーダーザクセン州ハノーバー近郊の100kmの距離を走る地域鉄道路線に導入されたものだ。全体で12編成の列車の内2編成がこの燃料電池列車になり、実証運転も兼ねて2020年5月まで走行させて問題がないことを確認し、現在では12編成全てが燃料電池旅客列車になっている。水素一充填で1,000km走れるとのことだ。ドイツの他の州でも導入が推進されている。
欧州諸国の中で、鉄道路線の電化が完了しているのはスイスだけで、他の国の未電化路線にはディーゼルエンジン駆動の列車、機関車が走っている。2020年の数字だが、ドイツの鉄道電化率は55%。欧州で電化率が高いのは、ベルギーの86,1%、スエーデンの75.3%などで、低いのは、英国の34%。低い電化率の英国は、カーボンニュートラル実現に向けて、2040年までに100%にすることを求められている。ちなみに、日本の鉄道電化率は67%ほど。
鉄道路線の電化には、電力供給のための架線の設置や変電所の増設が必要となり、膨大なコストと時間が必要となる。燃料電池列車を走行させるようにすれば、列車の製造コストが若干高くなるのと水素充填設備の設置が課題となるが、順次利用路線を拡大することができる。現在走行中のディーゼル列車を燃料電池列車に切り替えれば、ディーゼルエンジンからの騒音は大きく低下し、地球温暖化の要因となる炭酸ガスの排出はゼロとなる。
ドイツに続いてオーストリアがAlstom社のものを導入することを決定し、同社はテストに向けて27編成の製造に着手した。そして、2020年11月にAlstom社はオーストリアの4路線で、3ヶ月のテスト走行に成功したとプレス発表している。フランスも2022年迄に走行させる計画のようだ。ポーランド、オランダ、スペイン、イタリア、スエーデンなども導入を決定している。英国では、2050年カーボンニュートラル達成に向けた対応策として、バーミンガム大学と鉄道事業者であるPorterbrook社が協同して燃料電池列車を開発し、イングランドでテスト走行に入っている。
このような欧州における燃料電池列車導入の動きに対応して、トヨタモーター・ヨーロッパが、従来型電車に燃料電池を組み込む契約を、同社もメンバーであるFCH2RAILコンソーシアムと今年の4月に結んでいる。これは、電化路線と非電化路線両方を走行できるハイブリッド型の非ディーゼル列車を作ろうとする構想だ。
欧州以外の地域では、長距離を走る燃料電池列車はまだ実走行の段階に入っていない。2021年8月に、インド国有鉄道が89kmの路線に燃料電池列車を導入するための入札をしているから、これが実現すればアジアでの燃料電池列車の普及が始まるかも知れない。また、日本では、2020年10月に、JR東日本、トヨタ自動車、日立製作所が試験車両の開発に合意しているが、営業路線での運行にはまだ時間がかかりそうだ。米国、カナダについても、研究は行われてはいるものの、燃料電池列車の実走行は実現していない。
だが、地球温暖化対応が強く求められる今、ディーゼル列車運行への風当たりが強くなり、燃料電池列車の導入が進むことは確実だろう。