「大躍進」VS「上げ潮」
ー 温暖化対策の2つのシナリオ ー
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
日本政府は地球温暖化問題をイノベーションによって解決するとしている。この方針は良い。だが具体的な方法を誤ってはいけない。統制経済による「大躍進シナリオ」では経済は破綻する。自由経済による「上げ潮」シナリオを採るべきだ。
1.大躍進シナリオ
英国の研究所GWPFのコンスタブルは、同国の急進的な温暖化対策を、毛沢東の大躍進政策になぞらえて警鐘を鳴らしている。
https://www.thegwpf.com/boriss-green-industrial-revolution-is-economic-lockdown-for-ever/
大躍進とは、毛沢東が1957年から3年間に亘り実施した、破滅的な政策であった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%BA%8D%E9%80%B2%E6%94%BF%E7%AD%96
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- 「大製鉄・製鋼運動」では、専門知識なしの人民による製鉄が大規模に行われたが、品質が悪く使い物にならなかった。
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- 「四害駆除運動」では、スズメ等を大量に駆除したが、かえって虫害が増えて農業生産が低下した。
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- 「密植・深耕運動」では、伝統農法も近代農法も無視して、ダーウィン進化論を否定するルイセンコ進化論に従った農法を用いて失敗した。
これらの運動では、3年で英米に追いつくといった野心的な(=無謀な)農工業の生産量数値目標が掲げられ、虚偽報告が横行した。その結末は経済破綻であり、飢饉による死亡者は3000万人とも7000万人とも言われる。
失敗の理由は明らかだ。それは、
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- 科学、技術、経済の現実を無視した実現不可能な目標と政策
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- 熱狂的・排他的な教義、思想統制
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- 計画経済、統制経済
であった。
コンスタブルは英国の温暖化対策もかかる状態に陥っているという。
英国は「2050年CO2ゼロ」を達成するためとして、「2030年洋上風力4000万kW」等の再生可能エネルギー大量導入目標を立てている。これで電力価格の高騰が確実な一方で、その高価になった電気を消費する電気自動車を大量導入し、家庭はヒートポンプの大量導入等で電化しようとしており、これを規制・税・補助金で実現しようとしている。GWPFはこのコストは世帯当たり1000万円を大きく超えるもので、経済の破綻は確実だとする。
http://agora-web.jp/archives/2048761.html
いつ・どの技術を国民が使うべきかを政府が決定する統制経済な方法は、大躍進と同様に必ず失敗する、とコンスタブルは指摘する。
さて日本では、菅首相が2050年CO2実質ゼロを「目指す」と宣言した。
ではこれを国内の排出削減だけで達成しようとすればどうなるか。
RITEの試算に基づけば、2050年におけるCO2ゼロのコストは国家予算に匹敵することが示唆されている。
http://agora-web.jp/archives/2048975.html
つまり事実上この目標は達成できない。
この達成のためとして、2030年XXゼロ、2050年YYをZZキロワットといった数値目標を設定し、国内企業に割り当て、規制・税による強制や、補助金のばらまきをするならば、経済破綻は必定となる。
これを温暖化対策の「大躍進シナリオ」と呼ぼう。
2.上げ潮シナリオ
では日本はどうすればよいか。以下に「上げ潮シナリオ」を提示しよう。
いま世界でCO2削減が進まないのは、そのコストが高過ぎるからだ。アフォーダブルな技術さえ出来ればCO2は問題なく減らせる。
例えばLED照明はいま実力で普及しており、白熱電灯や蛍光灯を代替することで、大幅にCO2を減らしている。
またシェールガスは実力で石炭を代替して米国の発電起源のCO2を減らしている。
同様の展開が将来にも期待できる。
バッテリーは全固体電池の開発などにより、今よりも安くなり性能も上がる。そうすれば、ガソリン自動車の禁止といった極端な規制や高額の補助金など無くとも、電気自動車は実力で社会に普及する。これこそが目指すことだ。
太陽電池も確実に今より安く性能が良くなる。これには例えばペロブスカイト太陽電池などの新技術が有望視されている。
ゆくゆくは太陽電池とバッテリーとの組み合わせがアフォーダブルなものになり、巨額の補助など要らず、僅かな政策的後押しで普及できるかもしれない。
ではこのような「アフォーダブルなCO2削減技術」はどうすれば生まれるか。
必要なのは「イノベーティブな経済」だ。
最新の技術は、特定の政策ではなく、経済全体の協同から生まれる。鍵となるのは、市場の力と裾野の広い製造業基盤である。
市場の力が必要なのは、技術進歩には現場での試行錯誤が不可欠だからだ。たとえばバッテリーは、モバイル機器用途、自動車用途、電力需給調整用途など、さまざまなマーケットで鍛えられて進歩を続けている。
裾野の広い製造業基盤は、最新技術の母体である。ふたたびバッテリーを例にすると、まず材料には全固体電池ひとつとっても無数のバリエーションがあり、これの製造技術(薄膜製造、粉体技術等)や計測技術(電子顕微鏡、光学散乱等)も数多くある。計算技術(スーパーコンピューター、AI、量子計算機)も駆使されて材料が分析され、設計される。こうした技術を全て有している人は誰もおらず、製造業全体の中に幅広く分布しており、その総合力で新技術が生まれる。
3.政府の役割は
2つのシナリオを図にしておこう。日本が採るべきは「上げ潮シナリオ」であり、避けるべきは「大躍進シナリオ」である。
「上げ潮シナリオ」において、政府がなすべきこととして、民間だけでは不足する基礎研究や実証試験への投資がある。
他方で、「大躍進シナリオ」では、政府は未熟な技術を任意に選び、規制による強制や補助金のばらまきで強引に普及させようとする。
だがこれはやってはいけないことだ。
日本は太陽光発電を強引に普及させて、結果として電気料金が高騰した。これは経済に悪影響を与え、製造業の競争力を損なった。これではイノベーションは阻害される。
CO2削減を名目とした政府の経済統制は、結局はCO2削減のためにも逆効果なのだ。
よくある反論として、上げ潮シナリオで「確実に2050年にCO2はゼロになるか?」というものがある。そんな約束は、もちろん出来ない。そもそも「2050年CO2ゼロ」を国内削減だけで確実に達成しようとすること自体が、毛沢東の大躍進の数値目標と同様で、科学、技術、経済を無視した、荒唐無稽な目標に過ぎない。
だが上げ潮シナリオは、大躍進シナリオよりも、イノベーションの本質に根差した方法だ。
それに、アフォーダブルな技術さえあれば、世界中で容易にCO2を減らせる。日本のCO2排出は世界の3%に過ぎない。その程度を日本発の技術で削減するぐらいのことは期待出来る。
菅首相は2050年CO2「実質」ゼロを目指す、と言ったが、この「実質」の意味は、「アフォーダブルな技術の開発を通じて、世界全体でのCO2削減によって」目指す、と解釈すべきであろう。そうすればあながち不可能な目標でもなくなる。
本稿についてさらに詳しくは以下をご覧頂きたい。
拙稿、【研究ノート】上げ潮シナリオー「革新的環境イノベーション戦略」実施のあり方
https://cigs.canon/uploads/2020/12/20201204_sugiyama_report.pdf