国富を棄損し成長を押しつぶす激甚自然災害の頻発
― 巨大災害をもたらす激甚気象に対する根本的対策はないのか ―
桝本 晃章
国際環境経済研究所主席研究員、(一財)日本原子力文化財団 理事長
気候変動適応推進会議に防災担当大臣・防衛大臣参加
9月11日、環境省主催の「気候変動適応推進会議」の第三回会合が開かれた。Web会議だったようだが、前回に構成員となった“防衛省”の他、“防災担当大臣”も参加した。
根本的・治山治水対策についても検討を期待
この会議は、2018年11月に第1回が開催された。昨今の異常気象を気候変動によるものとし、災害が激甚化している状況を受けて、災害の対応をする府省が協働しようと言うことだろう。気候変動対策の緩和・削減:mitigationは経産省。適応:adaptationは環境省が担当するといっているようにも見える。
国交省、経産省、農水省は当然として、防衛省や防災担当大臣が参加するというのは優れて現実的で良いことだ。当然、現実的即効的な対応策は議論になろうが、中長期の治山治水対策についても本質的議論や検討もしっかりとやってもらいたい。
激甚化気象:避難勧告140万人:“これまでに経験したことの無い”ほどの暴風雨
今年、7月の九州地方を襲った「令和2年7月豪雨」と命名された豪雨は、九州各県を襲い、多くの人命を奪った。熊本県の球磨川を初めとする河川を氾濫させ、大きな水害をもたらした。その後、北上し、山形県最上川にまで達し、氾濫、水害を引き起こす猛威を振るった。さらに、9月には、台風10号が“これまでに経験したことの無い風の猛威”を発揮した。この台風は、太平洋上にある時から気象庁が最大級の警鐘を鳴らした。そのおかげだろうが人命が失われることは無かった。しかし、猛烈な強風が沖縄とその周辺の島々を襲った。その後、九州四県を襲い、140万人を超える人たちに避難勧告が出されている。
本州の電力会社が事前に応援体制
風が猛烈だったので、樹木を初め電柱が多数折れた。停電の被害が大変だった。沖縄電力や九州電力は勿論、特別の体制を敷いた。本州の幾つかの電力会社は、台風来襲の数日前から、気象庁の警告予報にあわせるように九州で応援体制を敷いた。停電が避けられなかったとはいえ応援により復旧が少しなりとも速かっただろうと考える。
自然災害・水害の頻発:1兆円超の国富が毎年棄損している
この7月までの5年間で、水害によって500名を超える人命が失われた。水害による被害額総計は、国土交通省の推計では、昨年までの五年間で4兆9470億円である。年間1兆円だ。実際には、被害額は、恐らくこれ以上の額で、年間1兆円をはるかに超える額に達していることは、間違いないだろう。この1兆円超の水害被害額は、国富(ストック)の毀損額に他ならない。日本の実物国富は、2500兆円を超える大きさだから、比率としてはそう大きなものではないという人もいるかもしれない。しかし、国富は、1.26億人の国民が、長年懸命に働いて蓄積してきた貴重なみんなの財産なのだ。
パンデミックによるマイナス成長にのしかかる災害による経済の地盤沈下
OECDは、新型コロナ感染拡大による影響下の加盟国の経済見通しを公表している。最新の見通しでは、非加盟ながら主要パートナーの中国だけが微増(1.8%)となっている。一方、加盟のいずれの国も大変なマイナス影響を被ると予想されている。日本は、影響の度合いが少ないということなのだろう、成長率の減少は少ないほうだ。それでも、年率にして5.8%の前年比マイナス成長が見通されている。日本のGDPは、およそ500兆円だから、GNP金額換算で言えば、30兆円弱の前年比減額になる。新型コロナ感染によるマイナス影響が如何に大きいかが分かる。
ここで強調したいのは、日本の場合、このGNP減少額に、前述の水害被災による1兆円超のストック減少額が重なると考えられることだ。この被災額は、経済の地盤沈下といえる。
実は、自然災害による経済的影響は、これだけにとどまらない。災害が起これば、その復旧復興が欠かせない。これは、フローだが、復旧復興の所要額は、おそらく、ストックの毀損額と同額、あるいは、それ以上のお金が必要とされるのではなかろうか。こうした復旧復興に関わる費用は、強く言えば、現状復帰のものだ。したがって、将来への成長要素にはならない。極端にいえば、水害を初めとする自然災害は、日本経済全体の地盤沈下をもたらし、経済成長を押しつぶすのだ。
待っている“竹の子経済”
今では、昔と同じような経済成長を望む人はいなかろうが、成長をしない経済は、食いつぶし経済に他ならない。大昔は、“竹の子経済”といった。こうした経済には、大きな問題が伴う。それは、貧富の格差が一層拡大することだ。今、所得再配分の税制改革が改めて必要だ。
巨額な支払い損害保険額
被災のある部分は、損害保険によって、カバーされている。損害保険協会のまとめで、その支払額を見てみよう。
日本損害保険協会のまとめだと、風水害だが、2018年:1.6兆円、2019年:1.22兆円と巨額に及んでいる。風水害一件当たりでの過去最大支払額は、2018年9月の大阪京都兵庫を襲った台風21号で、1兆円超である。保険でカバーされても、現実の損害額は変わるはずもない。
繰り返される可能性の高い激甚気象
気象の激甚化が進んでいることは、間違いない。
災害も激甚化している。
最も気になるのは、こうした気象激甚化がこれからも繰り返されるのかどうかと言うことだ。残念ながら、繰り返される可能性が大きいのだ。だとすれば、これを“激甚災害”の繰り返しにつなげないように出来ないのだろうか。
気象の激甚化は、日本列島の地理的風土的特殊性に深くかかわっているという。80年以上前にこの点を的確に指摘している人がいた。昭和10年、物理学も学んだ地震学者:寺田寅彦が、随筆集「国防と天災」の中で、日本列島の自然条件を、世界に例なく固有のものだと指摘し、次のように語っている。
「日本はその地理的の位置がきわめて特殊で……気象学的地球物理学的にもまたきわめて特殊な環境の支配を受けているために、その結果として特殊な天変地異に絶えず脅かされなければならない運命のもとに置かれていることを一日も忘れてはならない」。
この寅彦の言葉は、これからもこうした災害が続くだろうとうことを意味する。さらに、寅彦は、文明が進歩すればするほど、災害が深く大きくなると、時代の傾向をも見ている。地球温暖化などについてほとんど関心が寄せられていない80数年前の言葉だが、重い。
気象の激甚化を災害の激甚化につなげないために
21世紀、こうした激甚気象が続くとすると、場所こそ変わろうが、激甚災害がこのまま繰り返されてゆくと思わざるを得ない。そうたやすいこととは思わないが、応急対策に加えて、基本的対策が講じられないというのでは、あまりに情けない。
備えは指導者の仕事
寺田寅彦は、前出の随筆集の中で、こうした災害への備えは、指導者の仕事だと明言している。同時に、いつも忘れられてしまうと、現実を看破してもいる。しかし、そうは言っても、被害が昨今の様に甚大化してくると、寅彦の言う国の為政に参与する人々の“健忘症”を批判して終わりでは、もはや正義に反する。
国家レベルでの防災計画に加えて、中長期の治山治水計画が必要だと言わざるを得ない。前述のとおりの経済状況で、国家の予算状況が厳しいことは嫌というほどわかっている。
治水予算推移…“コンクリートから人へ”に対する無言の批判
ところで、水害に関して調べていたら、興味深いグラフを見つけた。
それが、下記のものだ。
コンクリートから人へと耳ざわりの良いキャッチフレーズが10年ほど前に、メデイアにも踊った。その付けで、水害が甚大化しているとは云わないが、これからの国土保全には、21世紀型の治山治水対策が必要であることは、間違いない。
※ お断り:この小論は、(一社)日本動力協会・隔月刊「ニュースレター」10月号掲載の書評の一部を引用したものです。