ホッケースティック曲線にまつわる問題点(その4)
ー「甘い罠」か「手品」か?
伊藤 公紀
横浜国立大学環境情報研究院・名誉教授
「甘い罠」は続いている
このようなデータの誤用は、あまりにも明確である、以後の研究者は肝に銘じて間違いを繰り返すことはないだろう、と思うのは常識人である。しかし現実には、同様な論文が次々と産出されたのである。
そのため、「20世紀の高温」を示す論文が出るたびに、マッキンタイヤはその原因を探り、Climate Auditに記事を書き続けてきた。そのいくつかを紹介しよう。
例えば、「温度の上下逆転」の間違いはかなり普遍的らしく、マンらのHS曲線を批判して信用が高いモバーグの解析にも残念ながら見られる。
図14は、モバーグらが年輪試料に頼らずに作成した気温再構成データと、社会的な事象との関係である。1000年頃の中世温暖期(MWP)にはバイキングがグリーンランドに達して集落を開いたが、気温が低下するとともに撤退を余儀なくされたという歴史や、冷涼な気候となった小氷期(LIA)にはアメリカ大陸とのビーバーの毛皮の交易が盛んになったということなどがうまく説明できる。
しかし、このモバーグらのデータにも問題がある、というのは驚きである。図15に、モバーグらが用いた気温代替データを示す。
11番の指標は、アラビア海の海底コアの解析による海表面温度だが、このままなら20世紀は温度が高いと判断される。5番のサルガッソー海のデータとも似ており、一見すると問題はなさそうである。しかし、近隣の海域データでは温度はむしろ下がっていることが分かっており、結局、モバーグらが間違えてデータの上下を逆転させたということなる。このような指標データは、よく調べないととんでもない間違いをしてしまうので、本当に要注意である。
PAGES2K (文献24)は、過去気温の再構築を目的として多数の研究者が参加しているプログラムで、前述のカウフマンも主要メンバーの一人だが、図16に示したデータによると、2000年の気温を2℃近くも高く見積もっている。同じ代替指標データから「正しい」見積もりを行ったハニジェルヴィらとPAGES2Kの結果の違いは、後者が多くの指標の気温を「上下逆転」させていたから、というのがマッキンタイヤの結論である。
「手品」か? 信じられないようなデータの扱いもある
図17は、2013年にサイエンス誌に出た、過去1万年の気温変化データである。図中、右端に位置する「現代」の気温は、1000年前の中世温暖期はもちろんのこと、「気候最適期」と呼ばれる数千年前よりも高くなっている。
しかし、論文に使われた元データをマッキンタイヤが調べたところ、次のようなことが分かった。例えば、図18に示したデータでは、右端に急激な気温上昇が見られる。これはデータの「端」の処理の杜撰さによるものであることが判明した。
表1で分かるように、1980年までは5種類のデータがあるが、2000年にはデータが一種類(左から2番目、850という名称)しかない。データのない4種類については、2000年にNA (not applicable)と記されている。
このとき1980年までは全部のデータの平均(avgと表記)が求められており、1980年に対しては-0.84℃となっている。しかし、2000年は試料”850”の温度である0.36℃がそのまま採用されている。そのため、1980年から2000年にかけて、1.2℃という大きな気温ジャンプが生じることになったのである。
また、図19のように、1000年くらいで終わっているデータを無理に2000年まで伸ばしている例も見つかった。つまり、500年位から1000年くらいまでの気温上昇が、1000年から2000年まで起きたことにされてしまっている。論文には、「元データに特に日付が明記されていないときは、最後の日付を現在とした」とあったが、日付が明記されていても、強引に「現在」にしたようだ。
このように、データの扱いがまったく杜撰で、解析を信用できないものにしている。やっていることは手品並みだ。結局、過去気温の再構成についての論文では、よほど注意しないと、20世紀気温と過去気温の比較をきちんとできないと考えておいた方が良い。
これは、正直に見て、気候科学の分野の研究者達が、HS曲線の批判を徹底的にしなかったためであろう。
信用できそうな気温データの例
では、過去気温の再構成についてのデータは、すべて信用できないのだろうか。幸い、そうでもない。例えば、図16に赤線で示したハニジェルヴィの北極圏データはかなり信用できそうである。
また、図20に示したのは、熱帯域の海洋で採取された海底コアについて調べられた結果である。
熱帯地方の海洋の温度は、地球全体の気温に大きく寄与しているので重要である。海底コアを用いて、堆積したプランクトンの殻に含まれるカルシウムとマグネシウムの比の変化から海水温を求めることができる。図20に示した研究の特徴は、海底コアの採取方法を改良し、最近堆積した層を攪乱しないようにして、過去から現在までの海水温が得られるようにしたことである。その結果、著者らは「中世温暖期の熱帯海水温と現在の海表面温度は、誤差範囲で同じだった。」と結論した。
このような、HS曲線の誤謬から自由になった検討により、地球の気候の歴史が明らかになってくることを期待したい。
太陽の影響も見えてくる
例えば図21は、中国中央部にある万象洞の石筍を同位体分析して分かったアジアモンスーン強度の変化 (δ18Oが指標、緑色線)と、太陽活動の変化(Δ14Cが指標、黄色線)が関係深いことを示しているが、図20の熱帯海洋の海水温変化と比べると、中世温暖期や小氷期に対応した変化をしていて興味深い。
このような検討から、地球気候に対する太陽の影響や、海洋プロセスの寄与、そして人為的影響の効果が判明してくると思われる。そのためにも、誤ったデータや解析による混迷は徹底的に正さなければならないと考える。
- <参考文献>
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https://science.sciencemag.org/content/sci/suppl/2008/11/06/322.5903.940.DC1/Zhang.SOM.pdf