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気候変動対策は全体バランスと費用対効果を考えて

ビョルン・ロンボルグ「誤った警鐘(False Alarm)」


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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 7月15日付の記事「環境活動家が『気候変動の恐怖を煽ったことを謝罪』した注1) 」において杉山大志氏がマイケル・シェレンバーガーの近著「黙示録はもう要らない:なぜ環境危機扇動主義が我々全てに有害か(Apocalypse Never: Why Environmental Alarmism Hurts Us All)注2) 」について簡にして要を得た紹介をされている。
 本稿ではほぼ同時期にデンマークの政治経済学者ビョルン・ロンボルグが発表した「誤った警鐘:気候変動パニックはいかにして数兆ドルのコストがかかり、貧困層を傷つけ、地球を安定化させることに失敗するか(False Alarm:How Climate Change Panic Costs Us Trillions, Hurts the Poor and Fails to Fix the Planet)」について紹介したい。
 ビョルン・ロンボルグは2001年に「環境危機を煽ってはいけない-地球環境のホントの実態(The Skeptical Environmentalist)注3) 」を発表し、温暖化の危機感を訴える環境NGOや再エネの推進等の温暖化政策に対して強い疑問を提起した。また地球温暖化は地球上の様々な問題の一部であり、限られたリソースを様々な政策目的にどのように配分すべきかを厚生経済学の理論をもとに優先順位をつけた「コペンハーゲンコンセンサス注4) 」でも有名である。
 本書のポイントは以下の通りである。

気候変動は現実に生じており、その大半は人類の化石燃料利用によるCO2に起因する。この問題に知的に対処しなければならないが、そのためには誇張や「今やらねば終わりだ」といった議論をやめ、気候変動が唯一の問題と考えないようにすることが重要だ。環境活動家は科学が指し示す以上のことを主張しており、目的が重要であれば、誇張も許されると考えている。
温暖化を防止するためにはあと10年しかないといった議論はその典型だ。これは科学ではなく政治がそういっているのだ。政治家から、実現不可能な温暖化目標を達成するために何が必要かと問われれば、科学者は2030年までに社会のあらゆる側面を極端に変えねばならないと答える。しかしこれは米国で何千人もの人が交通事故で死亡していることを理由に、これをゼロにするために自動車の速度制限を時速4.8キロにしろというようなものだ。
我々は滅亡の瀬戸際にいるのではない。気候変動に関する悲観的なレトリックは、計測可能なあらゆる側面で人類の生活水準は歴史上最善な状態にあるという事実を覆い隠している。平均寿命も、一人当たりGDPも屋内大気汚染も単位面積当たり農作物生産量も大きく改善した。これは安価で安定的なエネルギーに支えられ、我々が豊かになったからこそ達成できたことである。この改善傾向は今後も続き、国連は2100年には平均所得は現在の450%になるだろうと予測している。気候変動が経済にマイナスの影響を及ぼすのは確かだが、様々な研究成果を見れば今世紀末までに気候変動がもたらすマイナス影響は4%と言われている。450%ではなく434%になるのは問題ではあるが、カタストロフではない。活動家やメディアのばらまく環境危機の扇動の影響で自分たちの将来に不安や絶望を感じている子供たちに対してはこのような情報こそ伝えねばならない。
しかし人びとは良いニュースには耳を傾けない。このため多くの国では気候変動対策のためにますます多額な資金を合理性を欠いた形で投入している。再エネ投資、補助金等により、地球全体で4000億ドル以上の資金が投じられている。この金額はパリ協定によりさらに拡大し、2030年までには毎年1-2兆ドルにまでふくらむだろう。より多くの国がカーボンニュートラルを約束する中でこの金額は更に数10兆ドルになり得る。
こうした対応は持続可能ではない。人びとは気候変動を懸念しているが、その解決のために自分のお金を使いたいと思っていない。せいぜい年間100-200ドルであり、2019年のワシントンポスト記事によれば米国人の4分の3は気候変動がクライシスだと感じているが、多くは年間24ドル払うのにも後ろ向きである。温暖化対策のために唱道される施策は一人当たり年間数1000ドル~数万ドルかかる。温暖化対策があまりに高価になれば人びとはそんな施策に投票しない。イエローベストやトランプの当選はその事例だ。大々的なものではなく長期にわたって安定的で効果的な対策こそが必要である。
多くの環境活動家は所得格差を嫌悪するが、自分たちが求める施策が安価なエネルギーへのアクセスを制約し、世界の貧困層に重い負担をもたらすことに気づいていない。エネルギーコストが上昇すれば低所得層は寒さを我慢するか他の用途への支出を減らさねばならない。他方、高所得のエリートにとってはエネルギーコストの上昇がもたらす影響は微々たるものだ。エリートがエネルギー税の引き上げを主張しているのはそれが理由だ。屋根上ソーラーにせよ、電気自動車にせよ、気候政策で経済的便益を受けるのは富裕層である。貧困国では産業と経済成長のために化石燃料に基く安価で安定的なエネルギー供給を必要とする。パリ協定を実施すれば貧困を増すことになる。
気候変動に過度に注力することは他の問題(社会保障、ヘルスケア、教育、雇用、栄養等)に対処するリソースと時間を奪うことになる。
それではどうすればいいのか?第1に費用対効果に基き、政策を評価することだ。気候変動のコストが喧伝されているが、気候変動対策のコストは貧困層に悪影響を与える。CO2排出は安定的で安価なエネルギー供給、それに支えられた食糧生産、暖冷房、交通の副産物である。エネルギーアクセスを高価で不安定なエネルギーに限定すればコスト増と経済成長の減退を招く。最も合理的なのはCO2排出をある程度削減はするが、ゼロにしようとしないことだ。そのためにはトン当たり20ドル程度の炭素税を導入し、ゆっくりと引き上げていくのが最も良い。そのための追加的なコストはGDPの0.4%程度であり、温暖化防止による便益(被害の防止)は0.8%程度なので、合理的なディールであると言える。他方、活動家が求めるようにCO2を短期間の間にゼロにしようとすれば、コストは世界のGDPの3-4%に達し、得られる便益は1%程度である。
第2に気候変動に対するスマートな解決法を追求することだ。そのためにはグリーンイノベーション(核分裂、核融合、水素、油藻等)に投資すべきだというのが気候経済学者の一致した見解だ。我々が投資すべきは明日の技術であり、今日の非効率なソーラーパネルや風車ではない。イノベーションを通じてグリーンエネルギーのコストを低下させれば、先進国のみならず、中国もインドも導入するだろう。R&Dへの投資1ドルにつき、気候変動による被害を11ドル回避できるとのモデル試算もある。しかし先進国のGDPのごく一部しかR&Dに投資されていない。ソーラーパネルの方が写真栄えし、「何かをしている」と感じられるからだ。
第3に気候変動に適応することだ。我々は過去何世紀にもわたって適応を繰り返してきた。農産物の品種改良等、現代の進んだ技術をもってすれば、今後の気候変動にも十分適応可能である。
第4にジオエンジニアリングについて研究することだ。ジオエンジニアリングには即効的な効果がある一方、様々な欠点も有り得るので今実施するべきではないが、研究は必要である。
第5に気候変動は地球が直面する唯一の課題ではないということを再認識することだ。10万人を動員した国連の世論調査によれば、教育、健康、栄養等へのプライオリティが高い一方、気候変動のプライオリティは最低だった。気候変動のプライオリティは環境意識の高い欧州ですら10番目であり、貧困国では当然のごとく最下位である。気候変動に過度に焦点をあてる結果、結核予防、避妊具の普及、飢餓の改善、教育の普及、エネルギー貧困の低下等、世界をよりよくできる課題を無視することになる。これらの課題にリソースを割き、人々が豊かになれば、気候変動に対するレジリエンスも向上する。途上国支援において、気候変動に対する先進国のプライオリティに右へ倣えすることを要求することは被支援国の人びとの声を聴かないことであり、ある種の帝国主義に他ならない。これは倫理的にも不当である。
我々がやるべきことは深く深呼吸して気候変動とは何であるかを理解することだ。気候変動は地球に衝突しようとしている小惑星ではなく、糖尿病のような長期の慢性状態である。注意を払わねばならないが、共存可能である。気候変動をマネージしながら、世界をより良くする他の課題に取り組むことにより、未来をより良くすることができる。

 ロンボルグの主張は「環境危機を煽ってはいけない」の頃から首尾一貫している。彼が今年、この本を書いた理由は、2001年の頃に比べ、気候変動の危機を煽る議論がますます激しくなり、グレタ・トウーンベリに代表される環境原理主義が台頭し、国連事務総長や世銀なども右へ倣えするような風潮が尖鋭化しているからであろう。筆者が温暖化交渉に初めて参加したのは2000年であったが、その頃と現在を比較するとロンボルグと同じ感覚を持つ。また彼が主張するイノベーション重視の考え方は日本の産業界の考え方とも一致する。彼の「頭を冷やし、費用対効果を考え、他の課題とのプライオリティ付けも考えよう」という議論は実に常識的な考え方だと思うが、発表後早速、環境派、リベラル派から様々な批判を浴びているという。しかし環境派の批判がいかに厳しかろうと、「世界の課題は温暖化だけではない」という彼の主張は世界の政治経済的な現実を反映している。日本でも小泉大臣あたりに読んでもらいたいと思う。

注1)
http://ieei.or.jp/2020/07/sugiyama200715/
注2)
https://www.amazon.co.jp/Apocalypse-Never-Environmental-Alarmism-Hurts/dp/0063001691
注3)
https://www.amazon.com/gp/product/0521010683/ref
注4)
https://www.copenhagenconsensus.com/