ホッケースティック曲線にまつわる問題点(その3)

ー「甘い罠」か「手品」か?


横浜国立大学環境情報研究院・名誉教授

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前回:ホッケースティック曲線にまつわる問題点(その2)

気温の上下を逆にしている!?

 「異常なデータ」は年輪だけではない。もっと酷い例を次に示そう。
 図12に示したデータは、フィンランドのティルヤンデルらが行った湖底コア(柱状試料)の調査(文献14)によるもので、過去気候推定のためにマンらが実際に用いている。


図12. ティルヤンデルの元データ(左端と中央)と、カウフマンによる解釈(右端) (文献15より)。

 一番左の縞模様は、フィンランド中部の湖で採取された湖底コア(柱状試料)の密度データの模式図である。ティルヤンデルらは、湖底から採取したコアをX線にかけ、その吸収強度から各縞の密度を出した。つまり、重い元素が多く密度が高い縞は、X線の吸収が大きくなり、透過X線は弱くなる。逆に、軽い元素が多いと密度は小さく、X線の吸収が少なくなり、透過するX線は強くなる。
 左端の縞模様の中で、濃い灰色は透過X線が強かったことを表している。これは湖底堆積物に軽い元素が多かったこと、つまり植物由来の有機物が多いことを示している。従って、1100年頃はフィンランドで温暖だったことが分かる。これは、ヨーロッパで温暖な気候だったと伝えられる中世温暖期に相当する。
 薄い色の縞は、X線透過が小さかった層で、鉱物が多かったことを示す。また、粗い縞(最近約150年)は粘土層を表している。
 中央のグラフは、X線吸収から出した密度を示す。グラフの右の方に行くと、数値が大きくなっており、密度が高いこと、つまり鉱物が多いことが分かる。従って、植物が少ない冷涼気候に対応する。
 では20世紀はどうだろうか。明らかに、密度が大きくなっており、「温度低下」に相当する。しかし、ティルヤンデルらが調査したところによれば、これは気温・水温と関係ないことが判明した。20世紀になって発達した湖周囲の農業や牧畜のために、湖への水の流入が、それ以前とは変ってしまい、湖底へ粘土層が堆積したというのだ。つまり、人為的擾乱によるもので、この部分は温度推定には使えない。こういうことは、他の土壌堆積試料でも頻繁に見られることらしい。
 しかしマンらの2008年版の論文では、このデータ全体を使い、しかも中央の図の「右に行く方が高温」と解釈している。つまり、データの温度を上下逆にして使っているのだ。この指摘(文献16)をマッキンタイヤ達から受けたマンらは、「データを逆さにしているという指摘は奇妙だ」と反論した(文献17)。確かにマンらの論文だけからは、疑いがあるものの、間違いは明確にならなかった。
 ところが、別の研究グループのカウフマン達が、彼らの2008年の論文にマン達のデータを引用し、データを公開してしまった。それが図の一番右のグラフだ。しかも、気温に換算して描いてある。ただしカウフマン達は、マン達が注意書きとして記した「20世紀の部分は注意が必要」を受けて、20世紀の部分は使用しなかった。そのため、一番右のグラフは途中までしかプロットがない。
 グラフを比べてみると、一番右のカウフマン達のデータでは、明らかにコア密度が大きい方が高温である。つまり、ティルヤンデルの論文とは逆なのだ。カウフマン達はマン達の論文を引用したのだから、データを逆にしたのはマン達だ。
 ティルヤンデルの原著論文を良く読めば、これらのことは誰でも分かることだ。ではなぜ、マン達はこんなことをしてしまったのだろうか。意図的なのか、ミスなのか。どちらにしても、マン達は間違いを認めなかった。彼らの説明は、彼らが使った統計手法「主成分分析」には、データの上下は関係ない、というものだった。これは詭弁である。それなら、20世紀の気温が高いと主張できないことになる。データの上下が関係ないなら、低いと主張しても良いのだから。なお、カウフマン達はミスを認めたが、全体の結果には影響しなかったとした。
 マン達の論文の付帯資料(図13)を見ると、20世紀に気温が急上昇しているデータは、ティルヤンデルの湖底コアデータしかない。つまり、このデータがなければ、ホッケースティック曲線は出てこないはずだ。それでも解析に間違いはないと強弁するのは凄まじいと言う他ない。

図13. マンたちが用いた代替試料データ。文献2補足資料より(文献18)。図13. マンたちが用いた代替試料データ。文献2補足資料より(文献18)。[拡大画像表示]

 なお図13中、”Dongge”は、中国・東葛洞の石筍から求められたアジアモンスーンによる降水量変化のデータである。マン達は降水量を気温に読み替えている訳だが、これは問題がある場合が多い。実際、後述の中国・万象洞の石筍データの1400~1600年と比べると、図13のDonggeデータは縦軸が逆にされているようだ。また、年輪が降水量によって変わることが明確なときは気温指標として用いないのに、石筍は用いるというのも一貫性がないと思われる。

<参考文献>
 
14)
M. Tiljander et al., A 3000‐year palaeoenvironmental record from annually laminated sediment of Lake Korttajarvi, central Finland, Boreas, 32, 566-577 (2003)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1502-3885.2003.tb01236.x
15)
伊藤公紀、ホッケースティック曲線の何が間違いなのか- 本当の気温変動は分ったか?『現代化学』2001年1月号pp.58-62
16)
S. McIntyre and R. McKitrick, “Proxy inconsistency and other problems in millennial paleoclimate reconstructions,” Proc. Natl. Acad. Sci. 106 (2009) E10
https://www.researchgate.net/publication/23972700_Proxy_inconsistency_and_other_problems_in_millennial_paleoclimate_reconstructions
17)
M. Mann, R. Bradley, and M. Hughes, “Reply to McIntyre and McKitrick: Proxy-based temperature reconstructions are robust,” Proc. Natl., Acad. Sci. 106 (2009) E11
https://www.pnas.org/content/pnas/early/2009/02/02/0812936106.full.pdf
18)
Mann et al., Proxy-based reconstructions of hemispheric and global surface temperature variations over the past two millennia, Proc. Nat. Acad. Sci., Vol 105, 13252–13257 (2008) および Supporting Information
http://www.meteo.psu.edu/holocene/public_html/Mann/articles/articles/MannetalPNAS08.pdf
https://www.pnas.org/content/suppl/2008/09/02/0805721105.DCSupplemental/0805721105SI.pdf#nameddest=STXT