産業界からみたエネルギー供給強靭化法案
小野 透
(一社)日本鉄鋼連盟 特別顧問/日鉄テクノロジー株式会社 顧問
6月5日、「強靱かつ持続可能な電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案(エネルギー供給強靭化法案)」が参議院で可決され、成立した。エネルギーは国民生活や産業活動のためのいわば血液であり、特に国内からしか調達できない電力は、国内産業、特に製造業の競争力や、ひいては国内生産活動の持続可能性に大きな影響を及ぼす。経団連は、かねてより、関連する政府審議会の場に参画し意見を発信してきた。本稿は、衆議院経済産業委員会参考人質疑における陳述を編集、加筆したものである。
背景
今日の電力系統には、人口減少・産業構造変化・住宅用太陽光拡大等による系統需要減少が顕在化する状況の中で、設備の老朽化、再エネ拡大のための系統増強や分散化、次世代化・デジタル化などへの対応が求められている。また近年、地震や台風などの自然災害に伴う広域かつ長期にわたる停電が頻発しており、停電の防止策に加えて、停電した場合の速やかな復旧に向けた仕組みの整備が喫緊の課題として浮上してきた。
また、エネルギーや鉱物資源の多くを海外に依存する我が国にとって、資源の安定確保は宿命的な課題であり、近年の中東情勢の不安定化や中国を初めとする新興国の影響力拡大は、我が国のエネルギー・資源セキュリティーに大きな影響を及ぼす可能性がある。
これらの状況を踏まえ、総合資源エネルギー調査会の関連審議会における議論を経て、強靭かつ持続可能な電気供給体制の確立を図ることを目的とした、「エネルギー供給強靭化法案(電気事業法、再エネ特措法、JOGMEC法の一部を改正する束ね法案)」が今国会に上程された。
関連審議会
法案審議経過
法案概要
電力多消費産業からみたエネルギー供給強靭化法案
電力多消費産業が置かれた状況
図1に産業用電気料金の推移を示す。東日本大震災以降日本の電気料金は原発の稼働停止に伴う化石燃料焚き増しやFIT賦課金などの影響で、産業用特別高圧で約5割、低圧で25%上昇している。
図2に産業用電気料金の国際比較を示す。欧州ではFIT賦課金の控除など、産業用電気料金に対する優遇策があるため、ドイツのような環境に先鋭的に取り組んでいる国であっても、日本の料金より低く抑えられている。世界で最も高いレベルの日本の産業用電気料金は国際市場において大きなハンディーキャップとなっており、電力多消費産業の国内生産活動に甚大な影響を及ぼしている。
図3に、2010年(震災前)を基準とした2017年(震災後)の購入電力コスト、出荷額、雇用、給与の変化を示す。製造業平均では、購入電力コストが22%上昇する一方、製品出荷額も雇用も給与も改善されているが、電力多消費型の産業である鉄鋼業や鋳物業では、電力コストが14~17%上昇する中で、売り上げは15%減少、雇用も10%程度減少、給与も減少している。その結果、廃業や事業所の閉鎖が多くみられている。
市場がグローバル化し、国内外の競争環境が一層厳しさを増す中、企業の国内投資、ひいては国内での雇用を維持する意味でも、一連の改革がコスト効率的に進み、将来にわたり電力が安定的に低廉な価格で供給されていくことが不可欠である。
再エネ特措法の改正について
再エネは、エネルギー自給率向上、脱炭素社会実現等に資する重要なエネルギー源であり、わが国の「主力電源」とすべく、適正な事業環境を整備し、一層の低コスト化、安定供給への貢献、責任と規律ある事業運営を実現していく必要がある。
現行 FIT 制度は、再エネの量的な拡大には貢献したものの、賦課金による過大な国民負担(消費税1%分に相当する2.4兆円)をもたらし、電気料金を15%以上押し上げた(図4)。
今回の法改正は、国民負担抑制と産業競争力維持の観点から、FIP制度の導入をはじめとして、再エネの市場統合を進めるべく、FIT制度を抜本的に見直すものと評価される。
電源を競争電源と地域活用電源に区分し、電源特性に応じた支援を行っていくことには、一定の合理性がある。競争電源については、FIP価格決定にあたり入札制を導入することや、再エネ発電事業者もインバランス責任を担う制度へと改められることは、再エネの市場統合に一歩近づけるものと評価される。一方、FIT制度が残る地域活用電源については、FIT制度が暫定的かつ特例的な支援であるという前提のもと、レジリエンス向上、自家消費・地域消費といった趣旨に沿って、その適用対象は限定的とすべきである。
FIT制度と今回創設されるFIP制度は、再エネが経済的に自立するまでの経過的な支援制度である。チェック&レビューはもとより、制度自体のさらなる見直しを実施すべきである。
電気事業法の改正について
電力システムの構造的変化を踏まえ、系統整備のありかたや託送料金改革、配電事業等のビジネス環境整備など、持続可能な電力システムの構築に向けた必要な対応を行うものと評価できる。
系統整備・費用負担のあり方については、送配電設備の老朽化や再エネの大量導入が進展する中、今後、系統整備には多額の費用がかかることになるが、増強判断にあたって適切な費用便益分析を実施することはもとより、再エネ発電コストと系統コストの合計コストを引き下げることが不可欠である。コスト効率的に系統整備を進める観点から、発電側の個別要請に対応する「プル型」から、広域機関や一般送配電事業者による「プッシュ型」の系統形成に転換する仕組みが整備されることは有効と考えられる。
送配電網の独立運用(分散型グリッド)については、次世代電力システムが向かう一つの方向性であると理解できるが、あくまでも「全体最適に資するか」という観点を常に念頭に置くべきであり、全体最適の中で、対象地域の安定供給と経済合理性に資することが必要条件である。特に平時は主要系統と接続する分散型グリッドについては、通常時には系統側からのkWhの供給がほとんどない中で、緊急時には系統側からのバックアップが必須であることから、系統利用に対する適切なコスト負担の在り方や、電気の供給の責任主体など、検討すべき課題は多い。
託送料金改革の柱として導入されるレベニューキャップ制度は、事業者に効率化を促してコストを最大限抑制するとともに、送配電設備の適切な更新・次世代化に向けた投資環境を整備することを可能とするものであり、国民負担を最大限抑制しつつ、脱炭素化・分散化・デジタル化追求の基盤となる次世代電力ネットワークを構築していくうえで重要な対策と評価できる。
おわりに
電力の安価安定供給は、国民生活のみならず、日本の経済や雇用を支える産業の、現在並びに将来にとって極めて重要な要件であり、エネルギー供給の強靭化に向けた制度的対応は急務である。経団連は、本法律の詳細制度設計の議論をフォローするとともに、引き続き、政府における関連施策の審議の場に参画していく。