コロナウイルスと戦う米電力会社から考える

自由化の環境下で電力産業は偶発事象に対処できるのか


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 電力・ガスなどのエネルギーインフラは、いつも使えて当然と思われている。地震あるいは台風などで供給が途絶すると、消費者はエネルギー供給の重要性を認識することになるが、そんな時でも一部のマスコミは供給途絶の原因を自然災害ではなく供給事業者に求めることがある。
 例えば、2018年9月の北海道胆振東部地震では、「停電の原因は北海道電力が泊原発に電源を集中し分散を行っていなかったからだ」という報道があった。海外に燃料を依存しているため電源の集中が必要な日本の事情を知らない記者だ。また、昨年の千葉を直撃した台風による停電時には「東京電力が柏崎刈羽原発に資金を使用し送電線の保守を怠ったためだ」という研究者による的外れの批判もあった。停電の原因を原発に求めるこじつけには無理があるが、電力の事情に詳しくない方は信じるだろう。
 コロナウイルスにより、欧州の主要国、米国の主要州では外出が禁止される事態になっている。医療提供、在宅勤務などのため電力供給の必要性がいつもにも増して認識される時期だが、電力会社の従業員も出勤に問題を抱える状態に陥ることも予想される。その時に備え、米国内で最も感染が広がっているニューヨーク州では既に対策が実行されている。

コロナウイルスで低迷する電力需要

 外出禁止となったイタリアでは、3月中旬までに電力需要は前年同期比約10%下落したが、、下旬にかけて下落幅は拡大し20%になっていると報じられている。3月中旬までにフランスでも電力需要は10%、スペインでも6%下落している。
 一方、ニューヨーク送電管理者(NYISO)によると、外出禁止により電力需要量は2%から3%下落。一日の最大電力需要は3%減、朝の需要の立ち上がりが通常より遅れ、この間の需要は通常を6%から9%下回っているとのことだ。同様の傾向は、中西部から東部までの13州とワシントンDC地区の送電管理を行っているPJM管内でも観測されている。
 朝のピークは通常の8時から1,2時間遅れ9時から10時に発生するようになり、夕方の需要量は5%程度落ち込み、一日の需要カーブはの通りになっている。PJMは降雪日の電力需要カーブに似ていると述べている。マサチューセッツ州などニューイングランド6州の送電管理者(ISO-NE)も、コロナウイルスの影響を受け電力需要量は3%から5%減少しており、やはり学校が閉まる雪の日の電力需要パターンに類似しているとしている。

コロナウイルス対策に不可欠な電力供給

 自然災害による停電を避けるのは難しいが、いま欧米で猛威を振るっているコロナウイルスによる外出禁止が引き起こす停電は何が何でも防ぐ必要がある。病院向け電力供給が途絶すれば、多くの患者を抱える中で医療用機器が使用できなくなる。さらに、在宅勤務の前提は家庭でパソコンなどが利用できることだ。米国では外出禁止が広がり、電力産業でも在宅勤務を強いられるケースが出てきた。サザン・カリフォルニア・エジソンは13,000名の従業員の内8000名を在宅勤務にしたが、現場と営業所では距離を取って対応することを決めたと報道されている。
 米連邦政府国土安全保障省は米国にとり必要不可欠なインフラ産業として16業種を定めている。これらの業種・産業が損なわれると米国の経済面、公衆衛生面の安全保障を弱体化させるからだ。16産業は、医療、情報通信、国防、運輸などを含むが、エネルギー、原子炉、ダムという電力に係わる産業も当然含まれている。また、外出禁止、在宅勤務を要請しているニューヨーク州では、在宅勤務から除外する業種を具体的に定めているが、医療関係などと並びエネルギー産業も除外されている。発送電の現場は非常時に大きな責任を持つが、もし、多くの社員が感染すれば大変な問題になる。
 米国の電力業界の団体であるエジソン電気協会は、コロナウイルスに備える小冊子“Electric Companies & Pandemic Planning What You Should Know”を今年2月に発行した。電力各社も既に対策を立てているが、感染が最も拡大しているニューヨーク州ではNYISOが具体策を実行に移した。

感染拡大に備える電力会社

 3月26日連邦エネルギー規制委員会と州公共事業規制委員会協会は連名にて、各州政府に対し電力事業での勤務者を必須の人材として指定するよう要請した。上述の通り、国土安全保障省により電力産業は16業種に指定されているが、コロナ対策には電力が必須であることからの要請だった。
 この要請以前に、NYISOは対処案を実行している。36名を12時間勤務とし、2ヵ所のコントロールセンターで週7日、24時間過ごす体制を既に構築している。全員コロナウイルス検査では陰性であり、毎日2回の検温も行っている。外出は無論行わない。敷地内にはジョギングのためのコースも用意されている。
 この体制であれば、いつまでも対応できるとNYISOはしているが、2ヵ所のコントロールセンター勤務者が同時に感染する万が一の事態に備えて、地元の電力会社2社がバックアップする体制も取っている。PJMも同様の対策を取る用意をしている、コントロール室勤務者の入り口を他の従業員と分け、部屋もシフト交代ごとに消毒、シフト交代時には手渡しを避けるため移動センターが設置されている。NYISOが行っている緊急対応策の情報は、米国、カナダの他の送電管理者も共有している。
 日本でも感染爆発が起こる可能性があり、いつにもまして電力供給が重要になる。万が一電力会社の従業員が勤務できなくなった時に、かつて設備を分散しろと主張したマスコミは、従業員に余剰を持っていなかった電力会社が悪いと批判するのだろうか。自由化の環境下に置かれた電力産業は、偶発事象に対処する十分な資源を持てるのだろうか。コロナを契機に考えることがありそうだ。