ドイツ市街を走る大型電気バス

環境にやさしいモビリティへの取り組み


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2020年3月号からの転載)

 1月下旬、ドイツ北西部のニーザー・ザクセン州オスナブリュック市を訪ね、シュタットベルケ(電力、熱などのエネルギー供給や上下水道、公共交通など地域に様々な社会サービスを提供する自治体出資の都市公社)などの取り組みを視察してきました。今回は、同市街を走る電気バスや電気自動車(EV)などを紹介します。

写真1 ドイツ・オスナブリュック市街を走る大型の電気バス

写真1 ドイツ・オスナブリュック市街を走る大型の電気バス

シュタットベルケ

 同市が100%出資する都市公社「オスナブリュック・シュタットベルケ」は、電気・ガスの小売り事業や、再生可能エネルギー発電事業(主に風力、太陽光)、地域熱供給、配電網の運営管理、上下水道の運営、廃棄物処理、公共交通や公共プールの運営など、地域に様々な社会サービスを提供しています。公共交通と公共プールは同市が運営していましたが、赤字経営のためシュタットベルケに経営が移管されました。
 公共交通や公共プールの経営は現在も赤字ですが、エネルギー部門の余剰利益で赤字を適切に補填し、事業全体で採算性を確保しているそうです。同市の人口約16万5000人のうち、8割がシュタットベルケから電気・ガスの供給を受けており、シュタットベルケに対する市民の信頼の厚さがうかがえます。

環境にやさしいモビリティ

 ドイツ国内にはシュタットベルケが約1400社あり、その多くでエネルギー部門の余剰利益を利用して、他の重要な社会サービス事業の資金を確保しています。
 環境にやさしいモビリティを公共交通に導入しようとすると資金が必要になり、運賃の大幅値上げが避けられません。しかし、税制上の横断連結により、エネルギー部門の余剰利益を使って公共交通の資金を確保することが法的に認められており、近年はEVや電気バスの導入が進んでいます。
 同市内には電車が走っていないため、公共交通機関は道路を利用することになります。数年前には、大型の電気バス(写真1)を13台導入しました。車体が2連になった連節バスと呼ばれるもので、全長がとても長いのが特徴です。曲がり角では、連節バスの蛇腹状になった接続部が大きく曲がり、なかなかの迫力です。実際乗車してみましたが、これだけ大きな車体を電気だけで動かしていることに驚きました。
 搭載されているリチウムイオンバッテリーは、火災予防のため、車体の天井部分に設置され、充電は夜間にバス亭で行っています。充電の仕方がユニークで、バスの屋根からパンタグラフが伸び、そこに充電設備が接触し、電気を蓄えます(写真2)。パンタグラフ式は大電力を充電できるため、約10分間で充電が完了します。航続距離は200km超。路線バスとして市内を走るのに、2日に1回の充電で十分だそうです。
 オスナブリュック市は公用車として数十台のEVを利用しており、庁舎にはEV充電スタンドが整備されています(写真3写真4)。市は新規購入する車をEVに限定しています。


写真2 電気バスのパンタグラフ

写真2 電気バスのパンタグラフ


写真3 オスナブリュック市庁舎

写真3 オスナブリュック市庁舎


写真4 市庁舎のEV充電スタンド

写真4 市庁舎のEV充電スタンド

自治体が車の電動化を牽引

 欧州連合(EU)の政策執行機関、欧州委員会(EC)は2017年2月、ドイツ国内の28都市で二酸化窒素(NO2)の濃度がEU指令で義務づけられた基準値を超えていると警告し、翌18年5月にEU司法裁判所に提訴しました。大手自動車メーカーによるディーゼルエンジン車の排ガス測定で不正が常態化していたという不祥事も重なり、ドイツ国内ではディーゼル車への批判的な論調が目立つようになりました。
 日本貿易振興機構(JETRO)の「海外ビジネス情報地域・分析レポート」によると、ディーゼル車のイメージ低下により、ドイツのディーゼル車の新規登録台数は、12年上半期に約78万台と全体の約50%を占めていましたが、18年上半期には約59万台と3割強までシェアが減少しました。
 逆に増えたのが、ガソリン車やEV、ハイブリッド車です。ガソリン車は、12年上半期の約83万台(全体の51%)から18年上半期には約116万台(63%)と大きく伸びました。EVは約1400台(0.1%)から約1万7000台(0.9%)、ハイブリッド車も約9200台(0.6%)から約6万台(3.3%)とそれぞれシェアを増やしました。
 EUでは、新規登録車の二酸化炭素(CO2)排出量を21年から95g/kmまでに抑えることが義務づけられました。日本の105g/km、中国の117g/km、米国の121g/kmと比べても厳しい水準です。目標達成には、EVの普及が不可欠となっています。
 ドイツは、EVを20年までに100万台普及させる目標を掲げ、16年1月から10年間、EV購入者に自動車税を免除する措置を講じています。さらにEV拡大を促すため、16年以降、電動車を対象に購入奨励金「環境ボーナス」を支給しています。支給額は、EVが4000ユーロ(約48万円)、プラグインハイブリッド車が3000ユーロ(約36万円)です。19年11月、支給期間を25年末までに延長し、支給額も大幅に引き上げることを決定しました。
 メルケル独首相は、英国やフランスに続き、40年までにガソリン・ディーゼル車の新規販売を段階的に廃止する方針を示唆していますので、独自動車メーカーの主力製品はEVに移行していくことが予想されています。
 ただ、ドイツ全体に目を向けると、ディーゼルエンジンのバスが約3万5000台運行され、オスナブリュック市のように電気バスがたくさん走っているわけではありません。その同市も一般道を走るEVはまだ少ない状況です。
 ドイツ連邦政府は、EV用充電インフラを国内全体で1万5000台整備することを目標に、自治体や企業に補助金支給プログラムを提供しています。公共利用ができ、再エネ由来の電気を充電することが条件ですが、オスナブリュック市もこのプログラムを利用しています。自治体が率先してEVを導入し、環境にやさしいモビリティの実現を市民や世界に訴求する姿勢がうかがえます。