CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのアンモニアの可能性(その6)

-SIP「エネルギーキャリア」の成果-


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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4.CO2フリーアンモニアのコスト

 アンモニア(NH3)が、CO2フリー燃料として脱炭素社会の構築に向けて社会実装されるためには、脱炭素社会に向けた新たなエネルギーシステムへの変革の中で、CO2フリーNH3によるCO2排出削減コストが社会実装可能なレベルであることが必要です。そこで今回は、CO2フリーNH3のコストの見通しについて説明しましょう。
 その結論を先に記すとCO2フリーNH3は、日本における水素エネルギーの導入・普及に係る政府の戦略、「水素基本戦略」注1)が掲げる2030年の水素コスト目標、30円/Nm3-H2 はもとより、「将来注2)」の目標の20円/Nm3-H2に近いコストを、現時点でも既に実現できる可能性をもつことが明らかになっています。その説明は以下に記すとおりですが、以下のCO2フリーNH3のコストの推計値の意味を理解しやすくするため、まず、水素コスト目標に相当する熱量等価のNH3のコストを、NH3の通常の取引単位である $/t-NH3で示したものを参考までに示しておきましょう。

(1) NH3の製造コストの推計方法

 前回記したように、天然ガス(CH4)を原料とするNH3の製造プロセスは、100年以上前にHarberとBoschによって実用化されて以降、さまざまな改良が加えられ、工業的生産プロセスとして確立、普及してきたことから、プロセスのエネルギー効率は、理論値にかなり近い効率まで高められています。少し古い調査ですが、2008年にInternational Fertilizer Industry Associationが行った世界の33か国に存在する93のNH3製造プラントのエネルギー効率についての調査結果注3)によれば、エネルギー効率上位10%に入る天然ガスを原料とするプラントの効率は32 GJ/ton-NH3 で、最新プラントでは、ほぼ理論効率に近い 28~29 GJ/ton-NH3 にまで到達しています。
 こうした事情で、原料の天然ガスの価格が分かれば、各製造プラントにおけるNH3の変動費ベースのおおよその製造コストを知ることができます。具体的には、NH3の変動費ベースの製造コスト($/ton-NH3)は、原料天然ガスのコスト($/MMBtu)に約30を乗ずるという簡略計算によって推計することができます。例えば、天然ガス価格が3 $/MMBtuの場合、これを原料とするNH3の変動費ベースの製造コストは約90 $/ton-NH3 ということになります。実際の製造コストは、これに製造プラントの固定費(プラントの資本費、人件費等)を加算することが必要で、これはプラントの設備年齢、地域等によって異なりますが、平均的に見て大体 100~120 $/ton-NH3 と考えておけば、大きな間違いはないでしょう。こうしたことから、天然ガスの安価な海外地域で製造されたNH3の船積み前のコストは、200 $/ton-NH3 前後と推計されます。
 但し、上記の値は、天然ガス(CH4)を原料とするNH3の製造コストなので、前回記した理由でそれはCO2フリーNH3の製造コストとは言えないのですが、CO2フリーNH3の製造コストは、これにCCS/EORによってCO2を除去するために必要なコストを加算することによって推計することができます。それでは、CO2フリーNH3のコストはどれほどになるのでしょうか?CO2フリーNH3は、まだ実際に流通していないので、以下は机上の計算による推定になりますが、内外の公的専門機関がそうした推定を行っています。

(2) CO2フリーNH3のコストの推計

 CO2フリーのNH3の製造には、天然ガスを原料とするNH3製造プラントから排出されるCO2をCCSによって除去する方法と、再エネ水素を原料とするCO2フリーNH3の製造との2つの方法があることを前回ご説明しました。CH4を原料とするNH3製造プラントからは、NH3の製造1トン当たり約1.6トンを少し上回る量のCO2が排出される注4)ので、前者の方法によるCO2フリーNH3の製造コストは、上述のようにこのCO2をCCSによって除去するために要するコストを、先のNH3の製造コストに加算することによって推計できます。
 他方、再エネ水素を原料とするCO2フリーNH3の製造コストは、原料となる再エネ水素のコストによって決まりますが、その再エネ水素のコストは、水の電気分解によって再エネ水素を製造する際に用いる再エネ電力コストに大きく依存します注5)

① IEAによるコストの推計結果
 IEAは、これらのCO2フリーNH3の製造コストの推計結果を【図1】注6)に示しています。


【図1】CO2フリーNH3の製造コストの将来展望(出典:”The Future of Hydrogen” 図42の関係部分を抜粋)

【図1】CO2フリーNH3の製造コストの将来展望
(出典:”The Future of Hydrogen” 図42の関係部分を抜粋)

 この分析結果から、以下のようなことが分かります:

(1)
天然ガスを原料とし、製造プロセスから排出されるCO2をCCS注7)で除去した場合のCO2フリーNH3の製造コストは、300 $/ton-NH3程度(原料天然ガスの価格が3 $/MMBTu の場合:青色の実線)。
原料天然ガスの価格が10 $/MMBTu の場合(青色の点線)は、530 $/ton-NH3程度。
(2)
再エネ電力コストが約50 $/MWhより安価になると、再エネ水素を原料とするCO2フリーNH3の製造コストが天然ガスを原料とするものよりも安価になる可能性がある

 (なお、このグラフからは天然ガスを原料とする(CO2フリーではない)NH3の製造コストは、原料天然ガスの価格が3 $/MMBTu の場合、220 $/ton-NH3 程度と推計されていることが読み取れます注8)(灰色の実線)。また、IEAはNH3製造プラントで排出されるCO2のCCSのコストを約50 $/t-CO2(これはNH3のコストを約80 $/t-NH3増加させる)と見ていることが分かります注9))。

② (財)日本エネルギー経済研究所の推計結果
 以上の分析とは、まったく独立のCO2フリーNH3の供給価格に係る分析が、SIP「エネルギーキャリア」の中で行われています。それは、(財)日本エネルギー経済研究所(エネ研)が行ったもので、サウジアラビア、その他中東地域、北米地域において、それらの地で利用可能な天然ガス(3 $/MMBTuを想定)を原料とする年産110万トンのNH3製造プラントを建設してNH3を製造し、そこから排出されるCO2はCCSまたはEORで除去してCO2フリーNH3として日本に輸出する場合のコストを推定したものです。製造プラントの建設コスト、CCS/EORに要するコスト、輸送コスト等、コスト推計に必要となる主要情報は、エンジニアリング会社、商社等の協力により、実際のコスト情報が収集され、それらを参考に推計されました。さらにその推計では、供給サイドでの事業性の確保を前提としたコスト推定とするために、CO2フリーNH3の製造コストには10%のEIRR(Equity Internal Rate of Return)の収益を乗せています。そうした分析の結果、製造側としては、276 $/t-NH3(サウジアラビアの場合)から300 $/t-NH3までの間の価格でCO2フリーNH3が売れれば、この事業は収益性のある事業として成り立つと推定されました注10)
(EORが利用できる場合)
 ここで、NH3製造プラントの近隣にEOR(Enhanced Oil Recovery:石油の増進回収)が出来るような油田が存在する場合には、プロセス中から排出される濃度の高いCO2は、石油の増進回収剤としてほぼそのままの形で販売できるため、その収入分が製造コストから控除できることに留意しておく必要があるでしょう。石油の増進回収剤としてのCO2は、20 $/t-CO2 程度で売れるため注11)、これによって35 $/ton-NH3程度注12)、CO2フリーNH3の製造コストが低減できることになります。また米国の場合には、こうしたCO2の回収、利用に対する税制上の優遇措置も存在しています。なお、上記のエネ研の分析においては、米国からのCO2フリーNH3の供給コストを推定する際にこれが考慮されています。
 このようにEORの利用可能性は、天然ガスを原料とするCO2フリーNH3の供給源の選択において、重要な要因の一つとなります。

(3) 日本着のCO2フリーNH3コスト

 日本着のCO2フリーNH3のコストは、これらの海外でのNH3の製造コストに、日本での利用地点までの輸送費等を加える必要があります。そして、そのコストは、上述のエネ研の調査研究によると(積み出し地域、輸送船の規模、積み下ろし回数などによって異なり得るものの)、40~80 $/ton-NH3程度と推定されています(中東地域→日本:40 $/t-NH3、北米地域→日本:80 $/t-NH3、いずれもVLGC船(タンク容積約80,000m3を想定)。
 この結果、この分析においては、当面、もっとも安価なCO2フリーNH3は、中東地域の安価な天然ガスとCCSを利用して製造したもので、その日本着のコストは、エネ研の分析では320 $/ton-NH3程度、先のIEAのCO2フリーNH3の製造コストとこのエネ研の輸送コストの推定からは340 $/t-NH3程度と推定されることになります。


【図2】 オーストラリア、中東地域から日本、及び、ロシアからEUに、CO2フリーNH3の形で水素を輸入する場合の推定コスト(2030年の推定値)(出典:IEA, “The Future of Hydrogen”の図31に赤枠を加筆)

【図2】オーストラリア、中東地域から日本、及び、ロシアからEUに、 CO2フリーNH3の形で水素を輸入する場合の推定コスト(2030年の推定値)
(出典:IEA, “The Future of Hydrogen”の図31に赤枠を加筆)

 このコスト推定の妥当性は、IEAの別の分析(【図2】)注13)からも確認できます。【図2】は、オーストラリア、中東地域から日本、及び、ロシアからEUにCO2フリーNH3の形で水素エネルギーを輸入する場合のコストをIEAが推定し、熱量等価の水素コスト($/kg-H2)で示したものですが、ここで図の棒グラフの赤枠で囲った部分は、CO2フリーNH3を水素に再転換する前のコストで、【図2】の左図の中東地域からの日本へのCO2フリーNH3の形での水素のコストが、上述のエネ研の推定結果とほぼ符合していることが分かります(【図2】の左側の図で、中東地域において天然ガスを原料としてNH3を製造し、CCSでCO2フリーとしたNH3の日本への輸入コストは、水素換算で約2.3 $/kg-H2、これを熱量等価のNH3のコストに直すと約360 $/t-NH3 (これには、日本国内での50 kmの輸送コストを含む)と推定されています)。なお、ここで水素に再転換する前のCO2フリーNH3のコストを対象に議論しているのは、前回記したとおりCO2フリーNH3は、そのまま(水素に再転換することなく)CO2フリー燃料として使えるからです。
 この分析から明らかなことは、次の2つのことです。
 第一は、これらの推計からCO2フリーNH3の日本着のコストは、おおよそ350 $/t-NH3程度と考えておけば良さそうであることが分かります。実際に日本のユーザーが入手できるCO2フリーNH3の価格は、一義的には事業者間の交渉によって決まるので、上述の個々のコスト推計の数値の妥当性について詳細に議論してもあまり意味はありません。ここで大事なことは、これらの考察から得られたおおよそ 350 $/t-NH3というCO2フリーNH3のコスト水準から、CO2フリーNH3の社会実装の可能性を評価することです。
 この観点から見ると、この350$/t-NH3というコスト水準は、先の【表】からも分かるとおり、熱量等価の水素コストでは22円/Nm3 程度であり、政府の「水素基本戦略」(2017年12月)が掲げる「将来」の水素のコスト目標20円/Nm3を現時点で既にほぼ達成しています。したがって、CO2フリーNH3は水素エネルギーとして十分に社会実装できる可能性を持つと言えるでしょう。なお、この「『将来』の水素のコスト目標20円/Nm3を現時点で既にほぼ達成」しているという意味は、もう少し深く考えてみる必要があります。この点については、次回、触れたいと思います。
 第2は、2030年ごろの段階では、天然ガスとCCSの組み合わせによるCO2フリーNH3のコストの方が、再エネ水素からのものよりもかなり安価と考えられているということです。これは、【図2】の右図の一番左の棒グラフで、オーストラリアで製造された再エネ水素からのCO2フリーNH3の日本への輸入コストの推定値が約4.4 $/kg-H2(約700$/t-NH3に相当)と、前者の2倍程度の水準になると推定されていることから分かります。しかしその後は、再エネ電力コストの一層の低下と関連技術の進展によって、再エネ水素からのNH3の製造コストは、長期的には1/2以下に低下し注14)、後者のコスト競争力が大幅に高まるとIEAは見ています。

 次回は、今回明らかとなったCO2フリーNH3のコストに係る見通しが意味すること、及びそこから見えてくるCO2フリーNH3のサプライチェーン構築上の課題などについて、考えてみましましょう。

注1)
2017年12月26日、再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議決定
注2)
次回の連載で説明しますが、ここでの「将来」とは2040年頃を指すものと考えられます。
注3)
“Energy Efficiency and CO2 Emissions in Ammonia Production 2008-2009 Summary Report,” International Fertilizer Industry Association, September 2009. この調査は、世界のNH3生産能力の約1/4にあたる製造プラントをカバーしている。
注4)
“The Future of Hydrogen,” June 2019, IEA.
注5)
まだ、こうした方式によるNH3製造プラント数が少ないため、CH4を原料とする製造プラントのケースほどの精度はないものの、こちらもNH3の合成反応式 1/2N2 + 3/2H2 → NH3 と電解水素製造のエネルギー効率から、おおよNH3製造コストは分かります。
注6)
Figure 42. “The Future of Hydrogen,” June 2019, IEA. なお、ここでは、再エネ水素を製造する際の電解設備の稼働時間が年間5,000時間以上あること、電解技術設備のCAPEXが、今後の技術進歩により現状よりも50%低下し、効率が15%改善することが前提とされています。
注7)
IEAの分析結果の図では、CCSではなくCCUS(Carbon capture, utilization and storage)と記されていますが、この分析ではutilizationは考慮されていないので、ここではCCSと同義であると考えられます。
注8)
このコストの水準は、(当然のことながら)上述の「1」で記した推計値とほぼ整合しています。
注9)
このNH3製造プラントからのCCSコストの推定値については、CCS技術の専門機関であるGlobal CCS Institute は、その”Global Costs of Carbon Capture and Storage 2017 Update” (June 2017)において約30 $/t-CO2(50 $/t-NH3)と推定しています。この場合、CO2フリーNH3の製造コストは、270 $/t-NH3 程度になる可能性があります。
注10)
「CCS・EORを軸としたCO2フリーNH3のサプライチェーンに関する事業性評価」 2019年2月 (一財)日本エネルギー経済研究所
注11)
これは、IEAの言う”CCUS”に当たります。
注12)
先述のとおり、NH3の製造1トン当たり、約1.6 tのCO2が利用可能となるからです。
注13)
Figure 31. “The Future of Hydrogen,” IEA, June 2019.
注14)
再エネ水素からのNH3の製造コストは、長期的には1/2以下に低下すると見られています。Figure 22. “The Future of Hydrogen,” IEA, June 2019 を参照。