EUの気候変動金融ベンチマークに関する議論の進展

── 欧州委員会TEGの最終レポートを読む


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「環境管理」からの転載:2019年11月号)

 本連載で毎月関連記事を書いている通り、欧州委員会は着々とサステナブル・ファイナンスについて検討を進めている。2016年末に組織したハイレベルの専門家グループ(HLEG:EU High-Level Expert Group on Sustainable Finance)から出された最終報告をもとにアクションプランを策定、2018年5月には規則案(「持続可能な投資を促進するための枠組みの構築に関する規制案」)、改正指令案(「持続可能な投資及び持続可能性のリスクに関する開示の規制についての提案及び指令(EU)2016/2341の改正案」)注1)を公表している。その後、さらなる議論の場として技術専門家グループ(TEG:Technical Expert Group in Sustainable Finance)を設立して、そのTEGがタクソノミー等の検討を進めていることは、既に本誌8月号の「EUタクソノミーに関する議論の進展──欧州委員会TEGのテクニカル・レポートを読む注2)等でもご報告した通りだ。
 欧州委員会は、①分類システムの確立(タクソノミー)、②機関投資家がESG要素をリスク・プロセスに組み込む方法に関する開示要件の改善、③投資家が自らの投資によるCO2排出量を比較するのに役立つベンチマーク作成、という三つの提案をパッケージで提示しており、TEGはテーマに応じてサブグループを設立して検討を進めている。それらの検討は相互に関連しあうものであり、全体を俯瞰する必要がある。
 このうちの「ベンチマーク」について、TEGは2019年6月に中間報告を、9月には最終報告を公表している。この「Report on Benchmarks」注3)(以下、最終レポート)を概観することで、欧州で進むサステナブル・ファイナンスの議論のフォローを続けたい。

なぜEUのサステナブル・ファイナンスの議論をフォローする必要があるのか

 2018年5月に欧州委員会が提出した規則案によれば、そもそもこのサステナブル・ファイナンスが対象とするのは、EU圏の金融市場であり、その市場において、サステナビリティを謳うたう金融商品や社債等の金融商品とされていた。要はEUの金融市場におけるルールということではあるが、経済のグローバル化が著しい現在、「EUのローカルルール」で済む話ではない。 
 もちろんEUの策定したルールに従う必要はないが、「それでは日本はどのように気候変動対策に貢献する資金の流れをどうつくっていくのか」という問いに対する答えは用意せねばならないだろう。わが国も2020年以降の枠組みを定めるパリ協定にコミットした立場にあり、同協定の第9条が定める先進国の途上国に対する資金支援の一翼を担う必要がある。先進国の資金支援は、「公的資金の重要な役割に留意しつつ、広範な資金源、手段、経路からの」資金であることが定められている。具体的な支援額については、「既存の動員目標(年間1,000億ドル)を2025年まで継続」され、「2025年に先立って、1,000億ドルを下限として、新たな目標を設定すること」になっている。各国の公的資金のみではとても達成できない莫大な金額であり、民間資金の流れをどう気候変動関連に振り向けていくかは非常に重要なイシューなのだ。パリ協定の下では、企業や自治体もnon state actorsとして気候変動問題に取り組むことを期待され、どう取り組むかの説明責任を求められるようになっている。
 欧州委員会は、2018年3月に策定したアクション・プランに沿って着々と議論を進めている。わが国はどう考えるのか、どのように長期的なゴールに向けて努力するのかを整理していくためにも、彼らの議論は意識しておく必要がある。

ベンチマーク・レポートの位置づけと構造

 本誌8月号に寄稿した「EUタクソノミーに関する議論の進展──欧州委員会TEGのテクニカル・レポートを読む」で、欧州委員会のTEGが公表したタクソノミーに関するテクニカル・レポートをご紹介した注4)が、その際、当該レポートを読むにあたっての留意点として、上位規定とでもいうべき「Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council–on the establishment of a framework to facilitate sustainable investment」については、まだ欧州議会(European Parliament)と、欧州閣僚理事会(Council of the EU)、欧州委員会(European Commission)が議論継続中であり確定していないことを指摘した。しかし、本稿で紹介するこのレポートについては、上位規定ともいうべき修正規則案が既に3者の合意を得ており注5)、10月下旬から11月上旬にかけて交付される見込みである(最終レポート12ページ)。この規則がベンチマークとして使用されるインデックスに関する「法律」だとすれば、このレポートは「政省令」の内容に関するものである。このレポートに基づいて欧州委員会がdelegated acts(委任された法行為。正確な表現ではないが立法行為に近い)により、実際の「政省令」に落とし込んでいくことを意識し、修正規則案とあわせて本レポートは読む必要がある注6)

ベンチマークとは何か

 そもそも論で恐縮だが、ベンチマークとは水準点、基準点を表す言葉であり、そこから転じて、金融商品等を評価するための指標や基準という意味でも用いられる。例えば株式投資の場合、特定の銘柄の株あるいは投資信託の収益性などを評価するために、株式指数などのインデックスと比較を行う。日経平均株価や東証株価指数(TOPIX)などのインデックスをベンチマークとして、ある投資信託の運用実績を評価するといったように使われる。
 2019年2月、欧州委員会と加盟各国が低炭素ベンチマークについて合意に至ったことを伝える欧州委員会のプレスリリース注7)において、「ベンチマークは投資の流れに重要な影響を与えるもので、多くの投資家は投資商品の創出、投資商品のパフォーマンスの測定、および資産配分戦略のためにこれらを利用している注8)」としている通りである。これまでサステナビリティや気候変動に関連した長期的な視点は、ベンチマークには取り込まれてこなかったことから、ベンチマークのガイダンスや規制にサステナビリティへの考慮を求めるよう改定することが、HLEGが2018年1月に公表した最終報告注9)の中で求められていたのである。

修正規則案とTEGの最終報告の関係性およびそのポイント

 修正規則案には二つの重要なポイントがあった。一つは、低炭素化に向けた投資ベンチマークとして、「EU Climate Transition Benchmark」(EU CTB)と「EU Paris-aligned Benchmark」(EU PAB)の二つを提示したこと、もう一つは、ESG要素を取り込んだことを謳ったものではないものも含めてすべての(金利と為替に関するものは除く)ベンチマークにおいてESG関連の情報を開示することを求めたことである。
 修正規則案に基づいてTEGの最終レポートは、

すべてのベンチマーク(金利・通貨ベンチマークを除く)に関するESGの最小開示要件、EU CTBおよびEU PABに関するESG要素の開示要件
EU CTBの方法論に対する最低技術要件
EU PABの方法論に対する最低限の技術的要件

の三つを柱とした内容になっている。

 なお、①の開示要件についてどの程度の説明が求められるのかについては、最終報告のAppendixに書式が添付されているので、先にこの書式をご覧いただくとイメージがつきやすいかもしれない。72ページからのAppendix Dは、メソドロジーにおけるESG要素、ベンチマークステートメントにおけるESG要素、パリ協定の目標との整合性に関して説明する三つのテンプレートを示している。なお、メソドロジーにおけるESG要素を開示するテンプレートの一番最初のQAは、当該ベンチマーク(あるいはベンチマーク群)がESG要素を取り込んでいるかどうかを問うものとなっており注10)、ここでNoを選択すれば以降の質問には回答しないこととなる。また、ベンチマークステートメントにおけるESG要素の取り込みについてのテンプレートは、最後の項目で、情報開示をしないというオプションも選択できるようになっている。
 この点については最終レポート本文の30ページに「Non-disclosure option」について詳述されている。改正規則案は、ESG目標を追求していないベンチマークまたはベンチマーク群に対して、「ベンチマーク管理者がそのような目的を追求していないことをベンチマーク・ステートメントの中に明確に記載すれば十分である」としていることを述べている。しかし投資商品がESG目的を特に追求していない場合でも、投資家がESG要素に関する情報開示を期待していることを示す明確な市場の兆候があるので、投資家の要請に任せておけばESG要因を開示させることになると仮定して、最後の手段としてベンチマーク管理者に非開示を認めたものだとしている。非開示であることを開示させれば市場からのプレッシャーがかかり、開示に転ずることが期待できるということであろう。
 なお、パリ協定が掲げる目標との整合性に関して説明するテンプレートではこのレポートで詳細の内容を提示している、EU Climate Transition BenchmarkあるいはEU Paris-aligned Benchmarkが定める最低基準を満たしているか、満たしていないもののこれらのベンチマークとの整合性を謳う場合にはどのような方法論を採ったのか、そもそも整合性を考慮していないのかを説明する必要がある。
 ベンチマークアドミニストレーターは、株式と債券のベンチマークについて、炭素排出削減目標と整合しているか、またはパリ協定の長期的な地球温暖化目標を達成しているかどうか、およびその程度について詳細なベンチマークステートメントを開示しなければならないこと、また、2021年12月31日までに、通貨と金利のベンチマークを除くすべてのベンチマークのステートメントの中で、その方法論がどのように炭素排出削減目標と整合しているか、あるいはパリ協定の長期的な地球温暖化目標を達成しているかについての説明を含むべきであるとされている(最終レポート30ページ)。

EU Climate Transition BenchmarkとEU Paris-aligned Benchmark

 この二つのベンチマークが登場した理由として、修正規則案はグリーンウォッシング(環境配慮をしているように見せかけ、ごまかすこと)を防止するために、透明性のレベルが等しい適切なベンチマークが市場参加者に必要であることを挙げている(最終レポート35ページ「PREVENTING GREEN WASHING」)。最終レポートではグリーンウォッシングの例として、「少数の炭素集約度の高い部門(石油・ガス事業、公益事業(電力・ガス・水道)、運輸)および/または少数の高排出成分のみを、親ベンチマークから除外または過小評価すること」などが挙げられている。高排出セクター企業を単に除外したりウェイトを軽くしたりするだけのESG金融商品は、社会の低炭素化には全く貢献しないグリーンウォッシングとして強く批判されており、こうした安易なESG金融商品を防ぐことはベンチマーク設定が行われた要因の一つといえる。
 さて、この二つのベンチマークがどのような要件を求めているかが一覧表にまとめられている。筆者が訳したものを表1として示したうえで、詳細の説明の要点を下記に記す。


表1/技術基準のサマリー

※1
スコープ1、2、3を対象とするが、スコープ3についてはデータ入手が困難であるためセクターによって最大で4年の猶予。石油・ガス、鉱業は施行日から、2年後には運輸、建設業、建物、素材、産業活動、4年後にはすべてのセクターがスコープ3のデータを取り込むことが求められている。
※2
社会的規範には、UNGC原則、OECD多国籍企業ガイドラインおよび六つの環境目的が含まれる。①気候変動緩和、②気候変動適応、③水と海洋資源の持続可能な利用と保護、④循環型経済への移行、廃棄物対策、リサイクル、⑤公害防止・管理、⑥健全な生態系の保護。
※3
TEGは、除外に関して、EU CTBとEU PABとで扱いを分けている。EU CTBについては、現段階で気候関連の除外を勧告していない。その根拠は、どんな資産や企業も移行段階を踏まねばならないこと、多様な戦略があり得ること、投資家のスチュワードシップ行動は多様で、貧困撲滅など他の要素もあることが指摘されている。
※4
EU PABについては、TEGは以下の基準に基づいて特定の企業を除外することを勧告するが、時間をかけてこの基準が適応されるであろうとしている。
※5
IPCCが1.5°Cの排出経路を検討していることを受け、TEGはパリ協定との整合のために1.5°Cの排出経路の使用を推奨するとしている。年削減率を▲7%で一定とする根拠として、技術的ブレークスルーで世界の排出がある一時点で(急に)減るというよりは、排出量削減につながるいくつかの行動の合計が継続的に発生するであろうことと、最初の削減は最後の削減よりも容易かつ安価であること(※著者注:最初の削減が最後の削減と同じくらいに困難で高価であるならば、絶対値での削減幅が初期に大きくなる定率削減ではなく、期間を通じて削減幅が等しくなる定量削減となる)を挙げている。
※6
グリーン・レベニューとブラウン・レベニューの両方の算定について市場のコンセンサスと考えられる方法論はないことから、最低基準は自主的なものであり、義務化することはできないとされている。関連する手法についての情報交換が強く奨励されている。

まとめとして

 投資可能ユニバースと比較して、30%あるいは50%のCO2排出原単位削減、前年比7%以上の原単位削減を続けること、2年連続で軌跡から外れた場合には即ラベルはく奪など、EU PUBはもちろん、EU CTBが求める内容も、ご無体と思えるほど厳しいものである。
 TEGの最終レポートは、エグゼクティブサマリーにおいて「TEGは、本報告書の執筆時点では、方法論の現状と入手可能な発行体レベルのデータからは、気候シナリオを詳細かつ十分な情報に基づいたポートフォリオ構築方法論に明確かつ反論の余地なく転換することはできないという事実を明確に認識したい」と、この検討が非常に難しいことを述べている。その理由として現状の方法論の限界とデータが不十分である点を挙げているが、データが収集できれば解決できる問題ではないように筆者には思える。パリ協定で掲げた長期目標との整合性からバックキャスト的に考えると、投資の流れが急激に、端的に言えば非現実的なほど急速に低炭素化に向かうことを前提とせざるを得ないと思える。
 しかし、本稿の「ベンチマーク・レポートの位置づけと構造」で述べた通り、既に方向性は固まりつつあるのであり、EUがこれをどう現実的に活用していくのかが注目される。
 なお今後の検討が必要な分野は6章でふれられており、例えばSDGsとの関係や、スコープ2あるいは3のデータ取り込みに関する関係などが挙げられている。
 いずれにしてもこの最終レポートに基づいて欧州委員会はdelegated actsに落とし込んでいく予定であるため、次の動きを注視したい。
 なお、これまで何度か報じてきたタクソノミーの導入について、閣僚理事会はスケジュールを遅らせるとのポジションを掲げた。理事会のプレスリリース注11)によると、「タクソノミーは2021 年末までに確立され、2022年末までに完全に適用されることを保証する」とされている。それまでの間は、プラットフォーム( TEGを改組したようなもの)と加盟国専門家グループが基準作りを助言し、欧州委員会がdelegated actとimplementing actsの形に落とし込んでいくといったプロセスになる。

【謝辞】 本稿執筆にあたっては電力中央研究所 社会経済研究所上野貴弘上席研究員、日本エネルギー経済研究所 地球環境ユニット 地球温暖化政策グループ 柳美樹研究主幹に大きな示唆をいただいた。

【参考文献】
 
1)
環境省委託調査「EUにおけるサステナブル・ファイナンスの動向に関する調査報告書 (タクソノミー・非財務情報開示・ベンチマーク)」 注12)※ 今回のTEG最終報告はカバーできていないものの、これまでの経緯が非常によく整理されている。

注1)
https://ec.europa.eu/info/publications/180524-proposal-sustainable-finance_en
注2)
「EUタクソノミーに関する議論の進展──欧州委員会TEGのテクニカル・レポートを読む」
http://ieei.or.jp/2019/08/takeuchi190813/
注3)
“TEG FINAL REPORT ON CLIMATE BENCHMARKS AND BENCHMARKS’ ESG DISCLOSURES September 2019”
https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/business_economy_euro/banking_and_finance/documents/190930-sustainable-finance-teg-final-report-climate-benchmarks-and-disclosures_en.pdf?fbclid=IwAR2mDsm0NDxeS1X3A-tYDLwv3o-cm0sKoap1QWmtlACb90O0NijnnH-5Fc
注4)
「EUタクソノミーに関する議論の進展─欧州委員会TEGのテクニカル・レポートを読む」
注5)
European Parliament “Low carbon benchmarks and positive carbon impact benchmarks”
http://www.europarl.europa.eu/doceo/document/TA-8-2019-0237_EN.pdf
注6)
本最終レポート12ページにも「The final report of the TEG will serve as a basis to the drafting of delegated acts to the Regulation by the Commission.」との記載あり。
注7)
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_19_1418
注8)
原文「Benchmarks have an important impact on investment flows. Many investors rely on them for the creation of investment products, for the measurement of performance of investment products and for asset allocation strategies.」
注9)
https://ec.europa.eu/info/publications/180131-sustainable-finance-report_en
注10)
原文「1.Does the benchmark or family of benchmarks take account of ESG factors in the index design?」
注11)
https://www.consilium.europa.eu/en/press/presspressreleases/2019/09/25/sustainable-finance-council-agreesposition-on-a-unified-eu-classification-system/?fbclid=IwAR0Lg4eE90HH2WaeeB6DNmTCeNCQah5x94ogKA52yfkoidklDQtKfoJPosA
注12)
http://greenbondplatform.env.go.jp/pdf/Sustainable-Finance_2.pdf