EUタクソノミーに関する議論の進展

── 欧州委員会TEGのテクニカル・レポートを読む


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「環境管理」からの転載:2019年8月号)

 これまで何度かご紹介してきたEUのタクソノミーについて、6月18日に一つの進展があった。欧州委員会の技術専門グループ(Technical Expert Group:TEG)がテクニカル・レポート注1)を公表したのだ。
 400ページを超える大作である上に、そもそもEUの政策決定プロセスの複雑さもあって、このレポートがどういう位置づけであるかわかりづらい。このレポートが公表されたこと自体、日本ではあまり報じられてもいないが、昨年5月に欧州委員会が公表した「持続可能な投資を促進するための枠組み規則」を具体化させる重要なレポートである。また、欧州の政策を理解するには決定に至るまでの議論のプロセスをみておく必要があることは、本誌読者の皆さまにはご承知の通りである。
 今回はEUの立法プロセスを把握し、タクソノミーに関わる議論の進捗具合を整理した上で、欧州委員会のTEGが公表したテクニカル・レポートを概観する。

EUの政策決定プロセス

 EUの法体系は、加盟国政府が直接交渉して締結する基本条約と、EU域内の企業や個人を規制する規則(Regulation)、指令(Directive)、決定(Decision)、勧告(Recommendation)、意見(Opinion)の5種類に分かれる注2。規則はすべての国内法に優先して直接加盟国に適用され法的拘束力を有する一方、指令は加盟国に達成すべき目標を課し、達成方法は加盟国が法制化する。なお、決定は対象者に対してのみ法的拘束力を有し、わが国の行政規則に該当すると解される。
 EUは加盟国の社会・経済上の利益を目的とした連合体であるため、共通政策の強制力と国家主権尊重のバランスはテーマによって異なり、また状況とともに変化する。金融・保険については早い段階から域内単一市場化が進められており、共通政策を採ることが前提とされてきた。金融関係のルールの多くが規則として定められるのは、こうしたことが背景にあるといえるだろう。なお、エネルギー政策については高度に国家主権に関わる問題とされ、EU統合以降も各国の裁量に委ねられるべきだと考えられていたが、電力・ガスについても域内単一市場化が求められるようになったことに加えて、EU内でのエネルギー安定供給確保や気候変動問題への対応ニーズの高まりから、EUとしてエネルギー政策が議論されるようになっている。サステナブル・ファイナンスは各国のエネルギー政策にも大きく影響を与えることが予想されるが、EU内部で金融規制当局が他の部局とどれほどコンサルティングを行っているかは定かではない。
 政策決定は主要3機関、欧州議会(European Parliament)と、欧州閣僚理事会(Council of the EU)、欧州委員会(European Commission)が関わる。手続きにはいくつかの流れがあるが、通常の立法については、まず法案を提出する役割は欧州委員会のみに認められている。欧州議会と欧州閣僚理事会は、欧州委員会から提出された法案をもとに、それぞれが修正案を作成してそれを自らの組織において採択をしたうえで持ち寄り、3者協議を行い、暫定的に合意した内容をまた持ち帰って各組織において採択を行う注3)。なお、今回のテーマであるテクニカル・レポートを書いたTEGは、欧州委員会が外部専門家に参加を依頼したもので、わが国で考えると審議会に該当するといえるだろう。
 サステナブル・ファイナンスについての議論についていえば、欧州委員会が昨年5月に「Proposal for a REGULATION OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL–on the establishment of a framework to facilitate sustainable investment」(以下、枠組み規則案)注4)を公表した。この枠組み規則とタクソノミーはいわば法律と政省令のような関係性にある。本来、枠組み規則が確定したあとに、詳細のルールとしてタクソノミーの議論が行われるのであればわかりやすいのだが、実は枠組み規則はまだ確定したわけではなく、本稿執筆時点においては議論が継続されている。今後、タクソノミーの詳細については、欧州委員会がdelegated act(委任された法行為)として確定させていくこととなるので、そこに向けて外部専門家によるTEGがレポートを公表したわけだが、上位枠組みである枠組み規則について、昨年の欧州委員会の提案を前提として議論されているという状況であることは、認識しておく必要があるだろう。

テクニカル・レポートの主張

 400ページ以上に及ぶこのレポートは、パートAからFまでに分かれている。パートA、Bでタクソノミーのアプローチや方法論を述べた上で、パートCはタクソノミーの利用に関する分析、パートDはタクソノミーの経済影響、パートEはタクソノミーの議論の今後の進め方、パートFは産業分類ごとに削減と適応に関する基準を詳述するといった構成である。
 前項で述べたような、枠組み規則とタクソノミーとの関係性などについてはパートAで述べられており、このレポートはタクソノミーの詳細を定める欧州委員会によるdelegated actに情報を提供するためのものであることが明記されている(P18)ことに加えて、2018年5月に欧州委員会が公表した枠組み規則案を反映した内容であるとされている。タクソノミーの目的として、六つの環境に関する目的を定めている(P19)。

気候変動緩和策
気候変動適応策
水と海洋資源の持続可能な利用と保護
循環型経済、廃棄物対策、リサイクルへの転換
公害防止・管理
健全な生態系の保護

 パートAの冒頭部分でまとめられている背景の中で、SDGsへの言及があることからも明らかな通り、目的が気候変動対応だけでないことが謳うたわれている。現状では環境に関する六つの目的が同等に扱われているわけではなく、「経済活動が、気候変動の緩和や適応に大きく貢献している場合であっても、他の環境目標への重大な悪影響を回避する方法で実施できない場合には、分類法の適用対象とならないことを意味している(P19)」と、気候変動対策としての価値だけでは判断されないということである。タクソノミーで適格と見なされるためには活動は、以下の条件を満たさなければならないとされる(P19)。

一つ以上の環境目的に実質的に貢献する
その他の環境目的に著しい悪影響を及ぼさないこと
最低限の社会的保護(規制案では、ILOの中核的な労働協約として定義されている)を遵守する。
技術的スクリーニング基準を満たす

 特に注目されるのはこの②であり、「Do no significant harm」は本レポート中で106回、それを短縮したDMSHには68回登場する。TEGに与えられたマンデートは六つの環境に関する目的の①、②すなわち気候変動緩和策と適応策のクライテリアおよび③〜⑥に書かれたそれ以外の環境目的に対する「Do no significant harm」のクライテリアをつくることとされている。欧州委員会の枠組み規則案では①〜⑥は対等なので、いずれ、③〜⑥についてもクライテリアをつくることになるのかもしれないが、時間がかかることもあってか、現状のマンデートは書き分けられている。なお、このことが後に述べる原子力技術を現状では「グリーン」から排除するという判断につながっている。
 基本的には欧州委員会の提案した枠組み規則案の原則論に基づくものの、TEGの発意で追加された原則もある(P22)。タクソノミーをユーザーにとって使いやすいものにする、あるいはあらゆるセクターを網羅するものとする、といったことに加えて、「ブラウンからグリーンへの移行をサポートする」という原則が加えられている。この中で「部分的なステップも奨励されるべきであることを認識し」との文言もあり、いきなりサステナブルな技術(グリーン)にいけない現実もあることを認識しつつ、そこに近づいていくための技術への支出または投資も適格であるとしている。
 さすがに現実的に考えて、脱炭素化だけでなく低炭素化というステップを踏むことを許容するのかと思いきや、パートBで書かれている、TEGがファイナンスの適格性を認める「大幅な緩和(温室効果ガスの削減)策」の定義をみると、それほど甘くはないようだ。適格とされる経済活動の分類・例示としてまず「green activities」に分類されるのは、既にゼロ排出に近い低炭素(すなわち、極めて低もしくはゼロ排出、あるいは炭素隔離に関連する活動。炭素隔離に関する活動とはCCSあるいは植林等の活動が含まれると考えられる)である活動とされる。
 それに準じるものとして、2050年の実質ゼロ排出経済への移行に寄与するが、現時点では実質ゼロ炭素排出レベルに近づいていない活動が挙げられている。これは「greening of activities」とされ、業界平均をはるかに上回るパフォーマンスやロックインにならないことを求めており、ここに分類されるのも相当ハードルが高そうだ。さらに2050年の実質ゼロに向けて今後定期的に見直しを行いゼロに近づけていくとあるので、一旦ここに分類されたからといって安心できるわけではない。
 最後に、「greening by activities」は、他の経済活動の環境パフォーマンスを向上させ、低炭素パフォーマンスまたは大幅な排出削減を可能にする活動とされる。他のセクターの削減に役立つとしても、それ自体がgreen activitiesになっていくことが期待されているのは、greening of activitiesと同様である(P30)。
 温室効果ガス削減目標への実質的な貢献を特定するための意思決定ツリーなども記載されていて、パートB6章4項の「Eligibility of finance for activities contributing substantially to mitigation」は興味深いが、中でも目を引いたのが、ファイナンスの適格性を認められる「実質的な貢献」として特定されるアプローチの中に書かれている例である(表1)。2段目の「2050年のネットゼロ排出経済への移行に貢献するものの、現在はそのレベルにはない活動」例として書かれているのは、電気でいえば発電に伴うCO2排出量が100gCO2/kWh、自動車でいえば走行距離あたりのCO2排出量が50gCO2/kmより小さいものとされている。


表1/温室効果ガス削減目標への実質的な貢献を特定するためのアプローチ
(出典:Taxonomy Technical Report(June 2019))

 この数値では、火力発電はCCS(Carbon Dioxide Capture and Storage)がなければ通常無理な数値である。IEAのWorld Energy Balance 2017による各国の平均のCO2排出原単位注5)は、原子力や水力など非化石電源比率が9割以上というフランスで40gCO2/kWhであるが、8割近いカナダで150gCO2/kWh、現状の日本では490gCO2/kWhとなっている。原子力が稼働し非化石電源比率が40%近くあった2010年当時の日本であれば390gCO2/kWhであったが、いずれにしてもライフサイクルで100gCO2/kWhというのは再エネか原子力、CCS付の火力以外には考えられない。
 また、自動車の50gCO2/kmというのも難題だ。図1は経済産業省の自動車新時代戦略の中間整理で用いられたものだが、ハイブリット車はtank-to-wheel、すなわち車単体ののCO2排出量が56gCO2/kmと50gを超えている。PHEVは微妙ではあるが、2050年の実質ゼロ排出社会への移行を目指してこの基準が見直されていくことを考えれば電気自動車以外は遅かれ早かれ排除されてしまうということになるだろう。
 3段目の「上記の活動を可能にする」の例示として書かれているのは、風力発電のタービン製造や高効率ボイラーの導入などである。


図1/well- to-wheelでの各種自動車のCO2排出量の評価
(出典:自動車新時代戦略会議 中間整理(平成30年8月31日 自動車新時代戦略会議))
(出所:IEA「World energy balance 2017」、エネルギー・経済統計要覧 2017 等を基に試算)

 パートBの8章では、「Do no significant harm(DNSH)」が取り上げられている。提案されている枠組み規則案の下でも、気候変動の緩和または適応に実質的に貢献している経済活動は、残りのすべての環境目的に重大な悪影響を及ぼさないように評価されなければならないこと、気候変動の緩和に貢献する活動は、気候変動への適応と他の四つの環境目標に対する重大な悪影響を回避しなければならないことが定められている。他の四つの原則は73Pで既述の通り、

3.
水と海洋資源の持続可能な利用と保護
4.
循環型経済、廃棄物対策、リサイクルへの転換
5.
公害防止・管理
6.
健全な生態系の保護

であり、DNSHかどうかの評価にあたっては、ライフサイクルで考えること、経験的データが欠如したり世代間リスクがあるような場合には予防的アプローチに沿ってタクソノミーに含めないことなども書かれている。また、「タクソノミーはEUの外でも使われる可能性が在るので、グローバルで適応可能であることを目指している」とあり(P47)、決してEUの中で閉じたルールメークを目指しているわけではないことが察せられる。
 こうしたタクソノミーに関する原理原則論を述べたあと、産業分類に応じた具体的基準についてはパートFで書かれている。サンプルとして22章にある「Electricity, gas, steam and air conditioning supply」(P232)をみてみよう。
 発電はEUの温室効果ガス排出量の1/4以上を占めているとして、タクソノミーにこの分野を含める理由を提示した上で、包括的な閾値として100gCO2e/kWhが提案されている。さらに、この基準は、2050年に実質的にネット・ゼロエミッションを達成するというシナリオに沿って、5年ごとに引き下げられる。ISO14044に準拠したライフサイクル排出量(LCE)で考えることを要求してはいるが、太陽光、風力、EU域内の既存水力などは既存の研究を根拠にLCEの要件を免除されている。しかしこの免除についても、100gCO2e/kWhの閾値の引き下げに合わせて定期的に見直されるという。
 LCEの点で注目されているのは天然ガス発電で、ガス・サプライ・チェーン全体での漏洩排出のリスクが高いと考えられるため、継続的に漏洩排出の全ライフサイクル評価を提供する必要を指摘されている。この評価には、推定値ではなく「実際の物理的測定」を用いるべきとされている。データを把握するのもかなりな負担になることが想定される。
 また、2050年以降にネット・ゼロエミッションを可能とするため、石炭火力についてはCCS対応が可能であることを実証することが求められている。天然ガスについてはCCS対応が可能であることに加えて、実測のサプライ・チェーン排出量が要件になる。
 なお、原子力については1ページ半を割いて詳述している。気候緩和目標に対する原子力の貢献が潜在的に大きいこと(potential substantial contribution)に関する証拠は広範かつ明確としながらも、循環経済と廃棄物管理、生物多様性、水システムと汚染を含む他の環境目的への潜在的な著しい害(potential significant harm)に関して、原子力エネルギーに関する証拠は複雑であり、例えば、高レベル廃棄物の長期管理に関して、地層処分が最も有望であり、いくつかの国がこれらの解決策の実施を主導しているものの実際に稼働を開始している地下処分場はなく、明確な判断基準に基づいてDNSH評価を行うことはできなかったと述べている。従って現段階ではTEGは、原子力をタクソノミーに含めることを勧告せず、より広範な技術的検討を行うとしている。
 原子力依存度の高いフランスからすると、原子力をタクソノミーから排除されることには合意しづらいだろう。より広範な技術的検討を行うとしているが、今後の議論の行方が注目される。 
 このように事例を通じてみてみると、ライフサイクル全体で評価すべきこと、DNSHであること、2050年のネット・ゼロエミッション達成に向けて5年ごとに見直しすることなどの要件が現実的には非常に厳しいものであり、タクソノミーに含まれる状態を維持するハードルは相当に高いことが実感される。実質的には、低炭素から脱炭素へというステップではなく、2050年に実質排出ゼロを必達とするのであれば脱炭素社会に向けたジャンプが求められるのも当然であろう。しかし、現実的な低炭素化技術が排除されてしまうのではないか、そのことの悪影響も考慮する必要があるのではないかと感じる内容であった。

今後のステップ

 本報告書を公開したTEGは、タクソノミーに関する議論の発展に貢献するため2019年末まで欧州委員会を支援し続けることに同意したと書かれている。本報告書の勧告がEUのタクソノミーの基礎を提供する一方で、利害関係者からのフィードバックのあとに基準のさらなる改良が必要となるかもしれないので、活動期間を延長するということだ。
 2019年9月までTEGはこのテクニカル・レポートへのフィードバックを求め、年末までの期間で、技術的スクリーニング基準を精緻化し発展させること、あわせてタクソノミーの実装および使用に関する追加ガイダンスを開発することなどを予定しているという。
 対象となる気候変動緩和活動の範囲をこれ以上拡大することはなく、また、既に検討されたスクリーニング基準について詳細なフィードバックを求めることもないとしているため(P104)、テクニカル・レポートへのフィードバックをどのようにTEGが生かしていくかは定かではない。しかしぜひ産業界の皆さまには自身の活動に影響のある部分を中心に、本報告書に目を通していただき、EUのタクソノミーに関する議論の動向を追うとともに、必要に応じてTEGへのフィードバックを行っていただければと思う。

【謝辞】
 本稿執筆にあたっては電力中央研究所社会経済研究所上野貴弘上席研究員、日本エネルギー経済研究所地球環境ユニット地球温暖化政策グループ柳美樹研究主幹に大きな示唆をいただいた。

注1)
https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/business_economy_euro/banking_and_finance/documents/190618-sustainable-finance-teg-report-taxonomy_en.pdf
注2)
参照:https://eudirective.net/euhourei/houreitaikei.html
注3)
参照:https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/04/08/1903br_hashimoto.pdf
注4)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52018PC0353
注5)
https://www.fepc.or.jp/environment/warming/kyouka/index.html